第17話 第一章 ◆ボケてねぇってか?

◆ボケてねぇってか?


〈猫という生き物は、日がなノンビリしている〉と思われがちだ。オレも実家に猫がいるわりに、それを疑ったことはなかった。だからだろうか、〈他の生き物なら何になりたい?〉という問いに、鳥に次いで多いらしい。

 オレもご他聞に漏れず、猫が羨ましいと思っていた類だ。


 けれど、オレが憑依した(げっ、幽霊っぽい)猫は、家猫なのに案外あれこれ活動的だ。単に、実家にいる時分、猫の観察が不足していただけかもしれない。いつも同じ所で寝ているとばかり……今更だけど、なんかごめん。

 まあ、コイツは年寄りらしいから、実際大半は寝ているけどな。必ずしも同じ場所じゃないのは、理由がよく分からんけど。


 動いた後ちょいちょい寝ているから、眠くなったらその場でってことかな。まあ、そのせいでそれなりに睡眠時間は多いのかもしれないが、動線はかなり自由度が高いと見た。待てよ? 夏だから涼しい場所を求めて寝る場所を変えているとか? うむ、毛皮を着ているので、体感的にもさもありなん。


 そして、初日に見た蚊や蝿、Gさまだけじゃない。だけじゃないんですね~、これが。一軒家というのは集合住宅に比べると、どこからともなくあれこれ入り込んで来易いようなのだ。ゲジゲジ、ムカデ、虻に蟻や羽蟻、ネズミやハクビシンなんて大物もたまにはいる。それらを撃退しているのだよね。食餌にはしてないけどさ。


 知る人ぞ知る、陰の功労者じゃあん。むふふ、褒めて褒めて。おっちゃんがきもっ、とか言うな。オレは今お猫様だ! ともかく、誰にも言わずに家のために見守り隊長を続ける姿は、実に涙ぐましい。ところで、誰が知る人だ? オレだわ。いや、家人も一人ぐらい知っているかも? 確認できないことは知らんがな……で通す!


 なんか幽霊になってからやたら雄弁なんだけど、なんでだ? 楽しいのか?

 だけど、まだ猫になりたてだから、身体が勝手に撃退行動に移ることに戸惑いを隠せない。大体生きている時のオレは、子どもの頃からインドア派だったのに、そんなもん触れたいかっ! オレの人生の大半で、〈虫は無視するに限る〉という座右の銘? から外れたことはなかったぞ。どうせオレは自然と縁遠い都会っ子。


 なのに、なのにだ。だああああ、Gさまでなくたって気持ちわりぃことに変わりはねえ。そんなもん叩き落すのは、是非とも止めてくれ~。指にはさまるじゃないか! ったく、お手手がぷるぷるしちゃうぜ。

「あれ? 猫ったら、いつもは嬉々として蝿で遊ぶのに、どした? 調子悪いか?」


 心配そうに声を掛けて来たのは、この家の兄の方だ。大学からの帰宅後、自室に上がる前に台所に寄ったようだ。バスケをやっているらしく、床に置いたスポーツバッグにNBLの文字がある。バスケ向きの体格だ。やたら背が高くて、Tシャツ越しに細マッチョな肉体が透けている。おう、オレには縁のなかったスポーツマンね。


 オレと真逆のカッコイイ男だと思ったのも束の間、オレのこともしゃがんで撫でずに足で撫でやがる。てめぇぶっ飛ばす。止めてくれええええ、靴下の臭気が伝染うつるじゃねえか。第一、なんて横着な野郎だ。〈撫でると言う行為は手でするもの〉と漢字からも分かるじゃんよお。くすん。


 尤も、本気で心配してくれているらしきことはオレを覗き込む雰囲気から伝わって来ている。なので、足にはシャーッとお見舞いしてやったが、一応顔を見上げて可愛くお返事をしておく。

「にゃ、みゃあん」(どういたしまして、絶好調ですが)


 愛想よくお返事したのも束の間、気が付くと憎っくき蝿を追いかけては手で叩き落としやがるぅ。いやーん、こんなもんで遊ぶとかないないない。オレは蝿を振り飛ばして、これにて終了とばかりに仁王立ちになった。もうぜってぇやんねえ。

 にしても、前の住居人である女幽霊は平気だったってことだよな。うげぇっ



続く

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