第8話 帰還

 からっぽになった鉄鍋をウサギ頭が持ってくると、「調理」して細切れになった大東の肉体を豚頭はその中に放り投げ始めた。調理の一部始終を俺たちは見せつけられた。人間があんな姿になってしまうその一部始終を。その最中、花枝は失神してしまった。

 油ぎった赤色に染まった手で、刻み肉をすべてすくい上げると、豚頭は、くるりと頭を花枝に向けた。大東の番が終わり、次は花枝というわけだ。

「花枝!」

 俺は喉の奥で叫んだ。

 ギシシッ。幸いにも、両手を戒めている紐がゆるんだ。体が自由を取り戻す。獣人たちは、目の前の新鮮な肉に釘付けで、俺に注意を注いでいるものはいない――ジャック・オー・ランタンを除いて――半月型の口があんぐりと開き、その奥からけたたましい悲鳴が――ああああああああッ! しわがれた甲高い悲鳴!

 

 その頃には、腰に巻かれた紐をほどき、両足に巻かれた紐を解いたところだった。俺は、テーブルの上に転がっていたナイフを手に取ると、すぐさま隣に座るネズミの首筋に突き刺した。ギャッ。悲鳴をあげ、体を地面に横たえると、そいつは絶命した。

 殺せる。俺にも殺せる。俺は、立ち上がり、呆然とした表情を向けてくる獣人たちを見据えた。飛びかかる! 奴らを蹴倒し、突き刺し、無力化させる。ネズミを殺した。ロバを殺した。犬を殺した。猫を殺した。ああああああッ! ジャック・オー・ランタンは悲鳴を上げ続ける。

 長テーブルを乗り越え、目の前にいたウサギ頭の首を革靴の裏でへし折ると、豚に向かって飛び込んだ。

 今にも花枝の首に包丁を突き刺そうとしていた豚は、完全に裏をかかれた格好となり、あわてて俺に包丁の先を向けようとするが、ズブリ、その時には俺のナイフが奴の首をえぐっていた。


「花枝!」

 まだ目覚めぬ彼女の体を抱き抱える。その裸の肩を揺さぶるが、まだ昏睡したままだった。

 ぷぎぎ。うじゅじゅ。ぶいい。獣人たちは俺たちをあきらめたわけではなかった。手に手に得物を持って、今度は俺へと立ち向かってくる。

 花枝の体を抱えたまま、俺は走り出した。背後に迫る獣人を出し抜き、とにかく走った。走りに走った。


 森を抜け、川を越え、荒野へと出る。荒野から砂漠へ。それからアスファルト・コンクリートの大地へ。どれだけの時間、どれだけの長さを歩いてきたのかもはやわからない。砂漠など本当にみたのだろうか? 体にへばりついた砂塵の名残だけがその証左だった。とにかく、アスファルトの上に俺は立っていた。

 アスファルト?

 そう、アスファルトだ。

 俺たちはいつのまにか元の世界へと戻ってきていたのだ。


 大東は「この状況を作り上げるには三人の生贄が必要」と言っていた。

 だが、三人目の生贄はいつまで経っても召し上げられることはなかった。

 だから、俺たちは元の世界へと戻されたのだろう。

 俺のジャケットの上着に包まれた花枝を抱えて、俺は近くの交番に駆け込んだ。警察官たちは衝撃を受けたような顔つきで俺たちを迎えた。無理もない。俺たちは獣人の返り血と泥に塗れた状態だったのだから。

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