第6章 『後編』 鐘のきこえる街
庄司邸は眠らない。
古い屋敷は、ただ“待つ”ように、静かに息をひそめていた。
プリシラは、同じ器を三度磨いては置き、磨いては置き……。
レイドは東の間で正座し、目を閉じたまま、
“向こう側”の気配に耳を澄ませていた。
「……遅いわね。」
「遅いが、危うさはない。」
レイドは静かに言う。「行かせたのは主だ。」
プリシラは胸に手をあてる。
「子どもなんだから……心配するでしょ。」
「子どもだからこそ、純粋に従える。強さとはそういうものだ。」
そのとき──
ふわり、と空気がやわらいだ。
レイドが目を開く。
「……来た。」
プリシラは反射的に玄関へ走る。
sliding door — ガラッ!
「ギン! キラ!」
雨に濡れたふたりの姿を見た瞬間、
プリシラの目に涙がにじむ。
彼女は叱るより先に、
ギンとキラの頬にそっと手を添えた。
「よかった……ほんとうに……。」
キラは照れくさそうに目をそらし、
ギンは小さくうなずく。
レイドが近づき、ふたりの瞳をのぞきこむ。
「……戻ったな。」
その目は言葉以上にあたたかかった。
「続きは、明日だ。」
レイドは静かに言う。
「うん。明日。」
プリシラは、温かいおにぎりをぎゅっとふたりの手に握らせた。
「まずは食べること。話はそれから。」
ふたりは素直に食べ、
食べ終わるとプリシラはタオルを差し出した。
「さあ、お風呂。今すぐよ。」
「はーい……。」
キラとギンは、タオルを抱えて廊下に消えていく。
レイドはその背中を見送った。
プリシラがぽつりとつぶやく。
「……本当に無事でよかった。」
「主がおられた。だから大丈夫だった。」
レイドは小さく笑んだ。
庄司邸の空気が、ふっと軽くなった。
***
湯気のなか。
ギンは壁にもたれて息をついた。
「……キラ。」
「ん?」
「街、聞いてたよね。ぼくらのこと。」
「うん。」
キラは髪を洗いながら言う。「天の国って、そういうところだよ。」
ギンは小さく笑った。
廊下では、プリシラがタオルをていねいにたたみ、
レイドが蝋燭を吹き消す。
庄司邸はすっかり落ち着きを取り戻していた。
布団にもぐったギンが、そっとつぶやく。
「……また明日、行くのかな。」
キラは枕に顔をうずめたまま応える。
「“行け”って言われたら、行くよ。」
ギンもうなずいた。
「……そうだね。」
雨音が遠くにすーっと消えていった。
庄司邸はようやく眠りにつく。
そして──
神さまに任されたふたりの小さな“使い”も、
静かに、やすらかに目を閉じた。
──第6章 了。
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