第26話 #沈黙の中の告白
放課後の美術室。
窓から差す光が、絵の具の瓶を透かして色を変えていく。
夕陽と夜の境目――まるで、昼と夜が手をつないでいるみたいだった。
ひよりは黙々と筆を動かしていた。
俺は、その隣でキャンバスを押さえている。
この静けさが、不思議と心地いい。
何も話さなくても、ちゃんと伝わる気がしていた。
「……蒼汰くん」
「ん?」
「この“沈黙”って、嫌じゃないですか?」
「いや、むしろ落ち着く」
「よかったです。
私も、今の時間がとても好きです」
“好き”という言葉。
それだけで、胸の奥が反応してしまう。
俺は、誤魔化すように黒板の方を見た。
黒板の端には、まだ残っていた。
あの日、二人で書いた“#秘密の放課後”のチョーク跡。
誰も消さずに残してくれている。
「……まだ残ってるんだな」
「はい。
先生が“教育的価値がある”って言って、消さなかったそうです」
「いや、教育の方向性おかしくない?」
「でも、素敵ですよね」
「まあ……そうだな」
ひよりが笑う。
その横顔を見ていると、また言葉が出てこなくなる。
沈黙が怖くないのは、たぶんこの人だけだ。
「蒼汰くん」
「なんだ」
「“誤解”って、沈黙にもあると思いませんか?」
「沈黙に?」
「はい。
何も言わないことで、優しさが伝わるときもあるけど、
何も言わないせいで、離れてしまうこともあります」
「……確かにな」
「でも、今日の沈黙は、優しい方の沈黙だと思いました」
その言葉のあと、
ひよりは筆を置いて、
ゆっくりと俺の方を見た。
「蒼汰くん」
「うん」
「……あの、“好き”って、何回言っても足りないんですね」
心臓が、跳ねた。
言葉を返そうとしても、喉が詰まる。
ひよりの目がまっすぐで、逃げ場がなかった。
「俺も……たぶんそうだ」
「たぶん?」
「何回言っても、足りねぇなって思う」
「じゃあ、今日は言葉のかわりにしましょうか」
「かわり?」
「“沈黙の告白”です」
ひよりが、そっと目を閉じた。
カーテンが揺れて、光が二人の間を通り抜ける。
その一瞬、時間が止まったみたいだった。
俺は、静かに息を吸って――
ただ、彼女の名前を心の中で呼んだ。
ひより。
声にはしない。
でも、確かに届いた気がした。
夜。
StarChatを開くと、誰かがもうタグを立てていた。
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StarChat #沈黙の中の告白
【校内ウォッチ】
「放課後の美術室、言葉より静かな空気が優しかった。」
コメント:
・「#沈黙が語る恋」
・「#見えない告白」
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そして、すぐにもう一つ通知が届いた。
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StarChat #沈黙の中の告白
【七瀬ひより@2-B】
「言葉がなくても、心がそばにいる。
そんな誤解なら、ずっとしていたいです。」
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「……またやられたな」
俺は笑って、スマホを伏せた。
この沈黙は、もう“誤解”じゃない。
たぶん、“恋”ってやつだ。
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