第23話 #炎上前夜

 火曜日の朝。

 教室の空気が、少しだけざらついていた。

 昨日までのざわめきとは違う。

 笑い声よりも、ひそひそ話のほうが多い。


「なあ真嶋、お前……見たか?」

 悠真が、少し眉をひそめてスマホを見せてくる。


 そこには――

 見覚えのある写真。

 美術室の窓辺、並んで立つ俺とひより。

 光の中、まるで“手を取り合っているように”見える。


 投稿のタイトルはこうだ。


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StarChat #秘密の恋人

【匿名投稿】

「放課後、美術室で手をつないでたってマジ?」

コメント:

・「#やっぱり付き合ってた」

・「#裏アカ流出?」

・「#七瀬ひよりの二股疑惑」

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「……は?」

「誰かが、勝手に加工してるんだ」

 確かに。

 よく見ると、俺の手が伸ばされた角度が微妙に違う。

 写真を切り貼りしたフェイク。


 けど、そんな理屈を言っても、

 SNSの“誤解”は止まらない。


 昼休み。

 ひよりは、静かに席を立った。

 誰とも目を合わせずに。

 その背中を見た瞬間、嫌な予感がした。


 追いかけて廊下に出ると、

 ひよりが階段の踊り場でスマホを握っていた。


「……見たのか」

「はい」

「全部、デマだ。信じるな」

「分かってます。

 でも、“分かってる”だけじゃ、消えないですね」


 ひよりの声が少し震えていた。

 その手の中のスマホには、コメントが次々と流れていた。

 “裏切り者”“清純ビジネス終了”――

 そんな言葉まで混じっている。


「……俺が投稿したせいかもな」

「違います」

「いや、俺が“誤解でもいい”なんて言ったから……」

「蒼汰くん」

 ひよりが顔を上げる。

 目が赤い。

「“誤解でもいい”って言葉、私は今でも好きです。

 でも、誤解って、知らない人の手に渡ると、

 “嘘”に変わるんですね」


 その言葉が、痛かった。


 放課後。

 校内の掲示板にも#秘密の恋人が貼り付けられていた。

 誰かの悪ふざけ。

 でも、それを見たクラスメイトの視線が、痛いほど突き刺さる。


「七瀬、今日休むか?」

「大丈夫です。……絵、描いて落ち着きたいので」

「ひより」

 名前を呼ぶと、彼女は少しだけ笑った。

「はい」

「俺、どうすればいい?」

「“誤解を直す”じゃなくて、

 “信じる”でいてください」


 そう言って、ひよりは美術室へ向かった。

 その背中が、やけに遠く感じた。


 夜。

 スマホが鳴り止まない。

 StarChatのトレンドは――


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StarChat #炎上前夜

【桜井先生@担任】

「SNSの炎上とは、感情が形を失った炎である。

 燃やすより、温める言葉を選びなさい。」

コメント:

・「#先生の消火活動開始」

・「#言葉の温度」

───────────────────────


「……先生、やっぱり見てんのか」

 そう呟いたとき、通知が一つだけ目に止まった。


【七瀬ひより@2-B】

「“誤解”の中でも、ちゃんと見てくれる人がいる。

それだけで、まだ大丈夫です。」


 その投稿に“いいね”を押す指が震えた。

 俺はようやく気づいた。

 ――“誤解でもいい”なんて言葉、

 本当はひよりを守れる言葉じゃなかった。


 守りたいなら、ちゃんと“真実”を言わなきゃいけない。

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