第19話 第一章(続き)

 オレ=猫のボケが始まったという話題は一時のことで収まるといいんだが。ともかく、この猫にも家にも慣れればいい話だよな。ふんす。


 幽霊の姿で短時間に一応家の構造や中身を確認したとはいえ、猫になってからはまだ家の中を見て回ってない。高い位置からの視点とこの視点では、見えるモノ、気になるモノ、気をつけるモノなど、おそらくあれこれ違うだろうからね。暇つぶしにもなることだし、オレは再度家の中を見て回ることにした。


 先ずはリビングだ。ん? おや、なぜに忍び足? 

「急にどうしたのかしらねえ。幼児返りかしら? 初めて家に来た時みたいに、そろりそろりと歩いてるじゃない」

 よ、幼児……まあ、ボケたと言われるよりましかあ~?


 しかし、そう言われても止められない。体が勝手に警戒モードに入っているだけでオレの意思じゃない。まあいい。何しろ、どこに何があるのかイマイチよく分からんからな。用心にこしたことはなかろう。テレビの後ろは埃だらけだな。うっ、後退じさりってこんなに難しかったっけ? お尻ふりふり、時間が掛かることこの上ない。


 まあいい。さっさと退散して。お、この上、出窓になっているじゃないの、これは上ってみるしかないでしょー。じゃーんぷ、おっとっと、ガシャン。おわーっ、驚いた! やべえ、なんか落とした。叱られるぅ~

 ひーっ、許してちょーだい。わざとじゃないもん。にゃあん


「もう、赤ちゃんの時みたいに小さくないのに、またやるかしら。ちょっとついて回ってモノをけてあげて」

 お母さんてば、猫には甘いのね。ほっ、怒られずに済んだぞ。物音に驚きもしなかったボクちゃんも呑気に返事している。

「は~い」


 幸い寛容な反応で安堵したが、猫のこととなると反抗的じゃなくなるのか、ボクちゃんも実に素直にオレの後をつけ始めた。オレはオレで『用心はしますが、すんません。すんません、なるべく二、三日で終わらせますんで』、心の中でペコペコしていた。リーマン根性丸出しの呟きは誰にも届かないけれど、先に謝っておくのも大事。

 うむ、さ、次行ってみよう。


 オレの背後には、曲しか知らないピンクパンサーのテーマミュージックが流れているような感じだ。いやいや、鼠小僧よろしく枯草模様の風呂敷(時代劇でしか見たことないけどな)が似合うかもしれない。ふんふんクンクン、この家や家族の臭いも確認しつつ、ソファーの下に潜り込む。うふん、平べったくなればイケルのだ。

 

 身を低くしたまま向こう側を覗いてみる。おや? 床の先に両脇を開けたティッシュの空き箱発見! あんなものさっきまでなかったような気がするけれど、ん? なぜか勝手に体が、モジモジふりふり、狙いを定めてダーッシュ。床はフローリング。これでもかってくらい滑るぜ、壁に当たってくるりと回り……シュパッ


 すっぽり嵌った箱から爪を立てて這い出ると、再び遠くからモジモジふりふりダーッシュ。やばい、止まらん。ループに次ぐループ。はっはっはっ、もう心臓がもたんがな。えい、箱に入ったままの体勢で休んじゃえー、だ。ん? 何か周辺が静かになってねーか。


 はっ、しまった。益体やくたいもなくやっちまった。みんなの反応はどうだ? 軽蔑か呆れたか、それとも無反応か。上目使いにキョロっと見回すと、何やらみんなの目が優しい……じゃなくて生温かい。


「やっぱ猫だよ。もしボケたとしても体が忘れないんだろうな。大好きな滑り込みはやっちゃうだろうと思って、用意しておいて正解だったよな」

 そっか、オレが巡回している間に、お前が準備したのかあ。次男よ、ありがとう。また頼むぜ。オレ自身が知らなかった血が騒いじまった。ふーっふーっ、鼻息が荒くなっちゃったぜ。あー、楽しかった。



続く

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