(37)平穏

 2015年7月中旬 梅沢の自宅

 「とうとう出たね」


 1ヶ月半ぶりに最終面接まで辿り着いた企業がきた。今回は第1志望である金融業界でだ。


 ただフタボシではない。美国銀行という別のメガバンクだ。業界3位の超大手である。最終面接は東京で行われるとのことだった。


 否。厳密には『面談』である。名古屋での3回のリク面を経て東京に呼ばれたという。つまりそういう訳だ。


 迎えた最終面接当日。初めての最終面接のときのことを思い出しながら、東京駅に名古屋駅から新幹線で向かっていた。


 「また、最近読んだ本聞かれっかなあw」


 いまの自分は高揚はしているものの平穏を保っていた。心の底から若干の余裕すらも感じる。風花様のお陰であろう。


 時刻は夕方。新横浜辺りの規則正しいオレンジの住宅の街並みが美しく見えた。


 東京駅から乗り換え、新橋駅に着いた。そこから約徒歩5分である。会場に辿り着くと、さすがはメガバンクの本社ビル。中々壮観なものであった。抹茶のような渋い緑の太く高い高層ビルが東京大都会のビル群のど真ん中に鎮座していた。


 ビル内に潜入するとまたまたビックリ。低層階用と高層階用のエレベーターが別れているじゃあないか。お上りさんにとっては既に面談とやらは始まっているらしい。俺は高層階用のエレベーターで21階まで向かった。


 途中ですれ違ったスーツの人にはとりあえず脳死で挨拶をばら蒔いておいた。先方の反応としては驚く人4割、笑顔6割と言った感じだ。笑顔の方々は既にこの時期のリクルートスーツを着用する若者に対する既視感があるのだろう。特にフロントの廊下は活気に満ち溢れていた。


 面談相手は2名だった。1名は名古屋で3回に渡ってリク面していただいた20代後半男性。相変わらず今日も汗をかき、慌ただしく眼鏡を拭いている。もう1名は初めましてだが40代前半ぐらいの男性だ。メガバンクの管理職にしては若めである。俺から2人との距離はやや離れている。


 面談はいつも通り淡々と進めた。リク面のときもそうだったが、基本的には穏和な態度で接していただける。羽を伸ばし過ぎそうになるのが難点だ。俺はヒーローではありつつも、ときに謙虚さは大事だ。背筋を伸ばすことも怠ってはならない。ちなみに最近読んだ本の質問は出なかった。


 40分ほどで終了し、俺は同じフロアの別室に案内された。これまた渡り廊下も長くて立派なのである。足下は絨毯のようにふかふかだ。小会議室のようなところに案内された。既に2名いた。明らかにリクルーターと就活生の組み合わせであった。


 俺と俺のリクルーターも彼らの隣に着席し、てきとーな雑談を繰り広げた。


 10分ほどでもう1組やってきた。その組のリクルーターの指示で俺たちは一斉に移動することとなった。


 第1の関門であった高層階用のエレベーターに乗り、最上階として表記されている25階まで向かった。


 25階の大きな渡り廊下を端に向かって歩くと、またエレベーターが出現した。25階からしか乗れないように設計されており、行員証をかざす必要があるタイプのエレベーターであった。俺は万歩計をスマホにつけていないが、今日は相当歩いているような感じがする。


 それで俺たちは、最上階として表記されている33階の1つ下の32階まで向かった。33階になにがあるのか一瞬気にはなったが、いまはそれどころではないようだ。エレベーターの中は沈黙と緊張感が充満している。


 そしてレストランのようにしつらえられた気高き会議室に私たちは案内された。


 長い机にナイフとフォークが一人ひとりに対し、きれいに並んでいる。


 さすがの俺も状況を理解するのに少しとまどいまばたきをした。


 そして50代半ばの明らかに偉い人が案内され、料理が到着した。彼は静かに微笑を浮かべていた。

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