大掃除
さこって。
12月後半。
街からサンタクロースが消えて正月飾りやおせちの広告で埋め尽くされた。
芯まで冷えきってしまいそうな夜でも駅前まで来れば人は沢山いる。
カラオケ帰りのJKや、疲れきった様子のサラリーマン。忘年会に行くのであろうスーツの集団。
明るい駅前はどことなく浮かれた雰囲気に包まれていて、年末特有の空気が広がっている。
アイツと離れてもう2年が経った。
そして、今の恋人である明人と同棲を始めて約半年。
始めて二人で迎える年末だ。
「ねー、店こっちの方で合ってる?」
「合ってる、合ってる。多分まだ営業時間内の筈…」
急に明人が明日休みになって、せっかく休みが重なったんだから大掃除をしようと夜ご飯中に話題になった。
掃除をしたいところをお互い挙げたら確実に家にある掃除道具だけじゃ間に合わなそうだったから近場のドラストを調べて急いで家を出た。
適当に上着を羽織って勢いに任せて出てきたせいか予想より寒くて自然と早歩きになる。
「ほら、合ってたでしょ?それにまだ開いてる。」
「天才だなー、じゃあさっさと必要なもの買っちゃおっか」
閉店間際のドラストは流石に人が少ない。
駅前から少し離れているとはいえ店内には私達以外には数人の客しかいなかった。
入口すぐの鏡餅や玄関飾りには目もくれずに掃除道具コーナーに向かう。
「掃除用洗剤と、雑巾と…あとなんだっけ」
「んー…あれ、スポンジブラシが切れてたはず」
こういう所が良いなと思う。
私のちらっと言ったことを覚えていたり、日々の小さな気遣いとかできるところが好きだ。
思ったより買い物は早く終わった。
どうせだからと安くなっていた5個入りの肉まんと大袋の切り餅も買った。
今年の正月はお餅祭りだねなんて笑いながら予想より重くなってしまった買い物袋を手に帰路に着く。
行きよりもほんの少し冷たくなった手を繋いでゆっくり帰る。
冬は寒いことを口実にくっつけるのが良い。ほかの季節より距離が近くても暖を取るためと言い訳できる。
大通りに連なる飲食店から流れる有名な冬ソングが徐々に遠ざかっていって、静かな住宅街を二人で進んでいった。
静かな空気も明人となら心地いいと素直にそう思った。
翌朝。布団に引き止められながらどうにか二人で布団から這い出て掃除の準備を始める。
12月の朝はとても寒くて換気のために窓を開けたら吐く息は真っ白だ。
「じゃあ、やることを確認しまーす」
「はーい」
マスクにゴム手袋と完全体制で挑む。
年末に風邪なんて引いたら大変だから。
「えっと、まずは照明とか窓を二人で綺麗にして…」
「そしたら俺がキッチンと寝室。」
「で、私がリビングとお風呂だね。」
昨日寝る前に決めた役割分担を確認して早速取り掛かる。
指の先まで冷たくなるほどの冬の朝だが、棚のものを出したり椅子に乗って上の方の埃を払ったりと慌ただしく動いていれば汗は出てくる。
気づけば柔らかな日差しが差し込んでいた。
順調に進んで二人でやる所はあらかた片付いたのでそれぞれの持ち場に移る。
私は取り敢えず物の多いリビングから始めた。
普段からそこそこ綺麗にしていたはずだがどんどんゴミは出てくる。
大掃除なんていつぶりだろう。
週末とかにある程度掃除してるし良いやとこの部屋で一人暮らしを始めてから1度もしていなかった気がする。
「んー……汚い。」
ソファの下に掃除機の先を入れて綺麗にするが端の方までは上手く届かない
「退かすか、ちょっと」
上にあったものを1度退けていたので1人でもぎりぎり動かせた。
だいぶ埃が溜まっているだろうなと覗き込む。
「あ…」
見覚えのある有線イヤホン。
黒いボディにシルバーのラインが入った、いたって普通のイヤホンだ。
埃を被って壁とソファの隙間に居心地悪そうに佇んでいた。
そう、アイツのものだ。
アイツ…彼はそれはそれは私とは真逆の人間だった。
年上の癖に責任も仕事も嫌いで、代わりに音楽とバイクが好きでしょっちゅう好きでもないアーティストのライブに連れて行かれた。
頭が割れるのではないかと思うぐらい大きくて歪んだ音も、山道をバイクで走る時の飛ばされそうな感覚も私には合わなかった。
でも、彼が子供みたいに目を輝かせて私じゃないなにかに夢中になっている横顔が大好きだった。
埃にまみれくちゃっと絡まったイヤホンを取り上げる。
彼はこれをとても大事にしていた。
「これで聞くと音がぶわってなるから好きなんだよ」
あまりにも感覚派な理由に毎回笑ってしまった。
聞かせてもらっても私には違いが分からなくって首を傾げていると、けらけらと笑いながらくしゃくしゃ頭を撫でられて
そのまま最近聴いてる曲とかおすすめの曲をお互い片耳ずつイヤホンを付けて聞いていたのが懐かしい。
だけど大事にしていた癖になくした時の諦めはとても早かった。
「あれー、ここ置いといたんだけどな…まぁしょうがないか。」
ソファ近くでいつものようにだらけながらちょっと辺りを探したらすぐに昔使っていたものを引っ張り出していた。
なんだかその光景がちょっと寂しくて、二人の思い出も詰まったものなのに、家で失くしたなら絶対すぐ見つかるはずなのにと…
まぁ彼はそういう人だったし、そういう所も好きだったんだから仕方ない。
「……捨てないと、かな。もう使えないだろうし」
埃と絡まって解けないイヤホンをゴミ袋に入れようとして躊躇する。
そうだ。せめて解いてから捨ててやろう。
「んー……よし、こんなもんか…」
綺麗に解けて、ふと左右のイヤーピースの大きさが少し違うのに気づいた。
「ん?……」
気づいてしまった。
私はいつも彼に音楽を共有してもらう時右耳の方を使っていた。
そして、このイヤホンは右耳の方がパーツが小さいものに変えられている。
だから一人で聞いている時もよく右耳だけ取れてしまって少し不満げに目を細めていたのか。
彼がいないところで彼の小さな優しさに気づく。
明人と同棲を始める時に彼に関する物は全部捨てて、それなのにこうやってふとした時に思い出させてくる。
彼は、彼はもういないのに。
そう。彼は2年前交通事故で死んだ。
私が風邪をひいてしまい、年末で店もあまり開いてないからとバイクで少し遠くのドラッグストアまで薬を買いに行ってくれた時だった。
即死だったらしい。
当時のことはあまり記憶になくて、警察にそう説明を受けたと思う。
熱のせいで見た悪い夢なんじゃないかと思いながら病院に行って、冷たくなった彼がそこにはいた。
笑った時ちょっと八重歯が見えて可愛いと思っていた顔も事故のせいでだいぶぐちゃぐちゃになっていて、病院のトイレでちょっと戻してしまったのを覚えている。
一人暮らしから彼と二人暮らしになって思い出の蓄積した部屋に帰るのが毎日苦しくて、それでもこの部屋を手放すことはできなかった。
「おいっ!…ど、どうした?」
いつの間にか泣いていたらしい。
視界が不明瞭でふわふわしていて、明人が私の背中に手を当てているのだけがわかる。
「え…な、なんで泣いてんの?つか、そのイヤホン何……」
明らかに狼狽えていて、とにかく私の涙を止めようと優しく背中をさすってくれる明人が可愛くて思わず笑ってしまう。
「いやいや、笑い事じゃないでしょ。まじでなんかあった?」
明確な回答を得られなくて不満そうな声がする。
「んーん、ちょっと目にゴミ入っただけ」
少し目元を脱ぐって明人の方を向く。案の定ぼやけた視界でも心配そうな顔が見えた。
「流石に俺でも嘘だってわかるって…そんなに俺って頼りない?」
少し拗ねたように眉を寄せてこちらを見ている明人がとても愛おしくて。
そうだ、私には今明人がいる。こんな私のことを好きだと、大事にしたいと言ってくれる素敵な恋人がいる。
私には彼のことを思い出す暇なんてない。だって今はこんなにも充実しているのに
掃除中で開けた窓から北風が吹き込んで思わず2人同時にくしゃみをした。
「っふふ、ねぇ掃除も半分ぐらいは片付いたしちょっとお茶にしない?」
「もー、はぐらかすなよ…まぁ良いけどさぁ」
困ったようにくしゃっと小さく笑って立ち上がり、明人はお茶を用意しにキッチンへ行ってくれた。
少し遅れて私も埃を払って立ち上がるといつの間にか手から落ちていたイヤホンが目に付く。
「今までありがとう。」
小さく呟きながらゴミ袋に入れて、段々と心が軽くなっていくのを感じる。
全開だった窓を少し閉めて明人のいるキッチンへ向かう。
少し冷えてしまったから温かいジンジャーティーが飲みたい。どうせならクリスマスに買って残っていたクッキーも一緒に出そう。
窓から見える空は冬らしくどこまでも澄んでいた。
大掃除 さこって。 @akasakana_67
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