深淵なる覚悟と、隠された真実
王都アルカディアの喧騒から少し離れた、緑豊かな丘。アルフレッドとクリスは、いつものように訓練と称する「自己満足の時間」を過ごしていた。
「クリス、見ていろ!」
アルフレッドは模造品の聖剣を抜き放ち、眼前の大木に向かって派手に剣を振り下ろした。しかし、剣は木の幹に弾かれ、情けない音を立てて止まる。
「くっ……今の、深淵なる覚悟が足りなかったか……!」アルフレッドは剣を構え直しながら、詩的なフレーズでごまかした。
クリスは冷静に木を見つめ、溜息をつく。
(違うわ。あなたが覚悟じゃなくて、筋力が足りないだけよ。あの木は、私が昨日、魔力で強化しておいたから。ちょっとでもアルフレッドが怪我したら、私が目立つ羽目になるもの。)
クリスが裏で努力を重ねてアルフレッドの安全を確保している間も、アルフレッドは自己陶酔を続けている。
「……クリス。お前は私と共に世界の命運を背負う、唯一の理解者だ」アルフレッドが真剣な顔で向き直る。「お前にもこの**『魂の覚悟』**を身につけてほしい」
「結構です」クリスは即答し、カバンから取り出した焼き菓子を齧る。「魂の覚悟より、私は焼き菓子の方が好き」
「ふむ……!その言葉、**『世俗の欲望に惑わされない、真の強者』**としての矜持か!」アルフレッドは勝手に納得し、感動に打ち震えた。
クリスは菓子を詰まらせそうになりながら、心の中で絶叫する。(ただのお腹が空いた凡人よ!あなたのその勝手な解釈、本当にやめて!)
その日の夕刻、王宮から緊急の招集がかかった。
「英雄アルフレッド様!西方国境に、**『戦慄の黒竜』**が出現しました!あの魔力は、王国最強の騎士団でも歯が立ちません!」
アルフレッドは目を細め、英雄らしい顔を作った。
「戦慄の黒竜……フッ、待っていたぞ。あの魔物は、私の**『魂の対話』**の相手としてふさわしい」
(待ってないでしょ!アルフレッド、あなたがその黒竜を討伐するなんて無理よ!)
クリスは内心焦りながらも、アルフレッドの傍らに静かに立つ。
「アルフレッド様、急いで出陣を!」
「待て」アルフレッドは騎士団長を制した。「戦いは、急ぐほどに泥沼となる。まず、私は**『深淵なる洞察』**をもって、敵の真理を見通す」
アルフレッドは剣先を天に向け、目を瞑る。そして、彼の十八番の「キメ台詞」を放った。
「真の強者とは、その限界の向こう側にある無限の可能性を信じ、踏み出す勇気を持つ者……黒竜よ、己の運命を知るがいい」
アルフレッドが満足げに目を開けたその瞬間。
西方国境の方向から、閃光が迸り、轟音が王都まで響き渡った。
「な、なんだ!?」騎士団長が混乱する。
「フッ」アルフレッドは涼しい顔で剣を収めた。
「今の一撃で、黒竜は己の運命を悟り、撤退したのだろう」
(悟ったんじゃないわ!)
クリスは無表情でカバンを背中に回し、小さく舌打ちをした。彼女が数秒前に放った**「対竜結界術式」**が、黒竜の魔力中枢を一時的に停止させ、強制的に撤退させたのだ。この術式は発動に時間がかかるため、アルフレッドの「深淵なる洞察」という時間稼ぎが必要だった。
「さすがアルフレッド様!一言で黒竜を退けられるとは……まさに**『動かざること山のごとし』**!」
人々が熱狂する中、アルフレッドは自信満々に微笑んだ。
「当たり前だ。このセリフ、昨日読んでいた歴史書から引用したんだからな!」アルフレッドは心の中で大いに満足する。
クリスはただ無言で、英雄の歓声に包まれるアルフレッドの背中を見つめ、静かに呟いた。
「もう……私が目立たないためには、あなたのポエムのレパートリーが増えるのを祈るしかないわね」
かくして、アルフレッドはますます自信を深め、クリスはますます影に潜り、世界は今日も平和に(そして勘違いに)包まれるのだった。
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