第10話 不穏
その日は午前中のみの授業日程で、雪見は久しぶりにゆっくりしようと図書館へ向かっていた。
探偵クラブでも良かったが、最近ずっと忙しかったのでたまには本でも読みたい気分だったのだ。
(真梨枝には伝言したし、大丈夫でしょ)
そんなわけで図書館に向かっていたのだが。
「……何。この人だかり……」
コンピューター室の前には人だかりができていた。
見覚えのある人物が目に留まり、声をかけようとしたら向こうも気づいた。
パタパタと走ってくるその人は、四条彼方だ。
「先輩、なんですか? この人だかり」
「今日はうちのOGが来てくれてるんですよ!」
「OG?」
見れば廊下が埋まるほど。
(人気の先輩なんだな……)
単に、夢世界同好会の人数が多いだけという可能性もあるが。
「はい! 私の二年上の先輩なので、城井さんから見れば三年上の先輩ですね!」
「はぁ。とりあえず通してもらっていいですか? 図書館行こうかと」
「あ、そうですね、ごめんなさい」
彼方は手を振って戻っていく。
「はいはーい、同好会の皆さーん、通行人の迷惑になりますからコンピューター室にお入りくださーい!」
まばらに人が移動を始めると、中心の人物が見えた。
「あら?」
そしてその人物と目が合う。
「雪見ちゃんじゃない?」
「?」
肩より上に切りそろえられたふわふわの髪は、誰かに似ていた。
丸みを帯びた優しい目も。
(誰?)
誰かに似ていると感じはするものの、見覚えはない。
「……」
雪見が沈黙していると、彼女は困ったように首を傾げる。
「……忘れちゃったかしら? 私は真梨枝ちゃんの──」
「お、お姉ちゃん!?」
被せられた声に雪見が振り返ると、呆然とした真梨枝がそこにいた。
「あら、真梨枝ちゃん。やっと会えたわぁ」
にこにこと優しく微笑む真梨枝の姉。対する真梨枝は、いまだ驚きの表情のままだ。
「なんで……ここに?」
「なんでって、色々手続きしたの私だし……二人の様子も気になったし……心配してたのよ?」
「か、帰って!」
「ええ?」
困惑する姉から目を背けるように、真梨枝は雪見のところまで走ってくる。
「雪見、行こ!」
そして手を取り、走り出す。
「ちょ、真梨枝!?」
そしてそのまま、雪見は図書館には行けず探偵クラブまで引っ張られたのだった。
視聴覚室の奥の机で息を切らす真梨枝に、雪見は困惑して声をかける。
「どうしたの? お姉ちゃん、良かったの?」
「あっ……ええと……うん。いいの」
気まずそうな表情で真梨枝は顔を伏せた。
まだ誰も来ていない視聴覚室が、一瞬沈黙に包まれる。
時計の針の音が大きく聞こえた気がした。
「喧嘩でもしたの?」
優しそうな人だったのに。
「……うん、そんなとこ」
「仲直りしなよ?」
「…………うん」
(真梨枝は少し、頑固なところがあるからなぁ)
雪見は頬をかく。
「あ、早いわね」
扉が開いて麗奈が入ってくる。
「今日も大塚さんは休み?」
「みたいねー」
「何の調査?」
「さぁ? 聞いてないのよね」
麗奈は苦笑して窓際に行き、そのまま窓を開けた。
五月の風が、ふわりとカーテンと麗奈の髪を揺らす。
まだ気まずそうな真梨枝に、雪見はお茶を注ぐ。
今日はもう、諦めてここでのんびりしよう。雪見がそう思った時だった。
「あ、先生、スマホ鳴ってるわよ」
奥の椅子で寝ていた先生をチラリと見てから、麗奈は遠慮なく机のスマホをとる。
「あ、瑠花じゃない」
そしてそのまま、彼女はスピーカーにして繋ぐ。
(遠慮がない!)
「うーっす」
ガラリと扉が開いて翔が来たのと、電話から声がしたのはほぼ同時だった。
『ごめん、みんな! やらかしちゃった☆』
「……は?」
「…………ん?」
「え?」
「?」
さすがに真梨枝も電話を見る。
「いやぁ、なんかさぁ……悪い人の荷物拾っちゃってさぁ」
「え、は?」
麗奈は動揺を隠せず、スマホを見つめている。
「でー、なんか……追われてるんだよね☆」
「……はぁ!?」
ウインクでも見えそうな明るい瑠花の喋りに、聞いていた全員が絶句する。
瑠花の言葉をまとめるとこうである。
殺人事件現場を見に埠頭に行ったところ、なんとヤバそうな風貌のお兄さんと警察官の怪しい取引現場を見てしまった。
そして取引用に隠されていたブツを発見し、これはきっとアカンやつ!と思った瑠花は持ち去った。
そしたら見つかってしまった、と。
「いやいやいやいや!!」
「何言ってんの!?!?」
翔と麗奈が同時につっこむ。
(わかる……気持ちはすごいわかる……!)
「いや、だって。善良な市民としては無視できないじゃんか」
「君子危うきに近寄らずって言葉、知らない!?」
『ボクは君子じゃないからねぇ』
「そういう意味じゃないわよ!? 馬鹿なの!?」
『にゃはは』
そして今、身を隠して電話しているようである。
(結構大きな声だけど、大丈夫なの?)
『まあ、警察官が取引してたからって全部の警察が悪いとは思わんけど~、110してしまうとそこら辺にいる悪い警察官さんにボクが見つかってしまう可能性があると思うんで』
「~~~!!」
麗奈は怒りに震えて声にならない。
仕方ないので電話に声をかける。
「私たちはどうしたらいい?」
『お! 城井さんではないかー! 話が早くて助かるよ~!』
「いいから」
『うい。ええとね、時間を稼いで欲しい。ボクが警察署に駆け込むまで。埠頭から、最寄りの警察署はちょい不安なんで、都心にある大きいとこ行くつもり。頑張っても徒歩だと二時間はかかる』
「二時間、稼げばいい?」
『そゆこと。ちょっと潜伏してるから、GPSで位置送るね~』
充電心配だから一回切る、という言葉を最後に電話が切れた。
「…………こんの! おバカーーーー!!」
直後、麗奈の怒りの叫びが部屋に響き渡ったのだった。
「いやぁ、良い叫びだったわ。二日酔いも消し飛んだ」
「教師が二日酔いすんなよ……」
今、探偵クラブは緊急会議が開かれていた。
「時間を稼げったって……どうしたら……?」
「うーん……てか、埠頭って立ち入り禁止じゃないのか? 殺人事件現場じゃんか」
「それなぁ」
大きな机を置いて全員で囲み、三人が頭を悩ませる奥。
──カラ……
扉が開いて珍しい人が入ってきた。
(あ……)
凌だ。
珍しいといっても、週に一、二度は顔を出しているけれど、それでも遭遇率は低い。
凌は視聴覚室を見回して、こちらに気づいたようだ。
挨拶をすることもなく、雪見は視界の端に捉えたまま会議を眺める。
「今も埠頭にいるんだよね?」
「目立つ花火でもあげる?」
「いやぁ、さすがにちょっと……」
凌は、三人が唸っているので不思議そうにしながら寄ってくる。
(……誰も気づいてない)
会議と、凌の行動と。
両方を視界に入れながら、意識は引き寄せられるように歩いてくる彼に向かう。
雪見は凌に苦手意識を感じている。
そう思う。
なのに目が、離せなかった。
(あ……)
カーテンが風で揺れて、視界が一瞬遮られる。
彼の姿がカーテンに隠れる。
次に視界が開けたら。
──目が合ってしまう気がする。
雪見はサッと目を逸らし、唸っている三人を見つめた。
「とりあえずGPSのとこ行くかぁ?」
「なんか、良い探偵道具ないんですか?」
「倉光お前、探偵はドラ○もんじゃねーんだよ」
「うーーん」
「悩み事?」
「いや、だから大塚をどうやって助けるかって……凌!?」
「っ」
やっと気づいた翔の声に雪見の心臓も飛び跳ねる。
一気に全員の視線を浴びて、凌は少したじろぐように一歩下がった。
「え、何?」
縋り付く勢いの彼らに、驚いたように声を上げる。
(……びっくりした)
──ブー
「お!?」
その時、スマホが震えた。
先生が慌ててスマホを確認すると、メッセージ付きの写真が送られている。
『これを調べてクレメンス』
ピースとカバンが写っている。
「あの子は……なんでこんな時もふざけてんのよ……」
麗奈は怒り心頭である。
「まぁまぁ……って、これなんだ?」
カバンの中にグレーの布に巻かれた何かがたくさん入っている。
そしてその上に布を外して中身を持っている写真もついている。
「……瓶?」
「瓶だね」
「中身何、これ」
虹色にキラキラした何かが入っている。見た目は金平糖のようにも見えた。
瑠花のピースのおかげで実際の大きさも金平糖くらいだと予想が着く。
「ん、こりゃあ……」
見ていた先生が顎に手を当て、唸った。
「何か知ってるんですか?」
「十中八九、やばいもんだな……」
ズルっと力が抜ける面々。
雪見も脱力しながら、先生をジト目で見てしまう。
「あー、いやしかしな、んー……あまり教えるべきじゃ──いや、待て待て。睨むな」
梶尾先生は言い淀んでいたが、全員の視線に負けるように肩を落として口を開く。
「これは虹石だ」
「ほんしー?」
麗奈が首を傾げる。
「おう。虹の石って書いて、ホンシーと読む」
梶尾先生は、写真をもう一度よく見て眉を顰める。
「まぁ、よく暴力団とかが取引してる品でな? これを飲んで寝れば、夢の世界で強い魔法が使えるとか、夢の能力を現実に持ち込めるとかなんとか」
「……マジ?」
翔も驚いたように写真を見直す。
「俺も昔の仲間からチラッと聞いただけだからなぁ。眉唾かもしれんが、売られてるのは事実だしな。ただ副作用があって摂取しすぎると衰弱死するって話だ」
「え、危な……」
麗奈も口元に手を当てて眉を寄せ、写真をじっと見る。
「なんでこんなもん拾ってんだ、大塚あのバカ」
スマホを持ち上げ、睨むように見ていた翔が愚痴るように言う。
(いや、ほんとに)
確実に追ってきてるのは暴力団の人間だろう。
「隠れるのにも限度があるよね……」
移動できてから二時間と考えるべきだし、瑠花が見つかるまでに、こちらも行動を起こす必要がある。
「アイツなら、多少の強面くらいぶっ飛ばせるんじゃないか?」
「確かにあの子、自分の倍くらいの大人は投げ飛ばしますけど、警察官とかヤクザなんていくらなんでも……」
(……今、看過できない言葉が聞こえたような?)
「……大塚さんって、そんな強いの?」
小学生にも見えるあの体躯で。
「なんか、合気道の師範代らしいね」
凌が翔からスマホを取り、写真を見ながら苦笑いで教えてくれる。
「すご……」
人は見かけによらない。本当に。
凌は写真を見てから全員を見回し、虹石を指さす。
「まあ、これがやばい物だって言うのはともかく、この後どうするの?」
「あ」
凌の言葉に、全員がハッとする。
「そうだった……」
「急がないと!」
雪見も頷きながら、口に指を当て思案する。
(撹乱するにはどうすれば?)
「とにかく向かった方が良くないか? 先生の車でピックアップすればさ」
「マップ見る限り車が入れる場所じゃないし、見つかっちゃうんじゃない?」
(見つかる…………あ!)
雪見は顔を上げる。
名案とは言えないかもしれないが、上手くいけば良い撹乱になるかもしれない。
「こういうのは?」
「ん?」
全員が雪見を見て──そして。
顔を突合せて作戦を練る探偵クラブ。
時計の針が今、進もうとしていた。
──瑠花の警察署到着まで、あと二時間。
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