第五十八話 文禄元年、はじまり




 俺も百三歳になり、先が見えてきたので、そろそろこの世からお暇しようと思う。曾孫たちが日本を支える一員になり、安心して眠りについた…………


 管理官が現れた。

「ご苦労様、面白い人生でしたか?……それはよかった。あなたの人生も終了しました。…………提案があります。管理官のポストが空いています。上の者に推薦しておきました。選ぶのは自由です。ただ、あなたが影響を与えたその後に責任が…………」


「わかりました!……全力で責任を取ります。」


 何ともあっけなく、痛みもなく、普段通り眠りにつき、起きたらここに来てしまった。人生を振り返って、出産の時に死ぬ思いをして気絶したくらいで何も危険はなく、あれが、人生最大の生命の危機だった。まあ……楽しく人生を終えることができた。


この数百年間に少し干渉したが、地球には何の影響もない。少しの地震が中東近辺のアンマン近くで起こり、地中海から死海まで地盤沈下して、二十世紀にイスラエルになる予定地が浅い海底になった。地震の影響から紅海の沿岸も地盤沈下する。特にジェッダとヤンブ・アル・バハルを中心に、六十キロメートルは緩やかな海岸に変貌した。


 地震はトルコからブルガリアにも飛び火し、黒海とエーゲ海とつながり、地盤沈下してマルマラ海の名称はなくなった。頻繁に地震が発生するため、石と煉瓦の住宅は簡単に倒壊する。水没した地域に首都や大都市が含まれていたため、オスマン帝国は首都をアンタルヤに移した。


 自然災害によって、オスマン帝国は安全な地域に移民を推奨した。主にアジア地方へ最終的にオスマン帝国が交渉し、ベトナムのモンカイから内陸への居住を許される。三十年ほどで北の住みやすい地区にモスクが建ち、混血が進み、百年後にはモンゴル付近の半島までやってきた。大陸もすっかりアラブ系で、イケメンだ。オスマン帝国はモンカイの発展を機に、東の肥沃な大地を目指すようだ。


 オーストリアはオスマン帝国内の災害のため、隣国からはじめ、バルカン半島全域への攻勢をかけていった。そしてアフリカの繁栄している地域や新大陸を目指した。キリスト教が絶対のオーストリアは、占領したアフリカでは改宗しなければ奴隷となり、オスマン帝国と同じ浸透政策をとった


 日ノ本は日本と国名を統一して、天皇を象徴とした立憲君主制に移行した。戦国時代の有力者を集め、世界の現状とこれからの国づくりについて勉強会から始まり、国会が開けるまで十年ほどかかった。初代総理は六十五歳の信長だった。


 遺言で一冊の本を書き上げた。これは、帝国の崩壊を予防する対策だ。一行目に「官僚の腐敗と崩壊」と名打って、官僚の所在地の分散と参勤交代、例えば、財務省は武蔵、尾張、畿内を三年おきに配置換えをしているが、仕事内容はほぼ一緒。という遺言だった。


 そんな遺書を書いておいた。これは、幻庵(高橋是清)と氏康(石原莞爾)と話し合い、書き記したものだ。裏には両名の署名が記されている。それと、ユダヤ人ジョアンに書いた手紙を渡している。これは、極秘でジョアンの組織で遂行できる依頼だ。「マルクスの暗殺」である。


 人物は特定している。その人物を抹殺すると、彼の提唱する完璧なマルクス主義は誕生しない。時代がかなり後になるので、組織のトップシークレットの依頼だ。父はユダヤ教ラビで弁護士のハインリヒ・マルクス。その子供が千八百十八年に誕生する。場所はプロイセン王国ニーダーライン大公国県に属するモーゼル川河畔の町トリーア、ブリュッカーガッセ六百六十四番地。


「もし対象者がいたら、この世から消してくれ。」

 そう生前ジョアンに手渡した。内容が内容だけに、ジョアンは震えていた。


「同じユダヤの民から……異教徒なら……おお~~~神よ~~~」


 予言書は、千八百年になったら開封するよう封印して、組織で保管すると約束して、金塊十キログラムを渡し、維持費と殺しの代金とした。


 約束はジョアンの子孫が果たしてくれた。予言書は組織に厳重に管理され、その年、北条家の伊勢の姓を名乗る子孫に、ジョアンの子孫が会いに来た。互いに初対面で、交流はなかったが、共通の話題が結構あり、打ち解け、今後の交流を約束した。


 その後、俺の子孫は、金十キログラムと、当時の俺とジョアンの署名入りの手紙をジョアンの子孫に渡し、彼は手紙を丁寧に鑑定して宝物のように大事にケースに入れた。金塊を持たせ、彼は帰っていった。

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