(41)珈琲

 2015年7月25日(土) 昼下がり 名古屋

 俺は栄3丁目のパンダという地元チェーンの喫茶店に来ていた。ちなみに初めてではない。通いつめたお陰でブラックコーヒーも卒なく飲めるようになったものだ。小腹を満たす効果ぐらいならある。


 お相手は女性か?そんなはずがない。相手は社会人男性、既婚者である。


 「どうですか梅沢さん。就活のご状況は?」


 「んー絶妙ですね。インフラは落ちてしまいましたし、金融はこれから選考と言った感じです」


 「そーですかー。」


 そう言うと彼は何か続けて言おうとしたように見えたが、それを自ら遮るようにアイスコーヒーをすすった。壁際のテーブル席で、渇いた言葉のキャッチボールだ。肩慣らしにもならない。


 彼はJTD関西の社員だ。ハッキリ言おう。俺のリクルーターだ。日本最大手の通信キャリアで大阪本社の企業だ。名古屋にはそもそも存在しない。


 彼の中でのこれまでの俺の役どころはこうだ。俺は社会貢献のために働きたいです。そのために業界は通信と金融とインフラに絞っています。最近のIT技術の進歩は素晴らしいのでその中でも通信業界、御社を第1志望としています。と、まあそう言う設定になっている。


 彼と会うのも3回目だが、今日は他社選考状況に関する質問が特に多い。まあ時期的なものもあるであろうが。彼の黒く小さなイヤリングと左手の薬指のシンプルな指輪が、アンバランスだといつも思う。


 俺も負けじとコーヒーをすする。そろそろ俺が聞きたいのは、具体的な選考の話だ。世間話などに時間を割くつもりはない。土曜の昼下がりの喫茶店はただでさえ混んでいるしな。


 そんな俺を見てか、彼は少し大きく息を吸ってから口を開けた。


 「実は我々の子会社でJTDマーケティングDXとJTDビジネスサポートという会社があるのですが、梅沢さんにはよろしければそちらの選考に進んでいただきたいと思っておりまして」

 

 は?なんだそれ。思わずため息と声が漏れそうになった。


 「梅沢さんのような優秀な学生さんには書類選考や1次面接をパスできる特別な選考ルートをご用意しておりまして」


 おい!おいおい!うぉい!!


 いやだったら御社でそれやってくれよ!なんでこれまで聞いたことないような知らない会社をしかも2社も、クソ忙しいのに受けにゃあならんのだ。


 こっちから願いさげである。


 「ありがとうございます。考えてみます」


 そう言うと俺はコーヒーをズズズっと飲み干した。苦かろうが構いはしない。これにて閉廷である。


 「分かりました。良い返事をお待ちしております」


 まだ口にコーヒーが残ってたら顔面に吐き出してやったのに。これが返事だっつって。機嫌も体調も悪くなってきた気がする。


 まあでもたまにはこう言う日もあるか。立ち去らせた彼を咎める視線で見送ったが、それすらも飽きてしまった。


 本来であれば選考解禁の8/1まで残り1週間での出来事である。俺も彼の5分後にはすぐさま立ち上がった。

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