アルフレッドとクリスの奇妙な英雄譚

南賀 赤井

プロローグ:【魂を揺さぶる一閃】

 王都アルカディアの広場は、歓喜の渦に包まれていた。


舞台の中心に立つのは、王国が誇る若き英雄、アルフレッド・グレイ。彼は夜を徹して王都を襲った巨大魔物の群れを、ただ一人の力で退けたばかりだ――と、人々は信じている。


「アルフレッド様、見てください!魔物が一匹残らず、東の森へ逃げ去りました!」

 

騎士団長が涙ながらに叫ぶと、アルフレッドは疲労の色一つ見せず、大仰な動作で肩にかけた模造品の聖剣の柄に手を置いた。

彼の全身から放たれるカリスマ。人々が息を呑んで次の言葉を待つ中、アルフレッドは夜明け前の空を見上げ、深く、感情のこもった声で言い放った。


 「案ずるな。闇が深ければ深いほど、光は強く輝く。この一瞬こそが、真の剣士を試す舞台…フッ、見届けるがいい。」


彼の言葉が終わるやいなや、夜空は朝焼けの光に照らされ、広場は喝采と感動の波に包まれた。


「おお…!彼の言葉が、魔族の戦意を打ち砕いたのだ!」「まるで神話の一節を聞いているようだ!」


その喧騒から遠く離れた、王都外れの古びた家。

窓から広場の様子を眺めていた一人の少女、クリス・ライトフィールドは、アルフレッドのキメ台詞を聞き終えると、深い溜息をついた。


「またそれか……。図書館で借りてきた詩集の丸パクリじゃない。しかも『真の剣士を試す舞台』って、あなたは騎士団の補欠でしょ、アルフレッド」


クリスは、小さなため息と共に、手に持っていた茶器を置いた。彼女の足元には、つい数分前まで王都を脅かしていたはずの、巨大魔物のコアが静かに転がっている。



彼女こそが、世界を救う『本物の勇者』だ。

クリスの勇者スキル**『真実の眼』**は、世界の危機と、その解決策、そして…アルフレッドの取る行動の全てを完璧に見通すことができる。


広場に集まっていた人々は知らない。魔物の群れが一斉に撤退したのは、アルフレッドの「深遠なポエム」のおかげではない。魔物の**『活動コア』**をクリスが事前に全て破壊し、無力化していたからだ。


「はぁ……また私が目立つことなく世界を救ってしまった」


クリスは目立ちたがりの幼馴染に、常に**「英雄のスポットライト」**を譲り続けてきた。彼を表舞台に立たせることで、自分に注目が集まるのを避けているのだ。


(アルフレッドがあれだけド派手に目立ってくれれば、誰も影の私のことなんか見ないわ。私の静かな生活は、彼の中二病にかかっていると言っても過言じゃない)


クリスは静かに魔物のコアを魔法で消し去った。広場からは、まだアルフレッドを称える大歓声が聞こえてくる。


「ありがとうね、アルフレッド。今日もあなたが、私の完璧な**『おとり役』**を果たしてくれたわ」


こうして、勘違いに満ちた偽りの英雄劇と、誰にも知られない本物の救世主による影の奮闘は、今日も続いていくのだった。

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