第10話『来たよ。立夏ちゃん。ちょっと久しぶりになっちゃったけど』
東篠院さんが実は幽霊が視える人だったという衝撃の事実から始まり、どう考えても危険な廃病院へ行った。
その日から自分以外の気配を家で感じる様になり、藤崎さんがおかしくなって、最後は鬼神と野球をした。
今思い返しても怒涛の日々であるが、過ぎ去ってみればなんて事はない日常の一ページであった。
そして、あれから藤崎さんにも異常は無いし、他のみんなも変わらない日常を過ごしている。
まぁ、結局藤崎さんと古谷の関係も全く変わっていないし、紗理奈ちゃんを含めた二人の周囲は不穏なままだ。
いつか何か事件が起きるんじゃないかと不安にもなるが、現状で出来る事はもう僕にはない。
彼女たち自身と彼女たちに好意を抱いている佐々木や古谷が解決するべき問題だからだ。
それでも、今回僕が助けて貰えた様に。何かあるなら力にはなりたいと思う。ただ、それだけだ。
それに……今の僕にはまだやる事が残されている。
先の騒動で、まだ彼女は苦しんでいると知ってしまったから。
結局何も救えていなかったのだと、現実を思い知らされたから。
僕は彼女に償わなければいけない。
そうでなければ、僕は……。
「す、鈴木さん? このお弁当美味しいですよ? 食べませんか?」
「今は食欲が無いので」
「そう、ですか」
「それよりも、申し訳ございません。わざわざこんな田舎に付いてきてもらいまして」
「いえいえ! 彼女の事は私も気になってましたから。また何か悪さをするかもしれませんし「しませんよ」っ」
「彼女は、悪さなんて、何もしません」
「でも」
「僕を恨んでいるのならば、それは当然の事です。だから、僕に何かをしようと思うのは当然の事です。悪い事。なんかじゃ無いんですよ」
「……」
田舎へ向かってひたすらに走る電車のボックス席で、僕の前に座る東篠院さんに僕はただ事実を伝えた。
でも、東篠院さんはやはりどこか寂しそうで、辛そうで、何だか悪い事を言ってしまったような気持ちになる。
しかし、今は気の利いた言葉なんて吐ける気がせず、僕はまた流れていく景色を眺める為に窓の外へ視線を移すのだった。
そして長い電車の旅も終わり、僕は久しぶりに地元の駅に降り立った。
とは言っても、正直何も変わってはいない。
商店街は寂れているし、昔佐々木たちと一緒に買った釣り具屋もボロイながらまだ健在だ。
中学時代はお洒落な喫茶店だと喜んでいた店も、都会から帰ってくればどこもお洒落ではないと分かる。
ただ、都会の店にはない思い出がこの場所にはある。ただそれだけだ。
「あら。中々趣深い喫茶店ですね」
「えぇ。まぁまぁ美味しいですよ。ただ、コーヒーよりメロンソーダの方が美味しいですし。店に来る人は殆どナポリタン食べに来てる人ばっかりですけど」
「えぇ……? 喫茶店とは、いったい。あ、本当だ。みんなナポリタン食べてる」
「ナポリタンだけ異常に美味しいんですよね」
「面白いですねぇ。帰りに行ってみませんか?」
「まぁ、構いませんけど、行くならお一人でお願いします」
「えぇ!? わ、私、そんなにウザいですか? 煩いですか? 面倒くさい女ですか!?」
「いや、そういう事じゃ無くて、田舎は狭い場所なんで、東篠院さんみたいな美人さんと一緒に入ったら色々と噂されるんですよ。後で両親にも何を言われるか分かったもんじゃない」
「あ、はは。そんな感じなんですね」
「田舎なんてそんなモンですよ。息苦しくて、いつかここを出てやるなんて息巻いてたもんです。でも、何でですかね。ずっと嫌いな場所だったはずなのに、こうして歩いていると、嫌な気持ちよりも何だか寂しい気持ちになるんですよ」
「それは……きっと、鈴木さんがここが、この町が好きだからじゃないですか?」
「僕が、この町を」
「だって、とてもいい場所じゃないですか。空気も美味しいし、空だってこんなに広い。見渡す限りの自然は、まだこの世界に神秘が残されているんだと私たちに教えてくれます。この町はとても素晴らしい場所ですよ」
隣を歩いていた東篠院さんが不意に足を速めて両手を広げながらその場で回る。
長い髪が彼女の動きに合わせて綺麗に円を描き、まるで一枚の絵画の様に世界を彩った。
そんな東篠院さんを見て、僕はいつかの冬に大野先輩から聞いた話を思い出していた。
『加奈子を好きだと感じた時、世界に鮮やかな色が付いた様だった』
大野先輩にしては随分と詩的な言い方をするんだな。とその時はそんな事しか思わなかったが、今なら少しは分かる気がする。
しかし、東篠院さんは僕には遠すぎる花だ。その花を手に入れようなんておこがましいと思う。
だから僕は僅かに芽生えた想いに背を向けて、今までと何も変わらない態度で東篠院さんと共に目的地へと向かうのだった。
その場所へ向かう為には山を登る必要があり、それなりに大変なのだが東篠院さんはかなり体力があるらしく、僕に合わせてかなりの速度で登っていた。
頭も良いし、体力もある。幽霊との戦いを少しだけ見たけど、運動神経だってかなり良い方だろう。
凄い人だ。
こんな事でも無ければ話す事も無かっただろうと思う。
それでも出会えたという事はやはり、運命であったのかもしれない。
「見えました」
「ここが」
「はい。ここに一条立夏ちゃんのお墓はあります」
僕はそう言いながら、何度も通ったその場所へと向かった。
山の斜面に作ったお墓たちは綺麗に整備されていて、フェンスに囲まれた通路からは僕が住んでいた町や、遠くの山々、そして見渡す限りの美しい風景があった。
彼女がいつでも……大好きなこの町を一望できるようにと、彼女のご両親がここを選んだ。
そして、僕は一条家と書かれた墓石の前にしゃがみ、手を合わせる。
もしかしたら彼女はまたここに帰ってきているかもしれない。そう考えてここに来たのだ。
まだ話したい事があったから。
「来たよ。立夏ちゃん。ちょっと久しぶりになっちゃったけど」
「……」
僕は持ってきたお花を供えて、線香に火を付ける。
お盆の時期では無いけれど、すぐにでも会いに来たかったのだ。
だから、僕は線香も備えながら再び目を閉じて手を合わせた。
「……っ! 鈴木さん」
「なんでしょうか?」
後ろから聞こえた東篠院さんの声に目を開いて振り向こうとした時、墓石の向こうにあの小さな影を僕は……見た。
墓石に隠れながら顔を少しだけ出して、悪戯を隠した子供の様に、どこか不安そうな表情で彼女は僕を見ていた。
「立夏ちゃん」
『ハジメ。ごめんね。私、ハジメをいじめるつもりは無かったの。でも、怒ってる、よね?』
「怒ってないよ。むしろ……そう、僕は君に謝りたかったんだ」
『あや、まる? なんで?』
「僕達は君に希望を見せるなんて言いながら、結局何も出来なかった。むしろ、そんな世界を君に見せた事で君により深い絶望を与えてしまったんじゃないか? 僕はそれを、申し訳なく思う」
『……ねぇ。ハジメ。知ってる? 私ってね。最初はハジメ達と出会った時から半年くらいで死んじゃう筈だったんだよ。どうしようもないって言われてさ』
僕はその言葉にハッと息を吞んだ。
『でも、それからの話はハジメも知ってるよね。ハジメが、私に生きる勇気をくれるって言って、試合を見せてくれて、格好いい所を見せてくれて、私、もっと生きていたいって思えたんだよ? 苦しかったけど、痛かったけど、ずっと……ずっと楽しかったんだ。あの狭い病室の中で、私、最後まで夢を見ていたんだよ。幸せな、夢を』
「……立夏ちゃん」
『だから貴方が私にくれた時間は、とても幸せな時間だったの。この世界に生まれて来て良かったって、思えたんだよ』
僕は、ただ優しく僕の、僕達の行動を肯定してくれる彼女に感謝し、その辛さと嬉しさが混じりあった感情で涙が溢れた。
『本当はさ。最期に何もお礼が言えなかったから、言いたくて、ハジメの所に行ったんだけど、何をやってもハジメってば気づいてくれないし。だから、その、なんか悔しくなって、意地悪しちゃったの。ごめんなさい』
「いや、良いさ。大した事じゃない。それよりも、立夏ちゃんはそんな状態で大丈夫なのか? むしろそっちが気になるんだけど」
『うん。別におかしな事ないよ。生きてた時より元気なくらい!』
「それはそれで複雑だけど。でも君が大丈夫なら良かったよ」
『……ハジメはさ。何でか私の姿とか声がハッキリ聞こえる様になっちゃったんだけど、それでね。もしハジメが良いのなら、だけど。もう少しだけ一緒に居ても、良いかなぁ?』
「君が望むなら「駄目です」っ! 東篠院さん?」
「鈴木さん。私は反対です。生者と死者は共にあるべきではない。今は偶然二人の波長が合い、共に居ても問題は無いですが、その均衡がいつ崩れるか分からない以上、リスクを背負うべきではありません」
「でも、波長が合っている間は問題ないんでしょう?」
「それはそうですが、そういう問題じゃ無いです! そもそも生者と死者は」
『大丈夫だってさ。ハジメ。ハジメはどう? 私が一緒に居ても嫌じゃない?』
「嫌なものか」
「鈴木さん!!」
「東篠院さん。東篠院さんの言いたい事も分かるんですが、僕はやっぱりまだ後悔があるんです。希望を見せるだけ見せて、何も出来なかった自分を許せない。だから、僕と共にある事で立夏ちゃんが世界に触れる事が出来るなら、それが良いと思う。思いたい」
『ハジメ! やっぱり私たちって両想いだったんだね!』
立夏ちゃんは嬉しそうに僕に飛び込んできて、ぴったりとくっついた。
嬉しそうな立夏ちゃんを見ていると僕も嬉しくて、その手に触れる様に立夏ちゃんに手を伸ばすのだった。
「駄目駄目駄目です! 反対です!」
『うるさいオバサンだなぁ。ちょっとは静かに出来ない?』
「お、おばっ!? おばっ!!? 私はまだ二十代前半です!!」
『へぇー。まぁ私は十代だけどね。やっぱりオバサンじゃん』
「鈴木さん!! この女はやはり悪霊です!!! 今すぐにでも天へ送りましょう!! そちらの方が住みやすいはずです!!!」
僕は荒れ狂う東篠院さんを何とか宥めて、立夏ちゃんと共に、東篠院さんと並びながら山を降りる。
彼女とは心で思うだけで会話が出来る様で、人前ではそれで話をすれば良い様だった。
中々便利な物だなと思いつつ、彼女の事をどうにか佐々木たちにも紹介できないかと僕は考えながら歩いていた。
心で会話出来るというのに、何故か東篠院さんと立夏ちゃんが声に出しながら言い争いをしていたが、ここに来た時とは違い、僕の心は酷く晴れやかだった。
また日常が僕のところへ帰ってくる。
そんな気配がするのだった。
願いの物語シリーズ【鈴木一】 とーふ @to-hu_kanata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます