第11話 ミッション開始!



「こちら城井。ポイントC到着」


『こちら四条。OK、そのまま待機』


耳につけているイヤホン型のトランシーバーから声がする。

声の主は夢世界同好会の四条彼方だ。


『こちら倉光。ポイントF到着』


『こちら大竹。ポイントA到着』


『こちら──』


次々と到着連絡が入ってくる。

彼方はそれに随時返事を返し、そして全員が位置に着いた時、一呼吸おいて声を張りあげた。


『点P目的位置に到達! 全員! 行動開始ぃー!!』


点Pの言葉に脱力しかけながらも、雪見は走り出した。

少し後ろから翔がついてきてるのがわかる。


とにかく今は目立つこと。


それがこのミッションの肝だった。




***




およそ30分程前──。


「う、思ったより……恥ずかしいかも……」


「わかる……」


「二人とも、言わない約束」


トイレの鏡の前で真梨枝と麗奈の二人はなんとも言えない表情を浮かべ、目の前に映り込む自分たちを眺めていた。

雪見も苦笑いを浮かべている自分が見える。




「大塚瑠花増殖作戦?」


「うん。まあ、要するに変装して撹乱しようってこと。どうせ見つかるだろうし、なら見つかっても大丈夫にすればいいよ」


「なるほど……? 危なくない? ていうか変装って……誰が?」


「そりゃ、もちろん私達だよ」


「…………やっぱり?」


「男性陣はさすがにバレるよ」


これは瑠花がTシャツ短パン率が高いのだという情報の元、あの髪型と相まって変装したらパッと見で騙されるだろうことを鑑みての策である。


まあ、かっこいいことを言ったところで変装して走り抜けるというシンプルなものなのだが。


「男性陣にも役割はあるよ。逃げ回る女子達を護衛してほしい」


「なるほど」


凌は頷くが、翔は自信がなさそうだ。様子を伺うような視線を雪見に向ける。


「こいつはいいとしても、俺喧嘩なんかできないぜ?」


翔は隣の凌を指さして申し訳なさそうな声を出す。


「え、なんで俺を危険人物みたいに言うかなぁ?」


凌が苦笑いするが、翔は憮然として胸を張る。


「お前はどう見ても慣れてんだろ。俺は! 一般人なの」


「俺も一般人ですけど?」


先日の赤木の腕を捻りあげていた光景が頭に浮かぶ。雪見もどちらかといえば翔寄りの意見だ。

納得のいかない翔がジト目で凌を見る。


「お前が仲間呼んだら解決するとかない?」


「えー?」


それを少し面白がるように、凌は小首を傾げた。


「呼びたい?」


「…………いや、いいデス」


翔は固まったあとブンブンと首を振る。


「はぁ……そんなのいないから……」


凌がため息をついたことで決着となった。


「というか、お前サッカーボールあるだろ?」


「え」


「相手に蹴ればいいと思うけど?」


翔は荷物にあったサッカーボールを抱きしめた。


「だ、ダメだぞ!? 某少年探偵みたいなことできるわけねーだろ!?」


「え、でもサッカーボールって結構痛いしさ?」


「ダメだダメだ! 神聖なボールで暴力なんて!!」


「え、じゃあ、お前、ヤクザが攻撃してきたらどう対応するの? 直接蹴るの?」


「逃げればいいだろ!?」


「逃げられるとは限らないでしょ。ボールはお前を守ってくれるよ?」


翔はボールをギュッと抱きしめる。

雪見は何となく面白くてついつい眺める。


「ボールは……」


翔の目が泳いだ。


「直接殴るの?」


優しさすら見える笑顔で凌が追撃する。


「……シュートします」


項垂れた翔に、雪見は心底同情した。


「はい。頑張ってね」


凌は爽やかに微笑む。


(強い……)


雪見は翔に少し同情したが、いざという時に逃げ腰は困るので慰めはしなかった。




「変装道具どうするの?」


「演劇部とかから借りれないかな?」


雪見が麗奈の質問に思案していると、凌が軽く肩をすくめる。


「いいよ、そのくらいなら買ってくるよ」


「おー、さすが」


「そういう事なら通信手段がいるな……衣装その他もろもろ高速で準備しねーと」


先生も顎に手を当てながら、ひとつ頷く。


麗奈は大丈夫かしらと呟きながらも手鏡で髪をまとめ始める。案外やる気のようだ。


真梨枝も考え込むような素振りで窓の外を見ている。




そうして探偵クラブが各所に走り、着替えを済ませたところで──。


「話は聞かせてもらいましたよ!!」


視聴覚室に珍客が訪れた。

正確には珍客達が、だが。


「四条先輩!?」


夢世界同好会部長の四条彼方である。

そしてその後ろには、真梨枝の姉や部員達がわらわらと続いている。


「聞かせてもらいました! というか聞いてしまいましたよ! こんな面白...ンン! 楽しそ……ンンン!! ……えーと、あ! 危険な作戦なんですから、呼んでくださいよ!」


彼方は仲間になりたそうな顔でこっちを見ている。


「先輩、今、本音がダダ漏れしてましたよ……」


翔が疲れたように指摘すると、彼方は輝くような笑顔を彼に向けた。


「気のせいではないでしょうか!」


「あ、ハイ!」


間髪入れず返事をした翔は、何も見なかったと言わんばかりに笑顔を返す。


ちょっと引きつってるけど。


勝てない相手には逆らってはいけないという真理があったのかもしれない。


こうして夢世界同好会が仲間に加わった。




「いいですか? 大塚さんに送ってもらったGPSによれば、現在はこの埠頭の倉庫横、物置みたいな場所に隠れています」


なぜか指揮をとる彼方に、特に誰も反対することなくマップを見ている雪見たち。


(指揮なんてめんどくさいもんね……)


とりあえず適材適所、やれる人がやればいいのだ。


「この大塚さんを点Pとします!」


「点Pやめろ!」


数人が吹き出し、翔は思わずといった様子で声を上げた。

数学に何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。


「点Pの目的地はこのおよそ10km先にある警察署。つまり点Pがこのような軌道を描いて進むとすると……」


私達は今、何の授業を受けていたんだったか……。


雪見は一瞬忘れそうになったが、彼方はきちんと最短ルートでマップの道に線を引く。


「実際のところは、大塚さんの目算通り迂回したり走ったり休んだりで二時間はかかると思います!」


なーのーで!と彼方は声高に周囲を見回す。


「効果的に追跡者の視界に映る場所を考えましょう。人間の視界は両目で約180度から200度ですので──」


やっぱり何かの授業かもしれない。

麗奈が困惑したように眉を寄せている。


そして戸惑う様子もなく、彼方の意見を反映するように真梨枝の姉がマップにシールを貼っていく。


「この辺でいいかしら?」


「朋華先輩、バッチリです!」


真梨枝の姉は朋華というらしかった。にこやかに頷いて、おそらく全員の待機場所にシールを貼っていく。


おっとりした印象の彼女は、楚々としたワンピースの綺麗なお姉さんで、真梨枝とどんな確執があるのか想像すらできなかった。


(やっぱり記憶にないな……)


朋華は雪見と会ったことがあるような口ぶりだったが、雪見はどうしても思い出せなかった。




***




彼方はブラボーチームのように名前をつけようとしたが、それは丁寧に辞退した。


正直、訓練もしていないのに咄嗟に使えるとは思えなかった。


各々道を確認する。

まだ普通の通行人らしき人しか見えない。


夢世界同好会は人数が多いので、半数は高所からの監視役を買ってくれた。

登れる場所には片っ端から登ってオペラグラスを構えている。


ちょっと不審な集団である。


『こちらポイントA。点Pを確認! 追われています!』


点P……瑠花を目視したようだ。

確認し次第、撹乱作戦に入る事になっている。


『こちら佐竹! 東陽ビル屋上から確認! Aの陽動に標的は混乱しています。あ、電話してる……?』


標的というのは瑠花を追う警官とチンピラの事だ。


ポイントAは、雪見がいるポイントCとは公園と住宅を挟んだ向かい側だ。徒歩で五分程度の距離だろうか。


近距離で複数ポイントが置かれているので、追いかけている連中の目を混乱させやすいはずだ。



作戦が始まったことで緊張感が高まる。

全員、怪我なんてないまま終わってほしい。雪見は切に祈った。


少しして、黒塗りの車を何台か見かけた。


「?」


疑問に感じた時、再び通信が入る。


『こちらポイントB! なんか増えました!』


『こちら四条! 増えたとは?』


『待って! チェイス開始します!──増えたのは人数!!』


無線が飛び交い状況が一気に混乱したあと、バタバタと駆け抜ける音とともにポイントBからの通信が切れる。


「増えた?」


横にいた翔が片眉を上げる。

雪見もじわりと滲む嫌な予感に周囲を見渡す。


「あの感じだと、追っ手が増えた?」


「は? なんで!?」


「さぁ……?」


雪見は今、翔を護衛として待機している。

探偵クラブのメンバーは今回全員参加しているが、雪見&翔、麗奈&凌、真梨枝&先生の組み合わせになっている。


ちなみにくじ引きだ。


翔は警戒するように周囲を見回し、ボールを持つ手に力を入れているようだった。


雪見もポイントBの方に目をこらす。

こんな時にも異能が役に立てばいいのに。

絶望を見るというなんとも曖昧な能力が、少し恨めしく感じた瞬間だった。




『こちら大野。NKビル屋上から確認。点P捜索の人数が増えた模様! ポイントAもBも追われています!!』


『こちら四条! むぅ、仲間を呼んだの? 卑劣な……! ポイントC警戒を!!』


「こちらポイントC。了解」


翔と目配せをし、雪見は疲れて座ったように公園のベンチに腰掛けた。もちろん、いつでも立って走れるように警戒しながら。


昼間の日が陰り始め、けれどまだ明るい夕方より前の時間。


心音だけが耳に残り、手の中にじわりと汗が滲んだ。


全身が耳になったつもりで周囲を探る。


「……」


翔は雪見から少し離れた位置で周囲を見ている。

雪見はポイントBの方、公園の出口を注視した。


…………来た!


公園を囲っている茂みの向こう、道路の方から柄の悪そうな男二人が歩いてきた。彼らは瑠花に扮した雪見を発見すると、指をさしてから走り出した。


合わせて雪見も走り出す。


「待てクソガキ、こらぁ!!!」


「こちらポイントC! 点Pは来てませんが標的と接触!」


『こちら四条! 了解! 点PはK方面に移動中! Cはそのまま陽動を!』


「了解!」


反対側の出口に向けて走り出すと、男二人もついてくる。


と──。


「ぶぉわ!?」


男一人が転んだ。

その足元に翔がボールを転がしたのだ。


「あ、オッサン、悪ぃ」


「ああ!? んだ、この野郎!!」


お尻を思い切りぶつけた男が翔に殴りかかるが、すかさず彼はボールを顔面に蹴り上げた。もちろん、そのあとは即逃亡だ。


「待てコラァ!!」


「あ、おい!? って、お前も待て!!」


男二人は分断した。一人は翔を追っていったが、もう一人は依然として雪見を追っている。


猛ダッシュし、人の多い交差点を目指す。


しかし──。


「あ! いたぞ!?」


前方からも二人のチンピラ風の男がこちらを見て叫んだ。


(やば!?)


雪見は急カーブを決め、右にあった別の道に滑り込む。


増えてるって……これ!?


「こちらC! 追っ手が増えてる!!」


『こちら四条!! 監視役からも応援を行かせてる!! ポイントDと合流して交代を!! 無理そうなら適当に変装投げ捨てて!!』


「……っ! 了解!!」



Dとは逆の道に来てしまった!


雪見は苦虫を噛み潰したような顔をしながら走り抜ける。


(どこが近い!?)


マップのシールを必死に脳裏に巡らせる。


「ほら!! 逃がさねぇぞ!!」


「!?」


いつの間にかすぐ背後まで男が迫っていた。


腕に手が届くと思ったその瞬間。


──バコオオン!!


男の顔面にボールがヒットした。


「は……はぁ、はぁ、無事か……城井……」


肩で息をしながら翔が道の反対側にいた。全力疾走してきたようだ。


「近藤く……」


「待てえええ!!!」


ハッとする雪見。そうだ、追っ手はまだいるんだった、と慌てて走り出す。


雪見ももう息が上がってクラクラする。

でも逃げないわけにはいかない。


「っ!!」


悲鳴をあげる足に鞭打って雪見は走り抜ける。


「(雪見ちゃん! こっち!!)」


雑居ビルから麗奈が手招きしているのが見える。

その表情は今までに見たことがないほど緊張しているようだった。

大きく息をついて、雪見は迷わず麗奈の元へと駆け込んだ。



──瑠花の警察署到着まで、あと一時間。

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