骨でできた指先を向けてくるジャック・オー・ランタン

馬村 ありん

第1話 騒がしい夜宴

 おだやかな夜風が、ざわざわ葉叢はむらを揺らす音を遠くに聞きながら、ジャック・オー・ランタンのうつろな眼差しと、俺は向き合っていた。

 野外に設えたパーティ会場。ダーク・ターコイズ・ブルーのクロスが敷かれた長テーブル、骨みたいに白い木製のスツール、ミルク色の陶器の皿。ドクロとカボチャの無数のランタンが、樹木から樹木に渡された針金に吊るされて、夜を照り返していた。


 両隣の列席者が俺越しに話をしている。何を言っているかはわからない。無調でお経のような意味不明な言葉を、ガラスを引っかくような高い声で交わし合っている。言葉がわかるはずもない。なんせ隣にいるのはネズミの頭を持った二足歩行の生き物なのだから。

 ネズミ頭だけじゃない。二十人は座れる長テーブルには、こうした連中がびっしりと体を寄せ合うように腰掛けていた。豚、猫、羊、犬、ロバ。マスクかと思ったらどうやら違う。その両あごは筋肉で動いており、口の中には歯や舌といった機構がある。間違いない。生き物だ。

 奴らは俺より頭ひとつ分は背が低く、いやな臭いをぷんぷんさせている。俺は肩身を狭くして座っている。さざめくような笑い声がすぐ横から聞こえる。


 そして、ジャック・オー・ランタンである。ランタンの赤い光に照らされて、そのオレンジのカボチャの皮は燃えるような明るさを放っている。それだけに伽藍堂がらんどうのその両目が不気味に見えてきた。

「…………」

 何を言ってくるわけでもない。ただひたすらに、その丸くくり抜かれた目を向けてくるだけだ。その目の中の空虚さに背筋がゾッとした。一切の光を寄せ付けない暗闇の穴。この穴はきっと地獄に通じているに違いない。

 こいつは、生きているのか、それともただの人形なのか。その時、その全身がぴくりと動いた。間違いなく、生きている。半月型に開いた口が笑っているように見えたのは気のせいか。


 チン、チン、チン! 誰かがすず製のワイングラスを叩き鳴らした。豚頭だった。その口の端を持ち上げた笑ったような顔を周囲に向けて、豚は甲高い鳴き声をあげた。それが何かを意味する言葉だったことは言うまでもない。ぶひひ。ふごおお。ぐぴぴ。着席した連中は、ナイフとフォークをつかみ、その持ち手の柄を一斉にテーブルに叩きつけた(ジャック・オー・ランタンを除く。やつは相変わらず黙って俺に向き合っていた)。


 ドン、ドン、ドン! ドン、ドン、ドン! 連中はテーブルを叩き続けた。その打音は、まるで太鼓演奏のような迫力を持って闇夜の森に響き続けた。テーブルがきしみを上げる。振動に巻き込まれた皿がかわいた音を立てる。

 すると、どこからか、修道女みたいな聖衣をまとったうさぎが数人現れた。ふくれ上がった血管の浮かぶ大きな目。かわいて瘡蓋かさぶたのはった茶色い鼻が列席者へと向けられる。そいつらに引っ張られてきた台車の上には、でかい鍋が乗っていた。表面の粗い不出来な鉄鍋で、中ではスープがグラグラと煮立っていた。

 うさぎの一匹が、大きなスプーンを鍋に突っ込むと、中に入ってるスープをすくい上げた。それから、列席者ひとりひとりの皿に配膳し始めた。ジャバジャバ。肉を煮込んだようなスープなのだが、青銅と焦げ茶の色合いで、いかにも食欲をそそらない。かびの臭いがする。それでも、獣人たちはがつがつ食べている。


 配膳は続く。列席者の皿にスープが盛られていくにつれて、俺は違和感を強める。この肉はなんだ? 最初は牛肉だろうと思っていた。もも肉、肩肉ロース肝臓肉レバー。しかし、牛肉としてはずいぶん小ぶりだった。大腸、小腸、それから胃袋。違和感はますます強まっていく。

 となりの皿に盛られたものを見て、俺は確信した。その肉がなんであるかを。その皿に盛られたのは、指だった。十センチ程度の指だった。細長く、毛がなく、つるりとした指だった。心臓が高鳴る。背中に冷たい汗が吹き出る――これは。この肉は。

 俺の皿にもスプーンが伸びてきた。

「うわああああ!」

 叫び声を上げた。そのスプーンに盛られていたのは、二つの眼球と赤い舌の先っちょだったのだ。

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