第12話 専属護衛を求めて
「アルテナ、リシア。二人が嫌がる悪戯をして本当にごめん。今後、二人に悪戯はしないと約束する。だから、どうか許してほしい」
僕はそう告げると、深く頭を下げた。
でも、アルテナから答えが返ってこない。
あれかな、相当怒っているのかな。
ややあってから恐る恐る顔を上げると、何やらアルテナが目を丸くしながら口元を引きつらせてたじろいでいた。
「な、なな……⁉」
「えっと、どうしたの?」
「お兄様が、お兄様が私とリシアに頭を下げたわ。あ、有り得ない。お兄様、絶対また何か悪巧みをしているのね。そうなんでしょ⁉ 私は騙されないからね」
「え、えぇ……⁉」
アルテナは鼻を鳴らして踵を返すと、扉の前で控えていたリシアに「行きましょう」と声をかけてそのまま退室してしまう。
唖然としていると、母上が「ふふ」と噴き出した。
「今までにも改心したフリをした悪戯を何度かしていますからね。アルテナが信じられないのも無理はありません」
「ミリーナの言うとおりだ。妹のアルテナであれだからな。グレイのお前に対する信頼はもっと低いだろう。しかし、身から出た錆というもの。頑張るのだぞ、アテム」
「あ、あはは。はい、頑張ります」
こうして、悪戯王子と呼ばれていた僕の前途多難なアステリオン王国滅亡回避の日々が幕を開けたのである。
それにしても、アテム。
君、ちょっと悪戯が過ぎるよ。
平静を装いながら、僕は心中で深いため息を吐いていた。
◇
「ガスター、本当にごめん」
「いえいえ、お気になさらず。それよりもアテム様がお元気そうで安心しましたぞ」
母上の魔法から目を覚ました翌日。
僕は朝一番に城内にあるガスターの執務室を訪ね、畏まって深く頭を下げた。
当初は『また悪戯か?』という視線で訝しまれたけど、すぐに僕の本気で謝っていることが伝わったようで彼は好々爺らしく目尻を下げる。
こいつは将来、この国を滅亡に追いやる男だ。
本当なら頭なんて下げたくないけど、今の僕にはまだガスターを追いやる力も、邪神に対抗できる力もない。
「……しかし、アテム様がお詫びしてくださる日がくるとは思いませんでした。十歳を迎え、意識が変わりましたかな?」
「うん。まぁ、そんなところだね」
ガスターの目の奥が鋭く光ったような気がした。
僕は照れ隠しように頬を掻いて誤魔化すと、「ところで……」と話題を転じて上着の内ポケットから封筒を取り出した。
「これ、謝罪の気持ちを書き記してみたんだ」
「ほう、謝罪文という奴ですな。ありがたく頂戴しましょう」
「あ、でも、目の前で読まれるのは恥ずかしいから僕が出て行ってから読んでね」
「はは、畏まりました」
「じゃあ、またね」
にこりと目を細めると、僕は踵を返してガスターの執務室をそそくさと後にする。
ちなみに、あの手紙には『びっくりさせてごめんなさい。でも、日々に刺激があったほうが人は長生きするそうだよ。だから、ガスターだけには愛を込めた悪戯を続けるね。アテムより』と書いた。
ガスターは僕をはじめ、城内の皆を監視している。
もし、僕の人となりが急に変われば警戒して、彼の中にある計画を早めてしまう可能性もあるからね。
これからも僕は悪戯の度合いを低め、こまめに悪戯をしていく必要があるのだ。
決して趣味ではなく、国を救うために止むを得ない悪戯なので許してほしい。
いや、大義名分を得たとかは思ってないよ。
断じてね。
「アテム様ぁあああああ⁉」
「あ、ガスターの声だ。中身を見たんだな」
僕はしたり顔を浮かべると、足を止めて窓の外を見つめた。
「この時間にグレイがいるのは訓練場か。彼には心から誠心誠意謝罪しないとな」
決意を口にすると、僕は訓練場に向かって走り出した。
◇
「さて、グレイはどこにいるのかな?」
城の敷地内にある兵士達の訓練場に辿り着くと、僕は周囲をきょろきょろと見渡した。
「お、アテム様が来られているぞ」
「本当だ。また悪戯するおつもりかな」
「だいぶ前、木剣の持ち手に遅効性の接着剤を塗られていたことがあるぞ。お前達、気をつけろよ」
訓練場の兵士達は、こちらを見るなりぎょっとしてひそひそ話を始めた。
いや、聞こえてるんだけどね。
本人を前にしてそういう話をするなら、もうちょっと小声で話そうよ。
まぁ、過去に行った数々の悪戯が原因だけどさ。
僕は小さくため息を吐くと、気持ちを切り替えて彼等に向かって微笑み掛けた。
「ねぇ、君達。グレイ団ちょ……じゃなかった。グレイ・フロスト副団長を見なかった?」
「ふ、副団長ですか」
兵士達は声をかけられるとは思っていなかったのか、ぎょっとしながら顔を見合わせた。
グレイは若くして実力を認められ、この時点で副団長に上り詰めている。
六年後には団長に昇格しているけどね。
ラグナロクファンタジーだと、彼の背景は詳しく語られることは少ない。
途中、王国の生き残りの兵士が『団長グレイ様でも苦戦する魔獣達だった。奇襲を防げたとしても、王国が勝てたかどうかわからない』とか、アステリオン王国近郊にある町の女性が『こうみえて、私はアステリオン王国で兵を率いる団長だったグレイ様に口説かれたことがあるのよ。今にして思えば、惜しいことをしたかもしれないわ』と寂しそうに漏らすのを聞くことができる。
あとは、アステリオン王国からレオーラ王国に落ち延びた際、レオーラ王国のエドリック・レオーラ王が『グレイ、貴殿を持ってしても倒せぬ相手とは……』と驚く様子が窺えるぐらいだ。
アステリオン王国への忠誠心が高く、若くして団長まで上り詰めた実力。
でも、意外と飄々としている部分もあって、しれっと女性を口説いたりする二枚目キャラ……グレイのキャラを評するなら、こんな感じだろうか。
「えっと、副団長なら奥で稽古されているみたいです」
ややあって兵士の一人が手を挙げて、稽古場の奥を見やった。
「そうなんだ、教えてくれてありがとう。じゃあね」
目を細めてお礼を告げて走り出すと、後ろから兵士達のどよめきが聞こえた。
「お、おい。アテム様が俺たちに悪戯せず、お礼を言ったぞ」
「しかも、いつもの悪巧みのしたり顔じゃなくて笑顔だった。雨でも降るんじゃないか⁉」
「やばいぞ。俺、今日は快晴だと思って服を干してきたのに……⁉」
「……アテム様、可愛い」
いや、だから聞こえてるって。
それと最後の兵士、お前だけなんか違うぞ。
王子に向かって可愛いはないだろ。
妹のアルテナに言うならわかるけどさ。
聞き流して訓練場の奥へと走っていくと、さらっとした黒髪を後ろで結び、水色の瞳を持つ騎士服に身を包んだ青年が視界に飛び込んでくる。
見つけた、グレイだ。
声を掛けようと近づこうとしたその時、異様な圧を感じて僕は「う……⁉」と思いがけず足が止まってしまう。
よくよく見れば、彼は真剣を構えて目の前に並び立つ藁束を睨んでいた。
これって、前世で見た『試し切り』に似ているかも。
そう思った直後、グレイの持つ剣に赤く揺らめく炎が立ち上がった。
「魔法剣・焔斬り」
彼がそう発して剣を振った直後、藁束が真っ二つとなって燃え上がる。
でも、グレイの剣技はそこで終わらなかった。
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◇あとがき◇
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