第13話 アテムの挑発

「水龍斬り、疾風斬り、氷刃斬り、土竜斬り、雷鳴斬り」


彼は掛け声を発しながら連続で魔法剣を繰り出し、麦藁を真っ二つに断ち切ってしまう。


魔法剣の名に相応しく、水龍斬りで切断されたものは水浸し、疾風斬りで切断されたものは風の刃でより鋭く切られ、氷刃斬りで切断されたものは凍りつき、土竜斬りで切断されたものは粉みじんの土塊になって吹き飛び、雷鳴斬りで切られたものは雷に打たれたかのように切り口が真っ黒になっていた。


「す、すごい……⁉ これが本物の魔法剣か」


僕は目を見開いて感動していた。


ラグナロクファンタジーで魔法剣を扱える職業【ジョブ】といえば、上位職の『魔法戦士』だ。


下位職となる戦士と攻撃魔法士の職業レベルを上げることで、ようやく転職できる攻撃系職業。


弱点属性さえ見極めれば、どんな敵が相手でも低魔力で大ダメージを叩き出せるし、見た目もごつくて格好いいから人気の職業だった。


「……ふう」


グレイが息を吐いて剣を鞘にしまうと、冷たい金属が周囲に響く。


見惚れていた僕はハッとすると、彼に向かって駆け出した。


「今のすっごい格好良かったよ」


「これは、アテム様」


グレイは目を細めてこちらに振り向くが、目の奥が全く笑っておらずに冷たかった。


次いで、彼は仰々しく畏まって一礼する。


「とんでもないことでございます。私の剣技は、アテム様曰く『悪戯に劣るつまらないもの』でございます故、お気遣いは不要でございます」


「うぐ……⁉」


その一言で、過去に彼の剣技を見た記憶が脳裏に蘇る。


当時、注意をされても悪戯を全くやめる気配のない僕に、グレイは何度か剣技を見せてくれたのだ。


『オルガ様の血を引くアテム様であれば、きっと剣技をすぐに扱えるようになるでしょう。悪戯に割く時間と活力を稽古に当ててみてはどうでしょうか?』


『……ふん、悪戯に劣るつまらないものだな。父上と比べれば、お前の剣技は全くもって大したことがない。僕にそんな口を聞く暇があるのなら、もっと自分を磨く時間を割いたほうがいいぞ。そうだ。父上と母上に言って専属護衛を解任させてやる。そうすれば稽古できる時間が増える。はは、そうだ、それがいい』


僕は鼻を鳴らして嘲笑するように吐き捨てると、馬鹿にするように舌を出して踵を返したのだ。


過去の自分が行った言動に血の気が引いて真っ青になるが、ここで言い淀んでしまえばグレイの信頼は得られない。


僕は意を決して彼の前に出ると、深く頭を下げた。


「グレイ、本当にごめんなさい。あの時は父上に勝るとも劣らない剣技を扱う君が羨ましくて、つい憎まれ口を叩いてしまったんだ」


この言葉に嘘はない。


当時の僕は確かに悪戯ばかりしていたけど、彼が披露してくれた剣技が全く心に響かなかったわけじゃない。


今同様、いや、前世の記憶を持たなかったからこそ、今以上に当時の僕は彼の剣技に憧れを抱いていた気もする。


「……アテム様、顔を上げてください」


グレイは僕の前にやってくると、そう言ってしゃがみ込んだ。


「アテム様は一国の王子です。私のような一兵士に軽々しく頭を下げるべきではありません」


「そうかもしれない。でも、僕がグレイに投げつけた暴言は許されることじゃないから」


「承知しました。謝罪は受け入れますので、どうか顔を上げてください」


「……⁉ ありがとう」


謝罪を受け入れる……グレイの口から出た言葉に、これで関係改善に一歩前進だ……そう思って僕はパッと

顔を上げた。


でも、彼の目の奥は笑っておらず冷たいままである。


「あ、あれ……?」


きょとんとして首を傾げると、彼はにこりと目を細めた。


「さて、アテム様。今度はどのような悪戯をされるおつもりですか?」


違った。


関係改善に一歩も前進していなかった。


それどころか、新しい悪戯をするつもりだと警戒されている。


むしろ、関係は悪化しているかもしれない。


いや、王国滅亡回避のためにもここで怯んでは駄目だ。


僕は彼の目を真っ直ぐに見つめた。


「いやいや、悪戯をするつもりはないよ。それよりも、今日はお願いがあってきたんだ」


真剣な口調で告げると、グレイは立ち上がって小さなため息を吐いてから会釈した。


「専属護衛の件でしたら、謹んでお断り申し上げます」


「え……?」


お願いをする前から辞退され、僕は困惑しながら問い掛けた。


「ど、どうして専属護衛のことを知ってるの?」


「オルガ様とミリーナ様から事前に聞かされております。そして、お二人は専属護衛を引き受けるかどうかは私に一任すると仰いました」


「う……⁉」


返ってきた答えに僕は唖然としながらも、脳裏で父上の言葉が再生される。


『誠心誠意をもって謝罪し、自らが変わったことを告げるのだ。その上でグレイが専属護衛を引き受けるとなれば問題なかろう』


昨日のやり取り、グレイの言動から察するに父上と母上が根回しをしてくれたんだろう。


引き受けるかどうかの判断を一任させたのも、二人がグレイの心中を慮ってのことだと察しはつく。


「従いまして、アテム様から専属護衛の任を解かれたこともあります私は、今回の打診を丁重に謹んでお断り申し上げます。どうかご了承ください」


「いや、でも……」


必死に食い下がろうとすると、彼はにこりと微笑んだ。


「万が一にでも強制されるようであれば、私はこの国を出て行くことも辞さないつもりです」


「そ、それは……⁉」


グレイがこの国を去ることは、王国滅亡回避を考えれば一番避けなければならない最悪の事態だ。


僕が言い淀むと、彼は畏まって一礼した。


「それでは、アテム様。私はこれで失礼いたします」


彼は顔を上げると踵を返し、僕に背中を向けて歩き始める。


どうにか……どうにかしないと、どうすれば彼が専属護衛を引き受けてくれるだろうか。


必死に考えを巡らせたその時、彼が『焔斬り』で真っ二つに切断して燃え上がらせた焦げた麦藁が目に飛び込んできて『これだ』と閃いた。


「グレイ、ちょっと待って」


「なんでしょうか……?」


僕が大声で呼びかけると、彼は足を止めて振り返った。


その視線は明らかに訝しんでいる。


「僕が心を入れ替え、本気で君から剣技を教わりたいと証明できたら専属護衛になってくれるかな」


「はは、これはまた面白い悪戯を考えましたね。ですが、どうやって証明するおつもりでしょうか。恐れながら口ではどうとでも仰ることができます」


「そうだね。だから行動で示すよ」


「ほう、どう示すおつもりですか?」


グレイの目の色が変わった。


初めて興味を示してくれたみたい。


僕はにこりと微笑むと、焦げた麦藁を指さした。


「今日中に僕が『焔斬り』を扱えるようになったら、心を入れ替えたと認めて専属護衛になってくれないかな?」


「……それは本気で仰っているんですか」


彼は眉をひそめ、僕を睨むように見つめてきた。


――――――――――

◇あとがき◇

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