『時空転生ギフト:LV1から始まる神殺し計画』
あか
第1話
第1話 「その日、俺はクラスごと消された」
あの日の放課後は、マジでいつも通りだった。
チャイムが鳴って、担任の山田が「連絡は以上。帰りに寄り道すんなよー」と死んだ目で言って、クラス中が一気にざわつく。窓の外にはオレンジ色の光。六月の夕方、湿気っぽい風。机を並べてダベってるサッカー部のやつら、スマホで動画見てる女子、寝てるやつ。——その中に、俺も確かにいた。
神谷 蓮。県立・桐生東高校、二年B組。
平均身長、平均体力、平均成績。将来の夢、特になし。告白された回数、ゼロ。告白した回数、聞くな。部活も入ってない。教室の中で「空気」とか「背景」とかそういう分類に入りがちな男。それが俺。
だからこそ、最初に異変に気づいたのも俺だったのかもしれない。
ガ、ガガッ。
空間が、揺れた。
地震じゃない。床も机も揺れてない。代わりに、俺の視界だけがノイズを走らせたみたいに乱れた。テレビの砂嵐を無理やり目の奥に流し込まれる感じ。吐き気がする。
「……なに、今の」
思わずつぶやいた俺の声は、誰にも届かなかった。
届かない、というより——全員、固まっていた。
教室全体が一時停止ボタンを押されたみたいに、誰もが同じ姿勢のまま止まっている。笑いかけた口、振り上げた手、スマホを見下ろす瞬きの途中。その全員が止まったまま、まるで標本だ。
俺だけが動いてる。
「は?」
状況を理解するより早く、黒板の前が裂けた。
……本当に、裂けた。
板が壊れたとかそういうレベルじゃなく、夜の闇をナイフで切り開いたみたいに、縦一文字の亀裂が現れて、そこから“向こう側”が覗いている。
向こう側には、空だった。赤い空。雲がぐるぐる渦を巻いて、稲妻が静かに逆流している。地獄絵とかそういう派手なやつじゃない。ただ、見ただけで本能が膝を折りたくなる、圧のある空。
その裂け目から、声が降ってきた。
『——選定完了。対象クラス、移送を開始します』
機械みたいに冷たい声。
でも、はっきり日本語だった。
「選定? 移送? ふざけ——」
言い切る前に、黒い波が押し寄せてきた。
津波、というより、影。液体みたいな影が、教室の床を滑って一瞬で足元を包み、膝、腹、胸、喉——。
「っ、ま、待て待て待て待て——!」
冗談じゃない。意味わからない。助けてくれ。誰でもいい。誰か。
……そう叫んだつもりだったのに、最後の言葉は影の中で音にならなかった。
◇
次の瞬間、俺は空に投げ出されていた。
いや、正確には、高層ビルの屋上に立っていた。
ビル風が顔を叩く。夜。見慣れたようでまったく見慣れない、都市の灯り。ネオン。車のライト。遠くに見える巨大なスクリーン広告。日本語は日本語。見えるコンビニもチェーン店も知ってるはずの名前。でも、形が少し違う。ロゴも微妙に違う。たとえば「セブンイレブン」が「Seven:11」とか、そういうズレ。
同じに見えるのに、決定的に違う。
「……ここどこだよ」
つぶやいた俺の右目の前に、唐突にウィンドウが出た。
透明な板。青白い光。SF映画のホログラムそのもの。
そこに、文字が浮いている。
────────────────
《ようこそ、《時空外領域指定:並行現代区画E-13》へ》
対象:神谷 蓮
役割:神殺し候補(暫定)
初期レベル:1
初期スキルポイント:10
固有権限:《ステータス編集》
────────────────
「……………………は?」
神殺し候補?
レベル?
スキルポイント?
どれも中二病ワードで聞いたことはある。でも、違う。これは冗談でも夢でもない。ビル風は冷たいし、足は震えてるし、喉が異常に乾いてる。心臓なんてさっきからうるさすぎて、自分の鼓動だけでBGMになりそうだ。
ウィンドウの右下に、小さく「▶STATUS」という表示が点滅している。
条件反射で手を伸ばしてみると、指がふれた瞬間、別のウィンドウが開いた。
────────────────
【STATUS - 神谷 蓮】
LV:1
HP:100 / 100
SP(Skill Point):10
STR(筋力):5
AGI(敏捷):5
VIT(耐久):5
INT(知力):5
LUK(幸運):5
装備:なし
スキル:なし
固有権限:《ステータス編集(LOCKED)》
────────────────
……。
……いやいやいやいやいや。
「待て。ロックって書いてあるじゃん。ロックしてたら意味ないだろ固有権限」
ひとりツッコミを入れたところで、後ろから声がした。
「——動くなっ!! 手を上げて、そのまま振り返らないで!」
女の声だった。
張りつめた命令口調。でも震えてる。息も荒い。必死って感じ。
俺の背中に、ピリ、と冷たいものが走る。感覚だけでわかる。何かを向けられてる。銃、だろうか。いや、銃なんて映画の中だけでしょ? ここ日本っぽいし——って思った瞬間、足元の床材に走る細いヒビが目に入った。
ヒビは黒く、煙みたいににじんで、そこから赤い光が漏れている。
普通の日本じゃない。危険度の基準が、もう違う。
「……俺、敵じゃないんだけど」
「この区画に転送されたばかりっていうなら、証明して! ステータスを見せて!」
「えっ、ステータスって見せるもんなの?」
「早く!」
「はいすみません!!」
癖で反射的に敬語になる自分がちょっと悲しい。
俺は両手を上げたまま、ウィンドウを横にスワイプするみたいに動かして、後ろに見せるようなイメージをする。すると本当に、半透明のパネルが俺の背後側に回り込んだ。……すげぇ。なんだこれ。どこのMRデバイスだよ。
しばらく沈黙。そして、女の声が小さく漏れた。
「——本当に、レベル1……」
「だから言ったろ、敵じゃな——」
「しかも《ステータス編集》持ち……っ。マジでいたんだ……!」
ステータス編集。さっきの“固有権限”か。
「ちょっと待って、それそんなに珍しいの?」
「珍しいなんてレベルじゃないよ! それ、神殺し権限だよ!」
「神、殺し……」
言葉の意味を理解するのに一瞬かかった。
理解した瞬間、鳥肌が立った。
彼女が続ける。早口で、焦っていて、でも本気で心配している声だった。
「——いい? 時間ないからそのまま聞いて。あなた、狙われる。たぶん今すぐ。『神域側』にも『管理局』にも。どっちも、あなたを確保する気しかない。生け捕りならまだマシ。下手したら解体」
「ちょっと待って最後だけさらっとホラー入れないでもらえる!?」
「ごめん。でも事実!」
「いや謝られても怖いもんは怖いんだけど!?」
俺は、そこでようやく振り返った。
彼女は息を切らして立っていた。
肩までの黒髪が乱れていて、額に汗がにじんでる。制服はブレザー。ネクタイは赤。どこか見覚えある日本の女子高のスタイルなんだけど、袖口に小さな金属プレートが埋め込まれていて、そこには「桐生東高・特防課」と刻まれていた。
桐生東高。
——それ、俺の学校の名前だ。
「……同じ学校?」
「“こっちの世界”の桐生東の特防課、二年。月城(つきしろ) アイ。あなたは?」
「神谷 蓮。こっちの桐生東じゃない。向こうの、普通科」
「やっぱり……。時空ズレ転送(ディスプレイスメント)か」
月城アイ。整った顔立ち。強そう、っていうより「強くあろうとしてる」のが伝わる目。無理してでも前に立つタイプ。手には銃——いや、銃じゃない。見たことのないハンドガン型デバイス。側面に「麻痺+固定」と小さく表示されてる。なるほど、対人殺傷用というより、捕獲用。
たぶん彼女は俺を守ろうとしてる。というか、守らないと自分もまずいんだろう。
俺は一気に喉が渇いた。言葉を選んで、訊く。
「なぁ——ここ、どこなんだよ。本当は何が起きてんだよ」
アイは一瞬だけ目を伏せ、それからまっすぐ俺を見る。
「ここは、あなたの知ってる日本と“ほぼ”同じ日本。だけど違う点がひとつある」
「ひとつ?」
「この世界は、神に監視されてる」
ぞわっ、と背中を冷たい指でなぞられたみたいな感覚が走った。
アイは早口のまま説明を続ける。
「十年前から、原因不明の“神域干渉”って現象が始まった。空間に裂け目ができて、化け物が出るようになった。その化け物を倒す代わりに、人間の一部は“ステータス”とか“スキル”とか、ゲームみたいな力を与えられるようになったの」
「ゲームみたいな、って……現実が?」
「現実が。で、そのシステムの最上位に君臨してるのが“神”。名前も正体もわかってない。でも、神に逆らうと世界そのものから消されるって噂もある。たぶんただの噂じゃない」
「……消される?」
「存在ごと」
「……………………は?」
「だからこそ——」
彼女は、俺の目の前に一歩踏み出した。
夜風でスカートの裾が揺れる。都市の光が彼女の横顔を縁取る。目が近い。距離が近い。顔が、近い。
「だからこそ、その『ステータス編集』を持つ人間は、この世界にとって唯一の“神殺し候補”になる」
俺は固まった。
神殺し候補。さっきのウィンドウにも、そう表示されていた。
「待て。“神殺し”って物騒な名称ついてるけど、俺レベル1だからね? パンチ力5だからね? 体育の持久走、クラスでも後ろから数えたほうが早い男だからね?」
「それは上げればいい」
「は?」
「スキルポイント、10持ってるんでしょ? 割り振れば?」
「えっ、これ振っていいやつなの? てっきりチュートリアルで『今は振るな』って言われるやつかと」
「振って。今すぐ」
「即断だな!?」
でも、アイの顔は真剣だった。笑いも冗談も一切なし。つまり、時間がない。
俺はステータス画面をもう一度開いた。
たしかに、各ステータスの横に小さく「+」が点滅している。ゲームのやりすぎかもしれないけど、直感でわかる。これ、押したら上がるやつだ。
「どこに振ればいいんだ……筋力? 素早さ? 運?」
「AGI(敏捷)とVIT(耐久)を2ずつ。STR(筋力)を1。残りは全部LUK(幸運)に」
「幸運?」
「LUKはね、ここの世界じゃ“生存率”って意味」
——生存率。
心臓が、ドクンと鳴った。
生き残れるかどうか。
そう言われたら、迷う理由なんてない。
「……わかった」
俺は震える指で「+」を押す。
AGIに2。VITに2。STRに1。LUKに3。合計8ポイント。あと2残るけど、とりあえず指を止める。
その瞬間、全身にズキンと痛みが走った。
「っつ……!」
「大丈夫!?」
「ちょ、ちょっと待っ、いてぇ! 筋肉痛を一瞬で一週間分まとめてブチ込まれたみたいな、いやこれ下半身と肺と心臓同時に改造されてない!? これ合法なの!? 倫理どこいった!?」
「それが“レベルアップ”だよ、神谷くん」
「雑な説明ありがとうな!?」
俺は息を整えて、もう一度ステータスを見る。
────────────────
【STATUS - 神谷 蓮】
LV:1
HP:100 / 120
SP(Skill Point):2
STR:6
AGI:7
VIT:7
INT:5
LUK:8
固有権限:《ステータス編集(LOCKED)》
────────────────
——上がってる。本当に上がってる。
足が軽い。視界がクリアだ。屋上の縁までの距離感が、さっきより正確にわかる。風の流れも感じ取れる。これ、マジで現実か?
信じられない。
けど、信じなきゃ死ぬ。
そのとき。
耳じゃないどこかに、声が落ちてきた。
『検知。神殺し候補、座標一致』
冷たい、割り切った機械音。
同時に、屋上の空気がビリッと裂けた。
ビルの縁の空間が歪み、真っ黒な手がずるり、と這い出てくる。指が五本以上ある。その一本一本がケーブルみたいにうねって、コンクリを溶かした。
「来た……っ! ちょっとは持ってよ、こっち今説明中なんだから!」
アイがデバイスを構える。銃口が青く光る。
俺は一歩あとずさる。足が震える。呼吸が浅い。頭が真っ白になる。逃げたい。走りたい。目を閉じたい。全部正しい。全部正しい反応だと思う。
でも——そのとき、もうひとつウィンドウが開いた。
────────────────
【緊急クエスト発生】
クエスト名:初戦
内容:神域体(ランクF)を排除せよ
報酬:SP+5
失敗条件:対象(神谷 蓮)の死亡
────────────────
「……は?」
死んだらゲームオーバー、ってことか。
いや、違う。
死んだらゲームオーバー、じゃない。
“俺が死ぬ”=“俺という存在が消える”
さっきアイが言った言葉が、骨の内側から響くみたいに蘇った。
「神谷くん、下がってて! これは私が——!」
その瞬間、俺は気づいた。
彼女の足、震えてる。
腕も小刻みに揺れてる。
強がってるけど、正直ギリギリだ。
——ああ。そうか。
これは「守られる側」の話じゃない。
この世界は、俺も例外じゃなく最初から戦場に投げ込んでる。
だったら。
だったら、やるしかないだろ。
「アイ!」
「なにっ……!?」
「俺、戦う。……やり方、3秒で教えて!」
「3秒でってあなた正気——」
「3秒しかないんだろ!!」
アイは一瞬だけ呆気にとられて、それから笑った。ほんの、一瞬だけだけど、心底ホッとしたみたいな顔で。
「いい。そのノリ、嫌いじゃない!」
彼女は短く叫ぶ。
「敵の腕は神域組成! 普通の攻撃は効きづらい! だけど“ステータス編集”が使えるなら——触れるだけで、その部位を《弱点》って書き換えできるはず! ロックされてても、局所編集(ピンポイント)は通るって聞いたことある!」
「待て書き換えってなに物騒な話サラッとすんの!?」
「簡単に言うと、敵の装甲を“紙装甲”ってタグに書き換えるの! そしたら私の弾が通る!」
「タグってなに文化系みたいなバトルすんの俺!?」
「やるの!!」
「やります!!!」
黒い腕が屋上にずるりと乗り上がる。表面がビニールみたいにぬめって、でもところどころに瞳みたいな穴が開いている。その全部がこっちを見て、開いた。
……気持ちわるっ。
『確保開始。抵抗は不要。対象、価値:高』
機械音が響いた。
対象、って俺のことだよな。価値、高いのはいいけど、言い方が完全に家畜なんだよ。
「行けっ、神谷くん!!」
「くそ……ッ!」
俺は走った。
正直、怖いとかじゃない。怖いなんてもんじゃない。膝は笑ってるし心臓は暴走してるし吐きそうだ。でも、それでも走れる。AGI(敏捷)を上げたはずなのに、足がもつれない。むしろ地面のほうが勝手に近づいてくる感覚。世界がスローになったみたいに、敵の腕の動きが見える。
あそこだ。
俺は黒い腕に飛びつくみたいにして、右手を突き出した。
「——《編集》ッ!!」
叫んだ瞬間、目の前に小さなウィンドウが開いた。
今度は、白いカード。
────────────────
対象部位:神域体・右上肢
現在属性:高耐久/高再生
変更可能タグ:[弱点化]/[破損誘導]
※変更は部位限定、効果は一時的
────────────────
「なにこれマジで俺だけチート仕様なんだけど!?」
「早く選んで!!」
「わかったよもう!!」
俺は「[弱点化]」を叩きつけるようにタップした。
黒い腕の色が、一瞬だけチカッと赤く点滅した。
「今!!」
アイの声と、光が重なった。
キィィィィンッッッ!!
耳をつんざくような音とともに、彼女の銃から放たれた青白い閃光弾が、俺の目の前の腕を撃ち抜いた。さっきまでコンクリを溶かしてたその腕が、紙くずみたいに破れて、黒い霧になって散る。
『損耗確認。対処開始——』
機械音声が途切れた。
霧が細かく砕けて、やがて夜風に溶けるように消えた。
屋上に、静寂が戻った。
……勝った?
「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」
俺はその場に膝をついた。全身汗だくだ。手のひらはまだ震えてるのに、逆に指先は妙に冷静で、さっきの白いウィンドウの残像を頭の中で何度も再生している。
あれは、つまり。
俺は“神に与えられた装甲”を書き換えた。
文字通り、神のルールを上書きした。
それってつまり——。
「……神谷 蓮」
アイが、俺の前にしゃがみこんで、まっすぐに目を合わせてくる。
「は、はい」
「さっきはバカだと思ったけど、訂正する」
「雑な感想から入るのやめて?」
「——あなた、ほんとに“神殺し”になれる」
息をのむ。
その言葉は、もう冗談じゃない響きを持っていた。
……そして、同時に、新しいウィンドウが開いた。
────────────────
【クエスト達成】
報酬:SP+5
現在SP:7
特記事項:
新機能:《自己編集:開放率10%》
────────────────
自己編集。
つまり——自分自身にも“タグを書き換える”ことが、少しだけできる。
これはもう、逃げられない。
「なぁ、アイ」
「なに?」
「ひとつだけ、最後に確認させて」
「うん」
「俺たちって、これから何と戦うんだ?」
アイは少しだけ笑った。けどその笑いは、どこか悲しいものだった。
「神。……と、それにひざまずいた人間たち」
ああ、と俺は思った。
つまりこの世界は、俺に言ってるんだ。
レベル1から成り上がれ。
スキルポイントで這い上がれ。
そして、神を殺して、真実を暴け。
俺は、ゆっくりとうなずいた。
「わかった。いいよ。——やってやる」
その瞬間、遠くの空が赤く瞬いた。
俺たちの存在に気づいた誰かが、こちらを見下ろして笑ったような、そんな不快な光だった。
これはもう、他人事じゃない。
この世界はすでに、俺を主人公にするって勝手に決めちまったらしい。
だったら、奪い返すだけだ。
俺は神谷 蓮。レベル1。
固有権限:《ステータス編集》。
そして今、正式に宣言する。
——神なんかに、世界は渡さない。
(第1話 終)
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