初恋の距離

うみ

初恋の距離

加恋はいつも勝手だ。

「愛の隣が落ち着く」とか「愛がいてくれてよかった」とか、

人の気も知らないで、私だけが特別のようなことを平気で言ってくる。

わかっている。私はただの幼馴染で、偶然、加恋の隣にいられただけだと。

その言葉もすべて、彼女にとっては幼馴染に向けたごく当たり前の言葉なのだ。

彼女は知らない。私が彼女を恋愛対象と見ていることを……

知られたくはない。





斎藤加恋はいつもキラキラしていた。

いつも明るくて、誰にでも分け隔てなく平等で、勉強ができて、よくいるクラスの人気者だった。

容姿も「美人」「かわいい」と口をそろえていう。


そんな彼女が、高2の夏、オーディションに合格しアイドルなった。

クラスのみんなは、口をそろえて「加恋なら受かると思っていた」と。


加恋なら受かると思っていた。当たり前だ。

誰よりも負けず嫌いで、誰よりも努力家で、誰よりも他人を気にして自分磨きに余念がなかった。

そんな彼女がアイドルになるのは必然だ。


「愛、私頑張るね!絶対、見ててね!」


それから斎藤カレンとして華々しくアイドルになったカレンは、そのたぐいまれない努力と磨いた容姿から瞬く間に注目された。

人気メンバーとなりグループも武道館ライブをするような有名なグループになった。


私は行ける限りのライブに行き、グッズも買った。

幼馴染ということもあり、家族ぐるみでの応援だったため、親からもよろんでライブだい、グッズ代を出してくれた。


私の部屋は、カレンのグッズがいっぱいあった。

もちろん、加恋も実家に帰ってくるたびに私に声をかけてくれる。

そのたび、部屋に増えるブロマイドや自分のアクリルスタンドを見て、

「やっば、めっちゃ好きじゃん。私のこと」

と笑ってくれた。

ファンであれば、推しであれば、加恋を好きだと叫んでも許される気がしていた。


加恋とは20歳を超えたあたりから、会わなくなった。

いつの間にか、実家に帰って、私に言わずに仕事に戻る。

悲しかったけど、私には都合がよかった。


ただ、大学に入学したころから、周りにカップルが増えるたびに、いつまでも加恋が好きという気持ちを抱いている自分に嫌気がさした。

何年になる?何歳になる?

そう思って20歳の時に恋人も作った。彼、結城は優しかった。

そして、カレンを推していた。同じ人を好き。好きの形は違えど、共通点があれば、話が合った。それから、結城の方から告白をされて私たちたちは付き合った。

カレンのグループのライブに一緒に行ったし、ファンクラブイベントも一緒に行った。

だけど、それだけだった。カレンは実は幼馴染だと言っても「すごいじゃん!」くらいの反応だった。試しに「会いたくないの?」っと聞いても「会いたいけど、プライベートにお邪魔するようなファンになりたくない。ほんとにカレンがアイドルとして活躍してくれることが俺の生きがい」とファンの鏡のようだった。

だから付き合ったのかもしれない。

ある日、結城が私の部屋に来た。カレンのグッズがいっぱいあると話すと見たいといったので招待した。カレンのグッズに溢れかえっていた私の部屋に、彼は少し引き気味に「す、すごいね…、熱量が」とこぼした。

その日から彼は距離を置くようになって1か月後くらいに、別れを切り出された。


「ずっと愛ちゃんの部屋を見てから考えたんだ。すごくカレンのことを推しているってことはわかったし、幼馴染だと聞いたときはびっくりした。けど、愛ちゃんがカレンに向けている感情は、本当にファンとして?推しとしての感情なのかなって。実はちょっと付き合う前から引っかかってた。けど、あの部屋を見て、ライブに行く度、カレンを応援する愛ちゃんを見て、そして部屋を見て…俺には勝てないなって。カレン、いや、カレンさんのこと好きなんだよね。恋愛感情として。俺も愛ちゃんが好きだからなんとなく」

結城は私をよく見ていた。いや、見すぎていた。気づかれたくない想いは同じ想いを抱く者には筒抜けだったのだ。

結城は「今まで通りカレン推しとして仲よくしよう!」と言ってくれたので、その言葉を真に受けて今でも付き合いのある友達の一人だ。


それから私は今度は女性と付き合った。彼女はどことなくカレンに似ていた。

彼女にはカレンが推しであること、加恋が幼馴染だということはなんとなく伝えづらくて、黙っていた。結城に彼女の写真を見せたときは苦笑いを浮かべていた。それくらいカレンを彷彿させる子だったのだろう。

だけど、彼女とはすぐに分かれた。加恋とは別人だった。いい加減でわがままで、しっかりとした加恋には性格までは似ていなかった。当たり前だけど、彼女と加恋は別人だ。たとえ雰囲気や性別が一緒でも、カレンの変わりはいないのだと思い知らされた。

今にして思えば最低なことをした。わかっているけど、私にはそれほど加恋に恋焦がれていた。



カレンは24歳でグループを卒業した。

卒業コンサートはもちろん、ファンとして参戦した。

それからカレンとして、芸能活動をしながらファッションブランドを立ち上げて、ブランドは若者などに人気になりやり手社長として取り上げられたりしていた。

そして、30歳を期に芸能界を引退した。


私は、これからどうやって加恋のことを応援しようと悩んでいたころだった。


「久しぶり!あいたかったー!」

「うわっ!」

家に帰る途中に誰かから抱き着かれた。

その人はアイドル時代と変わらないキラキラした笑顔で私をまっすぐ見る加恋だった。

「久ぶりって、飛びつかないでよ!もう、高校生じゃないんだから」

そう言って、飛びつかれて久しぶりの加恋の匂いドキッとした。

昔とは違う、いい匂い。だけど、どこかあの頃の加恋の匂いが残っていて……

変態かよと自嘲気味に笑う。

「どうしたの?」

私の表情に気づいたのか、不思議そうに聞いてくる。アイドルとして注目されいただけあって、顔がまぶしい。かわいい。なんてかわいいだろう。

「いやぁ、久しぶりだなって。ほんと何年ぶりだろうって。加恋は相変わらずかわいいね。声かけてくれてうれしい」

すこしびっくりしたような顔したのちに「もう何言ってんの」と私を叩いた。

うそだ。うれしくはない。何も変わらない加恋少しだけむかついた。無邪気に私に抱き着いてくる幼馴染というポジションは永遠に変わらないと行動で示されたようで、切ない。

それから他愛もない話をしてその日は別れた。


帰り道に抱き着かれて以来、私の休日を狙って家に訪れるようになった。

約10年の空白を埋めるように、私たちは友達としての期間を取り返すようによく話したし、笑って、楽しかった。


加恋は何も思っていないんだろうな。私のこの想いを。少しむかついた。

「もうさ、言っちゃえばいいのに」

結城はあきれたように言った。彼とは別れても良き推し友、また親友として会っていた。

「それが、できれば苦労しないし、ここまで拗らせません!」

「ほんと頑固だな……」

「うるさい。結城にはわからないんだ」

「はいはい、もう聞き飽きたよ」

結城は笑いながらビールを飲んだ。

いまだにこうして加恋の話を飽きもせずに付き合ってくれるのは結城だけだ。

ほんとに感謝してる。

「けど、そろそろ、決着しなくちゃ……」

「まぁ、がんばれぇ~、ほら飲め飲め!」

結城は、私の頭に手を伸ばしてくしゃくしゃにする。これは妹にいつもやっている癖なのだと笑っていた。



「そういえば、愛の部屋ってどうなったの?」

今日も、加恋は私の家に来ていた。加恋が来た日はいつもリビングでしゃべっていた。

私の部屋は、いまだにアイドルのカレンのグッズの棚がある。カレンがアイドルを卒業してからは、泣く泣く整理したが、それでも棚ぎゅうぎゅうに詰まっていた。

これは、まだグッズ飾ってますと言っていいのか、片付けましたと言っていいのかと迷っていると、急に加恋が立ち上がった。

まさか!

加恋はそのまま、私の部屋に直進にした。

学生時代にお互いの部屋を行き来していただけあって、迷いがない。


「ちょっと、加恋!」

私が止める前に部屋のドア開けてしまった。

「まだ、私のグッズあるんだ。もう卒業して6年だよ」

カレンのグッズを飾っている棚を見てつぶやいた。

別にいいんだけど、どこか居心地が悪い。

「いや、しまうのももったいなぁって」

「愛って、ほんとアイドルのカレンが好きだよね」

「当たり前でしょ。私は加恋がアイドルの時はすごく応援してたんだからね!」

「アイドルだから、応援してたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど。加恋、どうしたの?」

なんだか尋問されている気になる。

「途中からだよね。男の人とライブ来てたよね。意外とステージから見えるんだよ」

「男の人?あぁ、結城ね。結城もカレン推しだったんだよ」

「前、居酒屋でイチャイチャしてた。恋人なの?」

居酒屋でイチャイチャ……、あぁ、結城の癖のことだ。私を妹と見立てて頭をくしゃくしゃにするのだ。

「いや、恋人じゃないよ」

「ねぇ、愛はアイドルだった私が好き?」

だった……?

少しひっかりながら、私は正直に答えた。

「私はアイドルだった加恋が好きだよ」

今の加恋も好きだがと心の中で補足しながら答えた。

「そうやって……そうやって、私自身を見てくれないよね!いつもいつも!」

「何?ちょっと」

「どうしたら、愛は私を見てくれるの!?愛がかわいいっていってたら、アイドルになれば、振り向いてくれると思ってた。けど違う!推しって何!?私は、愛の一番にはなれないの!?私、もう、アイドルじゃないし、芸能人でもない!斎藤加恋って一人の人間なんだよ。いつまでも偶像化しないで、私を見てよ!」


私の一番になれない?

私はいつだって加恋が一番だ。

私がアイドルがかわいいって言ったからアイドルに?


口に出すには間に合わないほどに次々、加恋の言葉に疑問が浮かぶ。


「いや……、あのごめん、今の忘れて……帰るね」

「まっ……」

引き留めたところで、私はなんて声かければいい?

一番になりたかった?私を見ていない?

ずっと見てたよ。ずっと、ずっと加恋だけを見ていたのに。彼女には届かないの?


ぐるぐると思考だけが巡って、口はうまく回らない

いや、私が何も伝えていない。

加恋は、しっかり伝えてくれたのに、教えてくれたに、私はいつも逃げてばかりだ。

加恋が私の部屋に入ったときから、いや、私に抱き着いたときから、わかっていた。

そんなはずないと考えるのをやめて、加恋に甘えていた。

加恋はずっと私のことを、想いを伝えてくれていた。私はそれを無視し続けてた。

関係が壊れるの怖い、幻滅されるのが怖い。いつもいつも自分の保身ばかりじゃないか?


今、伝えなくちゃ、今、追いかけなければ、すべてが終わってしまう。

そんな気がした。

いや、こんな想い終わらせた方がいい。いいに決まっている。

だけど


気が付けば加恋の実家に向かって走っていた。


「あら、愛ちゃん、久しぶり……ってどうしたの?加恋はともかく愛ちゃんまで」

私の尋常じゃない息の切れ方におばさんはびっくりしていた。ろくに運動していない30歳が走るもんじゃないなと少し後悔した。

「いや……あの、久しぶりに走って……あい、、帰ってますか?」

「加恋となにかあった?」

おばさんに聞かれてどきりとした。何も答えられなった。

加恋の時と同じだ。私は何も答えられない。

「加恋、泣きそうになりながら帰ってきたのよ。それから部屋に。少しだけいいかしら?」

おばさんは私の手を握った。

「ねぇ、私はあなたたちの見方よ。大丈夫よ。加恋の部屋はわかるわね」

まっすぐに見つめられて戸惑ってしまう。私は、いや私たちのことはどこまでお見通しなんだろうか。

ありがとうございますと手を握り返し、加恋の部屋に向かう。



「入るよ」

加恋の部屋に入る。鍵はかかってないのは、この家のルールだった。

「なんで」

びっくりした顔の加恋を見て、加恋の目をしっかり見て

「私も、加恋に伝えに来たんだよ」

隣、いい?とベッドを背もたれにしている加恋の隣に座る。

「泣いてたの?」

加恋の顔を見ると涙の跡があった。

「うるさい」

「加恋はいつも勝手で、人の気持ちに聡いはずなのに、私の気持ちにだけは鈍感。まぁ、人のこと言えないか……」

「うるさ……えっ…どういう…」

「私は、ずーっと加恋のことを見たよ」

「アイドルのでしょ」

「違う。中学の時から、私は加恋しか見てなかった」

「中学……!」

そう、私は、中学からずっと加恋を見ていた。アイドルが好きだったのは、雰囲気が加恋に似ていたから。

「そうだよ。私、恋愛対象として、加恋が好きなんだなって、気づいたのは少し後だけど。中学なんて、異性を好きなるのが’当たり前。少女漫画とか少年漫画を見ても、告白してOKもらっているのは、いつも男女のカップル。私のこの感情はなんだろうって、おかしいんだって思って、この想いは気のせいなんだって。忘れようって」

私は加恋から目をそらさない。

加恋の瞳には戸惑いと、うれしさと、驚き、いろんな感情がぐるぐる回っているように、瞳がぐるぐるまわっていた。

「加恋がアイドルになるってびっくりした。さみしかったけど、これで加恋にファンとしてなら、想いをぶつけても問題とないと思ったし、もしかしたら、この想いも変化すると思った。無理だったけどね。久しぶりに再会しても、加恋は、変わらず、キラキラしてて、けどやっぱり大人の魅力とか色気?……痛い、叩かないで。ほんとだよ。加恋に対しての想いの形を変えれたと思ったのに、一瞬で、あの頃の好きに戻った。知らないでしょ。ずっと好きだったんだよ。けど、私、隠すのに慣れてたから、加恋とは絶対もう、離れたくなっ方から、隠さなきゃって思ってたのに」

「愛は、私のことがずっと好きだった……?」

「好きだよずっと」

加恋の目をみて、そらさずまっすぐにみて言い切った。

「私は、加恋がずっっっっと好きだよ」

「い゛って゛よ゛ーーーー!!!」

そう言いながら、私の胸に飛び込んで号泣している。

「ごめんね。私、鈍感で意気地なしだから、遅くなったね」

私の胸を叩きながら、「ほんとだよ」「ばか」と文句を言いながら泣いている。

ごめんごめんと謝りながら慰める。


私たちは近くにいたはずなのに言葉足らずで、あまりにも長い間すれ違っていた。

私に関しては自分の気持ちにさえ嘘までついて加恋への想いを断ち切ろうとした。

私に好かれたくて、アイドルになった加恋。

加恋への想いを伝えるためにアイドルとして推していた私。

私の臆病に、意気地のなさにしびれを切らしたのは加恋だ。

加恋は、いつもまっすぐぶつかっていたのに、私は目をそらしてばかりだった。

けど、これからは違う。

私は、これから加恋に想いをまっすぐ伝えていかなきゃいけない。

こんなにかわいい子を泣かせてしまった責任を取らないと。



「ねぇ、キスしていい?」

「聞くな、ばか」

そういって、触れるだけのキスをした。

加恋の唇は想像以上に柔らかくて、甘かった。

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