第28話 #二人きりの図書室
放課後のチャイムが鳴り終わって、教室が一気に静かになる。
校庭から聞こえる部活の声と、夕陽のオレンジ。
あの騒がしい“デート誤解”から一日。
俺はまだ、昨日のことをうまく処理できていなかった。
楽しかった、けど――
SNSのタイムラインに「#真嶋×ひより尊い」って並ぶたび、
心臓がちょっとだけ変な動きをする。
「蒼汰くん、図書室に行きませんか?」
帰り支度をしていた俺のところへ、ひよりが顔を出した。
「本?」
「はい。
“誤解の構造”のレポート課題、先生から出てますよね?」
「あぁ、あれ。悠真が“夏休み明けにやる”って言ってたやつか」
「私は、今のうちに終わらせたいです」
「……真面目だな」
「誤解を研究するなら、沈黙よりも静かな場所がいいと思いました」
「つまり図書室か」
「はい。沈黙の続編です」
沈黙の続編――
その言葉に、何か心臓がまた忙しくなる。
図書室は、想像以上に静かだった。
机の並び、埃をかぶった辞典、外の風の音。
他の生徒はほとんどいない。
「席、ここにしましょうか」
「うん」
並んで座ると、ひよりが鞄からメモ帳を取り出した。
細かい文字でびっしり、“誤解の事例集”。
「……研究ノート?」
「はい。
“誤解”が生まれる瞬間を観察して書き留めてます」
「どこの民俗学者だよ」
「好きなんです、こういうの」
「いや、嫌いじゃないけど……ちょっと怖い」
ひよりがふっと笑う。
図書室の空気が、それだけで柔らかくなる。
「ねえ、蒼汰くん」
「ん」
「“沈黙”と“静けさ”って、同じようで違うと思いませんか?」
「違う?」
「沈黙は、言いたいけど言えない時間。
静けさは、言わなくてもいい時間。
どっちも好きですけど、今は静けさの方が心地いいです」
俺は、その言葉に少しだけ息を呑んだ。
静けさの中で、彼女の声だけがすごく鮮明に聞こえる。
「……俺も、その静けさ、悪くないと思う」
「嬉しいです」
ページをめくる音。
風で揺れるカーテンの影。
時間がゆっくり溶けていく。
気づけば、夕陽が本棚の影を長く伸ばしていた。
「……もう、閉館時間ですね」
ひよりが立ち上がって窓の外を見た。
「ねえ、蒼汰くん」
「うん」
「“誤解の研究”って、どこまで進めたら完成なんでしょうか」
「さあな。多分、一生モンだろ」
「じゃあ……一緒に続けましょうか」
「研究?」
「はい。これからも」
「……断る理由がねぇな」
ひよりが笑って、
静かな図書室のドアが、カタンと閉まる音がした。
夜。
StarChatを開くと、新しいタグが上がっていた。
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StarChat #二人きりの図書室
【校内ウォッチ】
「真嶋&ひより、沈黙の続編撮れました」
コメント:
・「#また静かな誤解」
・「#研究という名の恋」
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「……なぁ、監視社会かよ」
「静かなのに、騒がしいですね」ひよりが笑う。
「ま、いいか。もう誤解にも愛着わいてきたし」
「それはきっと、恋の副作用です」
「じゃあ、治らなくていいな」
そんな会話をした夜のことを、
きっと俺はずっと忘れないと思う。
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