第29話 教室で“真ん中サンタ席”を予約するな(クリスマス前編)

終業式の一週間前。

放課後の1-Bには、なぜかサンタ帽が二つ浮かんでいた。


春川が、黒板の端にマグネットでサンタ帽をくっつけながら宣言する。


「というわけで〜〜、“1-B有志クリスマス会”やりまーす。」


「有志って言いながら、全員巻き込むやつだよねそれ」と誰かが言う。


「こういうのは“なんとなく全員参加”が一番平和なんだよ」と春川。


黒板には、チョークでこう書かれている。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

1-B クリスマス有志会

・教室でケーキ&お菓子

・プレゼント交換(500円以内・お菓子 or 文房具)

・その後カラオケ行きたい人は勝手にどうぞ

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


その下に、ちいさく付け足された一行。


※リア充禁止!……とかは言わない。(各自の心の中で処理)


「最後の一行、必要?」と俺。


「必要だよ。書いとかないと、“彼氏彼女いるやつ来るな!”って言い出す人が出るから」と春川。


「そんな過激派いる?」と安達。


「“佐藤夫婦カフェ(仮)”開いてたクラスが言う?」


それは返す言葉がない。



当日。放課後の教室の後ろ、ロッカーの上にはケーキの箱と大袋が並んだ。


「うちの親、張り切っちゃってさ〜」

クッキーのタッパーを抱えてきた女子。


「全部コンビニで済ませた」

巨大なポテチ袋を抱える男子。


その真ん中で、春川が腕を組んで仕切る。


「まずケーキ。人数分に切る。“ケーキ係”は、手先が器用そうな人に任せます。」


「安達が適任」とクラスのあちこちから声が飛ぶ。


安達は、「だろうね」と言いながら前に出た。

慣れた手つきで包丁を受け取り、ホールケーキを正確に12等分し始める。


(会計とケーキカット、似合いすぎるな……)


「で、席どうする?」と誰かが聞いた。


「適当に座れば——」と言いかけたところで、

春川が黒板をコンコン叩いた。


「そこだよ問題は。“適当に座ると、真ん中が空く”んだよ。」


「は?」

「みんな端とか後ろに行くでしょ。真ん中は“誰かの隣になる席”だから敬遠されるの」


(言われてみればそうかもしれない)


春川はチョークで、教室の座席のざっくりした図を書く。前から三列目、中央列。

いつもの俺の席のあたりを丸で囲った。


真ん中


その横にでかでかと文字を書き足す。


真ん中席:佐藤(蓮)


「というわけで、真ん中席は今回も佐藤(蓮)固定です。」

「なんで先生みたいな権限で決めてんだよ!」

「だって、“真ん中力”が担任公式評価なんでしょ?」

「それ誰から聞いた……」

「先生の顔に書いてあった」と春川。


(通知表の結果を顔に出すなよ……)



結局、空気の流れには逆らえず、俺は前から三列目・真ん中に座ることになった。右側には、迷いゼロで美咲が座る。


「右サイド、妻(仮)ポジション入りま〜す♡」

「その自己申告やめろ」


左側には、安達が静かに椅子を引いた。


「左サイド、会計(仮)ポジション。」

「なんでそっちも“(仮)”つけた」


「“会計”って言い切ると、一生会計係やらされそうだから。“仮”に逃げ道を残す。」

「(仮)の濫用やめろ」


前の席は誰も座らず、そこをケーキとお菓子の置き場にすることになった。


結果として、


お菓子台

安達 | 俺 | 美咲


という、俺達の関係をそのまま立体化したような形ができあがる。


後ろから春川が眺めて、満足そうにうなずいた。


「うん、画として完璧。」

「撮るなよ」

「撮らない。脳内保存しとく」


それはそれでタチが悪い。



ケーキが配られ、紙皿とフォークが行き渡る。


「はいじゃあ、“メリークリスマス(仮)〜〜”」


美咲が、謎の掛け声を上げる。


「なんで“(仮)”付けるんだよ」

「クリスチャンじゃないから、“気持ちだけ参加(仮)”」

「宗教まで(仮)運用しないで」と安達。


ケーキを一口食べる。

いちごの酸っぱさと、ふわふわのスポンジ。

口の中まで、冬休みの予告編みたいな味が広がった。


「ん〜〜、“ちゃんと甘い”ケーキ〜〜♡」


「またその言い方かよ」

「“ちゃんと甘い”は、うちらの基準として大事だから」

「文化祭のとき、“ちゃんと甘いココア”ってメニュー名にしておいて良かった」と安達。

「急にしみじみすんな」

「いや、あれで“ビター路線”とかやってたら、絶対今も誰か根に持ってると思う」


たしかに。このクラスは、“名前と中身”のギャップに敏感になってしまった。



ケーキを食べ終えたら、次はプレゼント交換タイムだ。


輪になって座って、音楽に合わせて袋を回す、定番のやつ。


春川のスマホから、英語のクリスマスソングが流れる。歌詞はよく分からないけど、とりあえず袋だけがくるくる回っていく。


「ストップで〜」


音楽が止まり、手元に残った袋を開ける。


俺の袋の中身は——


「……ボールペン?」


シンプルな黒いボールペン。軸のところに、ちいさくシールが貼ってある。


『迷ったら“(仮)”って書いていいペン』

「誰だよこれ作ったの」


前のほうで、おずおずと手が挙がる。


「ごめん、それ私」と安達。

「お前か」

「“決めきれないときは、とりあえず(仮)って書いとく練習用”。志望校とか、やりたいこととか、ノートに書くとき用」

「受験票に“(仮)”って書いたら落とされるだろ」

「受験票じゃなくて、自分のメモのほうね。」


(でも正直、一本くらいあってもいいかもしれない……)


右を見ると、美咲が、袋の中身を見て小さく跳ねていた。


「なに入ってたんだよ」

「“ありがとう”シールの詰め合わせ〜〜♡、“おつかれさま”とか“助かった”とかもある!」

「似合うな」

「“ありがとうに(仮)はつけない”って書いてある」

「それ誰のセンス?」

「私じゃない」と安達。

「でも、このクラスの言葉っぽいよね」


こういうところだけ、妙にテーマが揃うのが1-Bらしい。



プレゼント交換がひと段落したところで、教室の照明が一段階だけ落とされた。窓の外は、もうだいぶ暗い。


春川が、小さな卓上クリスマスツリーを教卓の上に置く。コンビニのくじか何かで当てたらしい、30センチのやつだ。


「これ、レイ先輩から“お礼”ってもらったやつね。」


ツリーには、木製の札が一枚ぶら下がっている。


TO 1-B

今年もネタ提供ありがとう

FROM 2-A 広報


「“ネタ提供ありがとう”って書くな」と俺。

「事実でしょ?」と春川。


ツリーのライトを点けると、赤と緑と白のLEDがチカチカ光り出す。


春川は、それを持ってこちらに歩いてきた。


「じゃ、このツリーは——」


俺の机の端に、ぽん、と置かれる。


「“真ん中ツリー”。」

「うちの机を神社のご神木みたいにするな」

「安達・佐藤・佐藤のちょうど真ん中だから、バランスいいの。」


右隣の美咲が、光るツリーをじっと見つめながら言う。


「ねえ、れんくん」

「なんだよ」

「来年もさ、こうやって“真ん中ツリー”囲んでケーキ食べてると思う?」

「……」


突然“来年”と言われると、簡単なことでも答えづらくなる。


「席替えとか、委員会とか、いろいろ変わってるかもしれないし」

「うん」

「文化祭も、また別のことやるかもしれないし」

「うん」

「私が“妻(仮)”じゃなくなってるかもしれないし」

「そこは知らん」


美咲は、ふっと笑った。


「でも、“そうだったらいいな”って思う未来に、“(仮)”って付けとくの、けっこう好き。」

「未来にまで“(仮)”付けんのかよ」

「“絶対そうなる”って決めちゃうと、どっかで苦しくなるときあるじゃん。だから、“そうなったらいいな(仮)”くらいがちょうどいいの。」


前の席から、安達が振り向いた。


「私は、“前の席から見てる係(仮)”くらいでいいかな」

「お前も(仮)つけるのか」

「“見てる係”って言い切ると、一生それを期待されそうだから」


(逃げ道を残す“(仮)”、か)


一年目のクリスマスにしては、ずいぶん逃げ方のうまいクラスになったもんだと思う。



片付けが終わる頃には、窓の外のイルミネーションがはっきり見える時間になっていた。


「じゃ、今日はここまで〜。カラオケ行く組はこのあと駅集合で」と春川。


俺たち三人は、「今日はここまででいいや」と教室解散組。


昇降口へ向かう途中、窓ガラスに顔を近づけた美咲が言う。


「クリスマス本番はさ〜」

「本番?」


「24と25。家族と、推しと、宿題と、いろいろあるじゃん。」

「最後の一個が重いな」と安達。

「“1-Bクリスマス”は今日で一区切り。本番のクリスマスは——」


美咲は、俺と安達を交互に見て、いたずらっぽく笑った。


「三人でどっか行く(仮)で。」

「そこで“(仮)”つけるのかよ」

「だって、“行くね”って決めちゃうと、誰かの家の予定とか、バイトとか、ずれたら苦しくなるじゃん?」

「まあ、たしかにな」と安達。


靴箱の前で靴を履き替えながら、なんとなく三人でカレンダーアプリを確認した。


「24は家の用事ある」と安達。

「25の昼なら空いてる〜」と美咲。

「俺も25ならなんとか」と俺。


「じゃ、“25日、どっかで集まる(仮)”」


美咲が、スマホのカレンダーにそう打ち込む。


——その“(仮)”が、あとでちゃんとした予定になるかどうかは、まだ誰も知らない。


ただ、「続きがあるクリスマス」ってだけで、

帰り道の空気は、少しだけあったかかった。

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