第6話
第6話 「崩壊の鐘」
空が、鳴った。
それはサイレンでも爆発音でもない。
もっと嫌な音。鼓膜じゃなく、骨の内側を直接震わせる音。
金属を巨大な指でこすり上げながら、世界そのものを曲げていくみたいな——不快な共鳴。
訓練フロアの天井に埋め込まれたクリスタルセンサーが、一斉に赤く灼ける。
〈神域干渉反応:レベル5〉
〈地点:桐生東 高等部 上層区〉
〈推定規模:校舎範囲〉
〈推定危険:都市壊滅級〉
槙村が青ざめた。「……都市壊滅級って言った今?」
黒瀬が肩を回しながら、笑うでもなく呟く。「いいねぇ。いよいよ本番って感じになってきた」
「どこが“いい”のよ迅(じん)!」槙村が怒鳴る。
「え? だって“生還”が俺の趣味だぜ? 趣味の時間きたらテンション上がるだろ」
「お前その趣味やめろ!!」
黛は一瞬だけだけ目を閉じ、深く息を吐いた。
それだけ。
それだけで、全員の喉が同時に静まる。
「特防課、第一種出動。全員、装備。——神谷」
「は、はい!」
「お前も来い」
「……マジかよ俺もう現場デビューなんですか!?」
「今さら何を言ってる。お前はもう戦力だと言ったはずだ」
「いやそれは嬉しいんだけど初陣が“都市壊滅級”は配属ガチャ渋すぎんだろ!?」
「文句はあとで聞く。生き残ったらな」
「縁起でもねぇことサラッと言うのやめろ黛先輩!?」
でも、否定はしない。できない。
これは“避けていい戦い”じゃない。
この学校を狙ってレベル5が来る=俺を殺す/連れ去るルートに入ったってことだ。
つまり、これは俺の戦いでもある。
覚悟とか、そんな綺麗な言葉じゃない。
ただ、わかる。
ここで逃げたら、この場所は本当に全部奪われる。
そして、それは嫌だ。
◇
装備庫は教室の裏に隠された金属扉の先にある小部屋だった。
壁一面に並ぶのは、銃器っぽいもの、盾っぽいもの、鈍器っぽいもの、そして「本当に持ち出していいのか?」ってレベルの光る筒状デバイス。
普通の学校で「ジャージと体育館シューズ揃えてね」みたいなノリで、ここでは「対神域携行装備は自己管理」が貼ってある。感覚おかしくなるなマジで。
黒瀬は黒いナックル型デバイスを両手に装着し、笑う。
「これが基本装備な。神域系には素手よりこっちのが通る。人間相手には逆に出力落とす。便利でしょ?」
「便利っていうか殺意がオプション化してるよなそれ」
「お前も何か持つか?」
「いや俺、多分直接殴る係じゃない」
「だよな。じゃ、これ」
黒瀬は俺に、小さな金属プレートを三枚渡してきた。手のひらサイズの、ICタグの入ったカードみたいなやつ。
「なにこれ」
「インパクト・タグ。簡単に言うと“現場用の付箋”。敵に貼った瞬間そいつの堅さ・反応・再生を一瞬スキャンして、そのデータをお前の《編集》に送り込む。お前、触る前から『どこを壊せばいいか』わかるようになる」
「そんなチートアイテムがあるなら先に言ってよ!」
「いや今まで使いこなせるやついなかったから」
「そういうことサラッと言ってくんのやめろ怖いから!」
槙村はメディカルバッグを背負い、ヘッドセットを耳にかける。
バッグには赤いラインで「即応救護」。その下に小さく「生徒用」。生徒用ってなんだよ。逆に怖いわ。
「神谷くん。あなたのバイタルもリアルタイムで見るから、限界超えそうなら叫ぶ前に止めるからね。あと倒れたら絶対動かないこと。よくあるんだよね“仲間のために立とうとして二回目で死ぬやつ”」
「普通そんな教訓身近にないからね!?」
「うん、あるんだよねうち」
「うちって言うなよ学校で!!」
アイは制服の上に簡易アーマーを重ねている。
胸と脇腹だけをカバーする薄い防護プレート、腕にはショック吸収のガントレット。髪は後ろで留めて、動きを邪魔しないようにしていた。
表情は真剣。でもその目は、いつもより静かだった。
あの視界補正のせいかもしれない。もう“反射で飛び出すだけの子”じゃない。今のアイは、戦場を読む兵士だ。
「蓮」
呼ばれて、俺も頷く。
「……まだ本気で怖い?」
「当たり前だろ。足ガクガクだわ」
「うん。いいよ。怖くていいから」
「励ましとしては弱いな?」
「逆。怖くない顔して死ぬやつ、いっぱいいたから」
一瞬、息が止まった。
ああそうか。
アイの「怖くていい」というのは、慰めじゃない。経験から出た事実だ。
こいつは、もうそういう場面を何度も見てる。
俺は、拳を握る。
「わかった。じゃあ怖いまま行く」
アイが小さく笑う。「それでいい」
黛が通信機に口を寄せた。「全員、行くぞ」
◇
屋上に出た瞬間、空の色が壊れていることに気づいた。
夕方のはずなのに、空は夜みたいに暗い。
でも星はない。代わりに、黒い蜘蛛の巣みたいな亀裂が広がっている。そこから、じわじわと“何か”が降りてきている。
最初は霞に見えた。
でも違った。
それらは、形を持っていた。
人に似ている。
でも、明らかに人ではない。
腕が四本あるもの。
足がないのに宙にぶら下がっているもの。
上半身だけ人間で、下半身がノイズみたいに崩れているもの。
どれも、白い仮面みたいなものをつけている。
仮面には、赤い印字が刻まれていた。
【修正対象】
【逸脱因子:削除】
【神谷 蓮】
——俺の名前。
背中が氷みたいに冷たくなった。
「ちょ……待て。あいつら全員、ターゲット俺!?」
「だいたいそうだねー」と黒瀬。「派手でいいじゃん。モテ期到来」
「こんなモテ期いらねぇよ!!!」
黛が短く命じる。「編成・第一隊形。黒瀬前、アイも前。槙村やや後ろ。神谷は中央、俺の左横に固定」
「了解!」
「了解!」
「了解です!」
全員が即座に動く。
揃ってる。迷いがない。
これが“日常的に戦ってる側の動き”ってやつか。
俺は震える足を自分で止めて、黛の横に立った。
今さらだけど、黛って細身に見えるのに、近くで見ると存在感が異常だ。
落ち着きというより、揺れない。ここに立ってるだけで「まだ終わらない」と思える種類の強さ。
「神谷」
「うん」
「お前の役目は3つ。いいか。忘れるな」
「3つ。わかった」
「一つ、誰よりも先に死ぬな」
「了解」
最優先。それはずっと言われてるやつだ。なんとかなる。
「二つ、味方の“致命傷コース”を編集でへし折れ。お前にはそれができる」
「できる」
「三つ」
黛はほんの少しだけ笑った。
その笑い方は、昨日から見てきたどの笑みより、人間くさかった。
「——カッコつけるな。調子乗って前に出るな」
「えっあっはいすいませんほんと気をつけます!!」
「よろしい」
そう言った瞬間。
空から、最初の一体が落ちてきた。
ズドン、と屋上のコンクリがえぐれる。
四本腕。節ごとに金属質の骨がむき出しになっている。顔は白い仮面。赤い文字が俺の名前を連呼して明滅している。動きは速いというより“瞬間移動みたいに位置を飛ばす”タイプ。いやな予感しかしない。
そして、それは迷いなく俺に向かってきた。
「来るなり俺かよ!!??」
「下がれ、神谷!」
アイの体が、矢みたいに飛んだ。
視界補正済みのアイは、さっきよりさらに速い。神域体の腕が一斉に伸びてくるのを、彼女はスライドするみたいにかわし、間合いに踏み込み、拳を叩き込む——が。
ギィィィンッッ!
硬え!
アイの拳が甲(こう)に当たった瞬間、火花みたいなノイズが弾ける。神域体はほぼノーダメージ、逆にアイの衝撃吸収ガントレットのほうがズレる。
「っ……! 硬い!」
アイが小さく呻く。
その一瞬、神域体の別の腕がアイの脇腹を狙って伸びた。
これは——まずい。
俺は走った。
足が勝手に動いていた。
「《リンク共有》——対象、月城アイ!」
白いウィンドウが、目の前にはじける。
────────────────
対象:月城アイ
部位:上半身(脇腹〜胸部)
付与可能タグ:
[局所防御強化(上半身)] コスト:SP1 効果10秒 副作用:打撲痛移転(※痛みの一部が付与者に来ます)
────────────────
「いいから持ってけ!!」
俺はSP1を叩きつけるように消費した。
「《局所防御強化》!」
アイの脇腹に、薄い光の膜が走る。
その瞬間、神域体の腕が直撃。
ドンッ!!!
空気が歪んだみたいな衝撃音。
アイが床に叩きつけられそうになる——けど、耐えた。
代わりに。
「っ——っっっっっつぁああああああああああああああああ!!!!??」
俺の脇腹が、焼けた鉄骨で横から突き刺されたみたいな激痛に襲われた。
地面が波打つ。息が止まる。目の前が真っ白になる。
槙村が悲鳴を上げた。「痛み移転きた!? 大丈夫なのそれ!?」
「大丈夫じゃねぇよ!!!?? 今普通に死んだと思ったわ!!!!」
「生きてるなら大丈夫!!」
「医療班の基準こわっ!!?」
でも——アイは無傷だ。
俺のSP1が、アイの致命傷コースを完全に別の結果に書き換えた。
これでいい。
これでいいんだよ。
俺が痛いくらいで済むなら、それでいい。
「神谷っ!」
アイが叫ぶ。「大丈夫!? 無茶しないでって言ったじゃん!」
「痛いけどまだ死んでねぇよ! 動けるし! ……多分!」
しゃがみ込みながら立ち上がると、視界の端にもう一体、神域体が降りてくるのが見えた。そっちは黒瀬のほうへ。
黒瀬は笑いながら、突っ込んでいく。
「はーいこっちもこっちも並んで並んでぇ、順番にボコるからケンカすんなよ神様の手下さーん!」
その動きは、正直ひどかった。
いや、ひどいってのは悪口じゃない。
本能が拒否する動きって意味だ。
黒瀬は真正面から殴り合ってるのに、まったく同じ場所に留まらない。
一撃ごとに体重のかけ方を変え、相手の打撃をいなしては、逆にわざと軽い打撃を何度も当てる。ダメージを一箇所に集中させず、じわじわと動きを殺す。
そのくせ、避けるときは紙一重。あと数センチずれたら普通に死ぬ距離を平然と通る。
あれは多分、普通の人間にはできない。
“生きて帰ることだけに特化した戦闘”。狂気と計算が同居した戦い方。
「迅は大丈夫?」俺は息を荒げながら叫ぶ。
「大丈夫じゃないよ、常に大丈夫じゃないよ」と槙村。「あいつは毎回『あと少しで死ぬ』をやり続けて帰ってくる生き物だから」
「怖すぎんだろあいつの生き方!!?」
そんなやり取りをしているあいだにも、空からはさらに影が降ってくる。
三体、五体、七体……おい増えるペースおかしくないか!?
屋上だけじゃ足りず、校舎の外壁にも張りつき始める。窓の中に向かって腕を伸ばす個体もいる。これ、もし普通科の連中が残ってたらどうなってた?
想像した瞬間、背筋が冷たくなった。
黛が通信に指を当てる。「下層避難ルートは?」
『生徒避難、地下第2シェルター完了。一般科は全員保護中。特防課未所属は近接領域から排除済み』と機械的な返答が返ってくる。教師の誰かだ。この学校、先生もこのモードで動けるのかよ。
黛は短く「よし」と言っただけで、すぐ戦況に目を戻した。
「——神谷」
呼ばれる。
俺はもう走りながら「はい!」と返してた。
「インパクト・タグは使えるな?」
「やってみる!」
俺はさっき黒瀬からもらった小さな金属プレートを握る。
ちょうど目の前、アイを殴ろうとしてる別個体の爪の束に飛びつく勢いで、タグを叩きつけた。
カチッ。
次の瞬間、俺の視界に白いウィンドウが炸裂する。
────────────────
対象:神域干渉体(ランク?/識別不能)
構造スキャン:
外殻:高再生・高硬度
関節:異常増幅駆動(過負荷時に機能低下)
中核:仮面内部・赤色エネルギー核(露出時 致命)
推奨編集:
[対象部位:右肩回転軸]
変更タグ:「過負荷状態」付与
コスト:SP1
効果:対象部位の動作効率 60%低下
副作用:対象部位のランダム痙攣
────────────────
「……わかったわ」
いや違う俺男。
思わず口調がズレるくらいにはアドレナリン出てた。
「《編集:右肩 回転軸 過負荷状態》ッ!!」
指を突き出すだけで、ウィンドウが食い込むみたいに相手の肩に吸い込まれた。
神域体の右上腕が、ビキッとありえない方向に痙攣する。
その瞬間、動きが一瞬止まった。
「今ァ!!」
俺が叫んだ瞬間、アイがその隙を逃さず飛び込む。
さっきより滑らかな、無駄のない踏み込み。
拳でなく、掌底で仮面の下部を叩き上げる。
パキンッ——。
白い仮面にヒビが入った。
中から、赤い光が漏れる。
ウィンドウが跳ねて警告する。
────────────────
中核露出:致命範囲
推奨:破壊
────────────────
これは、いける。
「アイ!!!」
「わかってる!!」
アイは反転し、片足で床を蹴り、全身をひねった勢いのまま仮面のヒビにエルボーを叩き込んだ。
バシュッ!!
赤い光が、霧みたいに砕けて空中に散った。
神域体の身体が、一瞬でノイズ化する。
細かい黒い砂みたいに分解され、風に混じって消えていった。
……倒した。
俺とアイは、同時に肩で息をした。
「やった……!」
「やったね蓮!!」
「いけんじゃん俺たち!!」
「いける!!!」
言葉より早く、拳と拳がぶつかった。
パン、と音が鳴る。
俺の手首はまだ少し震えてたけど、震えててもいい。これは誇っていい。
だって俺たちは今、神の“兵隊”を一本落としたんだ。
黛が短く言う。「いい連携だ。続けろ。そのパターンは使える」
「了解!!」
「了解!!」
そう叫んだ瞬間——空がもう一段階、低く唸った。
蜘蛛の巣じみた裂け目が、ぐしゃり、とひとつにまとまっていく。
まるで世界の天井に“手”を押し当てられ、その指がぎゅっと握りしめるみたいに、空間が押し潰される。
黒い、巨大な“何か”がそこから降りてくる。
……デカい。
さっきまでの個体が人間サイズ〜2m程度だったとしたら、今のやつは桁違いだ。
体育館どころか、校舎の3階ぶんまとめて潰せるサイズ。
下半身は黒い靄で形がない。上半身は異様なほどヒトに近い。腕は二本だけど、一本一本がビルの支柱みたいに太い。顔にはやっぱり白い仮面。そして仮面の中央に、大きく赤い文字。
【修正課題:神谷 蓮】
うわもう名前大きく書くなよ!!ターゲットって貼り紙すんな!!
槙村が青ざめながら言った。「レベル5……コア級……っ、なんで学校に直接……!」
「問答無用で消しにきてんな」と黒瀬が笑う。「わぁ俺の命めっちゃ安い〜」
「迅黙れ!!」
巨大な神域体は、一言も発しない。
ただ、仮面の赤い文字の下で、何か蠢いている。
“眼”みたいなものがある。
俺一人だけを、正確にロックオンしている。
黛が即座に叫んだ。
「陣形変更! 第一優先は神谷の遮断! 黒瀬、足止めだ!」
「はぁ!? あれ相手に足止めとか無理ゲ——いや、やるわ」
一瞬で切り替える黒瀬。マジでこいつは頭おかしい方向にすごい。
アイはすでに俺の前に立っていた。
さっき付与した視界補正の効果はまだ残ってるはずだが、レベル5相手にどこまで読めるのかは不明。
俺はウィンドウを開く。
タグを探す。
でも、デカすぎる。情報が流れ込みすぎて、文字が多すぎて、目がチカチカする。
「……っ、読めねぇ……!」
脳が処理落ちする。
このレベルは、スキャンにすらSPが要る。
表示の端に赤い警告が浮かぶ。
────────────────
対象:神域干渉体(ランク不明/コア級)
解析要求:SP3
警告:編集介入は敵対宣言とみなされる可能性があります
────────────────
「黛! ヤバい! これいじったら完全に向こうが本気になるやつだ!」
「もう本気だろうが!!」と黒瀬が叫んだ。
……それはそう。
巨大な神域体が腕をゆっくり持ち上げる。
その動きに合わせて、屋上全体の空気が重くなる。
押しつぶされる——。
やばい。
これ当たったら、学校ごと半分なくなる。
俺は叫んだ。
「《自己編集:防御姿勢最適化》……全身拡張!!」
白いウィンドウが俺の目の前で弾ける。
────────────────
自己編集(20%)拡張適用
対象:自分
タグ:全身防御姿勢自動化+衝撃拡散(範囲:上半身周囲2m)
コスト:SP3
副作用:筋繊維損傷(広範囲)/全身打撲相当ダメージ
警告:意識喪失リスク:中
────────────────
「っはぁあああああああああああああ!!!」
俺はSP3を、まとめて叩きつけるように使った。
次の瞬間。
何かが俺の周囲に「張られた」。
目には見えない。でも感覚だけはわかる。
空気が粘性を帯びて、俺を中心にぐっと固まる。
アイの肩と、黛の腕と、槙村の身体まで、ぎりぎり含む円の中に、圧縮された“層”が展開される。
来いよ。
来るなら全部、ここで止めてやる。
巨大な神域体の腕が振り下ろされた。
——落ちた。
屋上を割って、校舎ごと押し潰すはずの一撃が、その層にぶつかった瞬間、世界がスローモーションになったみたいに減速する。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!
悲鳴みたいな摩擦音。
空気が火花を散らす。
ひび割れるのは俺の歯か、ここにある物理法則かのどっちかってくらい、全身に圧力がのしかかる。
「ぐ、ぅ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「蓮っ!?」「神谷!?」「バイタルやばい上がってる!!」
熱い。
全身が焼ける。
皮膚の内側から叩かれてる。
骨に直接ハンマーが打ち込まれてるみたいな痛みが同時に襲ってきて、目の奥が白くはじけそうになる。
でも——
でもまだ、折れねぇ。
ふざけんな。
ここは俺の教室で、こいつらは俺の仲間で、俺はもう逃げないって言ったんだ。
「止まれえええええええええええええええええええ!!!!!」
バチンッ!!
世界が跳ねた。
巨大な神域体の腕が、押し返された。
ほんの数十センチ。
でも、それで十分だった。
「今だァァァァァァァァァァァァ!!!」
黒瀬が叫び、地面を蹴った。
体全体がバネになったみたいな動き。
あのクレイジーな足さばきで神域体の腕の付け根に乗り、肩の継ぎ目にナックルを叩き込む。
ガンッッ!!!
亀裂が走る。
同時に、俺の視界へ白いウィンドウが一気に展開された。
────────────────
対象部位:上腕基部(コア級)
現在タグ:装甲安定化/負荷分散
変更可能:[負荷集中]
コスト:SP1
効果:一点にダメージを集中させ、分散を無効化
────────────────
「——《編集:負荷集中》!!!」
俺は最後の余力でタグを叩いた。
黒瀬の拳が、再び同じ一点を打ち抜く。
メリッッッッッ!!!
巨大な神域体の腕が、ありえない方向に折れた。
のしかかる圧力が一気に消える。
防御の層がバリバリと割れるように消えて、同時に俺の膝も崩れる。
視界が揺れる。
呼吸が荒い。
脳がぐらぐらする。
……あ、これ、やばいやつだ。
意識、飛ぶかもしんない。
でも、その瞬間、腕に何かが巻きついた。
「蓮!!」
アイが俺の身体を抱きとめる。
その声は、泣きそうで、怒ってて、でも必死に落ち着こうとしていた。
「バカ! バカ!! 死ぬなって言ったでしょ!!」
「死んでねぇよ……まだな……」
「“まだ”とか言うな!!」
「ごめん……」
槙村がすでに俺の首筋に手を当てて、何かを注入している。冷たい液体が血管を流れて、全身の焼けるみたいな痛みがほんの少しだけ薄まる。
「脈圧不安定、でもまだ戻せる。呼吸浅いけど維持できてる。——大丈夫、死なせない」
「マジで頼む……」
俺はかろうじて笑って言った。
「俺、死んだらアイにすげぇ怒られそうだし」
「当たり前でしょ!!!!」
アイの顔が近い。
涙で目が光ってる。
あぁやべぇこれ近い。心臓に悪い。いろんな意味で。
その間にも、黛と黒瀬はまだ動いていた。
黛は一歩も乱れない足取りで、巨大な神域体のコアの死角をとる。そして静かに両手のデバイスを展開して、何かを入力する。
低い声が屋上に響いた。
「桐生東高校 特防課2-B、現場指揮・黛 凌央。——宣言する」
黛の目は、氷みたいに冷たかった。
「本件は“防衛戦争”だ」
瞬間、空気が揺れた。
その言葉に、世界そのものが反応したみたいに、空の裂け目が一瞬だけ波打つ。
黛は続ける。
「よって、特防課2-Bは本件における正当防衛の継続を宣言する。管理局の介入なしで、ここを守り抜く権利がある」
……これ。
こいつ、世界に向けて“法的宣言”投げてるんだ。
たぶんこれ、こっちの世界のルールに対してのハッキングだ。
“神”が作った監視ルールを、人間の側から上書きする宣言。
エリシアが言ったことと、真っ向からぶつかるやつ。
俺が半分意識を飛ばしながらそう思っていると、屋上にアラートが走る。
〈管理局通信割込み:無効化〉
〈監査班 介入申請:拒否されました〉
〈正当防衛区画が一時的に承認されます〉
……やった。
黛が、世界に“ここは俺たちの戦場だ”と認めさせた。
俺は笑いそうになって、でもちょっと咳き込んだ。
「……すげぇな、黛」
「当然だろ」と黛は淡々と言った。「お前は俺たちの戦力だ。勝手に持っていかせるか」
黒瀬が肩で息をしながら、折れた巨大な腕の上に着地する。
「リーダー、こっからどうすんの?」
「決まってる」
黛の目が、折れた巨大体のコアへ向いた。
そこには、まだ白い仮面が残っている。
赤い文字が、今も——俺の名前を点滅させている。
うざい。すごくうざい。
「落とす。ここで終わらせる」
「マジ? やっちゃう?」
「やる」
その言葉を聞きながら、俺はあえて、アイの腕の中で目を閉じた。
痛い。全身が熱を持ってる。
でも、不思議と怖くはなかった。
だって。
俺はひとりじゃない。
特防課2-Bは、俺を真ん中に入れる形で陣を組んでいる。
それは盾じゃなく、輪だ。
守られてるって感覚より、「一緒にいる」って感覚のほうが強い。
ああ。これが、俺の居場所だ。
その事実だけで、まだ立てる。
まだ戦える。
だから、俺は宣言する。
たとえ神だろうが世界だろうが——
「ここは渡さねぇからな」
そう呟いた瞬間、俺の視界に新たなウィンドウが浮かんだ。
────────────────
【権限進行】
特防課2-Bとの共同防衛宣言が確認されました
《ステータス編集》開放率が上昇します
自己編集 開放率:20% → 30%
リンク共有 範囲:30m → 50m
新機能:《集団防壁(プロト)》
効果:同一リンク内の仲間を対象に、一時的な共有防御層を展開可能
※精神負荷:極高
※使用者の意識喪失リスク:高
────────────────
……やべぇ。
俺、もう一段階、開いた。
世界を“編集する”側に、また一歩。
これが“神殺し候補”ってやつかよ。
笑えてきた。
いや、笑えるのは今だけかもしれないけど、それでも笑える。
俺は片目だけ開けて、アイを見た。
「なぁ、アイ」
「なに」
「俺、マジでやべぇことになってきたっぽい」
「うん。見ててわかる」
「それでも、そばいろよ」
アイの目が一瞬だけ見開かれる。
そしてすぐに、いつもの、ちょっと拗ねたみたいな目に戻る。
「当たり前でしょ、幼なじみなんだから」
「いやその設定まだ引っ張んの???」
「引っ張るよ。死ぬまで引っ張るよ」
……それはちょっと。
それは、すごくずるい。
俺はもう一度息を吸って、血の味のする口の中で笑った。
「——じゃあ、死なねぇわ」
屋上に、再び轟音が走る。
戦いはまだ終わらない。
でも、もうはっきりした。
俺たちは、ただの高校生じゃない。
ここは、ただの学校じゃない。
これは、宣戦布告だ。
神に対して。世界に対して。
そして俺は、もう選んだ。
敵にされるなら、全部まとめて敵にしてやる。
(第6話 終)
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