第6話 オリジナル魔法

 ビサンド村に着いた夜、ホークは村で唯一の食事処に団員を集めた。


「さっき、ユーマン男爵と任務の確認をした。山賊の背後に、マルム帝国の魔法師が潜んでいる可能性があるらしい。こちらの戦力は若い男が二十名、山間部の村だから騎士はもちろん、戦闘に長けた者もいない」


 マルム帝国――紋章の力によって周辺の小国や民族を侵略し、支配を拡大してきた大陸最強の軍事国家。

 メナトが生まれた年には、魔法大国と呼ばれたオーロラ王国をも滅ぼしている。


 スカージャーの顔に緊張が走った。


「まさか……マルム帝国の連中とやり合うことになるなんてな……」


 しかしヨーダは静かに、そしてエルは不敵に笑う。


「……いつかは、戦うことになる相手だ」


「シシシッ! そうだな。でも、坊とお嬢だけは絶対に守らなきゃだぜ」


 その言葉にホークも頷いた。


「そうだ。メナトとステラだけは、どんな状況でも守る……とはいえ、帝国が本当に絡んでいるかはまだ不明だ。もし相手の戦力が高ければ撤退も視野に入れる。そのつもりでいろ」


 その言葉は、傭兵としては異例だった。

 普通の傭兵団なら、依頼を投げ出せば信用を失い、二度と仕事は来ない。

 だが、ホークは迷わずそう口にした。

 家族や仲間を守るためなら、名誉も惜しまない。それが【曙光の鷹】の掟だ。




 翌朝――


『天空を翔ける鋭き双眸よ、我にその視界を分け与えよ。風を裂く翼とともに、真実を射抜く眼を――』


 甘栗色の魔法文字がホークの身体を包み、右手の【鷹の紋章】が眩く光る。


『【鷹の目オクルス・アクィラ】!!!』


 詠唱と同時に、ウィンの全身にも同じ魔法文字が浮かび上がった。


「ウィン! 偵察してこい!」


 ホークの声に応じて、ウィンが空高く飛び立つ。


 ――【鷹の目オクルス・アクィラ】。

 使役した鷹の視界を共有する【鷹の紋章】有するホークのオリジナル魔法。

 通常の索敵ならウィン単体でも十分だが、より正確な情報を得るためにはこの魔法を通じて視る必要がある。


「……うむ。賊どもは周辺にはいないようだな」


 ホークがウィンの視界を得ながら呟くと、エルがいつものように歯を見せて笑った。


「シシシッ! それじゃ俺は薬草でも探してくるぜ」


 すると、ステラが小さく息を吸い込み、意を決したように声を上げる。


「え、エル! わ、私も一緒に行っちゃダメ?」


 突然の申し出に、エルは目を丸くする。


「お嬢が……? 俺っちは構わねぇが……団長、判断は任せるぜ?」


「そうだな。なら俺も同行しよう。アイシャとスカージャーは村の様子を見てくれ。ウィンを飛ばしておくから、何かあったらすぐ知らせろ」


 【鷹の紋章】を宿すホーク最大の強みは、こうして常に索敵の目を空におけること。

 だが、万能ではない。

 ウィンの維持には定期的に魔力を餌として与える必要がある。

 つまり、戦闘時に使える魔力はその分だけ削られるということだ。

 俺たちは三人の背中を見送ると、再び村の中へ戻った。




 広場の隅、焚き火の残り香が漂う場所で、スカージャーが俺の前に立つ。


「魔法は理屈だけじゃねぇ。感じるんだ、メナト。炎がどんな形で燃えたいかを」


 そう言いながら彼は詠唱を始めた。

 手袋をしたまま右手を掲げ、


『燃え上がれ、紅の焔よ。我が手に集い、敵を穿て――』


 赤橙の魔法文字がスカージャーの体を包む。


『【火槍イグニス】!』


 次の瞬間、空気が熱を帯び、火の槍が地面に突き刺さる。


「おぉぉぉ!!!」


 俺はもちろん、見ていた村人たちまでが歓声を上げる。

 その中でただ一人、アイシャだけが眉をひそめた。


「スカージャー、鎮火のことは考えてる?」


「あっ!? いっけねぇ!!!」


 慌てて地面を叩くスカージャー。

 火が勢いを増し、村人たちが騒ぎ立てる中、アイシャがため息をつきながら手袋を外す。


『水よ、我が腕に集い、汝の望む場所へと穿て――』


 アイシャを包むのは透き通った清流のような魔法文字。

 さらには、右手の紋章も輝く。


『【水流ノ調ベアクア・カントス】!』


 水の奔流が火を飲み込み、蒸気が白く立ち上る。

 その一瞬で、炎は嘘のように鎮まった。


「スカージャー。火魔法は所構わず撃つものじゃないでしょ」


「す、すんません……」


 アイシャはため息をつき、今度は俺に視線を向けた。


「メナト。あなたも火魔法を使うときは、お母さんがいる場所でやりなさい」


 きっと、これを言うために母は黙って見ていたのだろう。


「うん、分かった。でも一つ聞いていい? お母さんが唱えた【水流ノ調ベアクア・カントス】ってオリジナル魔法?」


「オリジナルといえば、オリジナルね。【火槍イグニス】や【氷槍グラキア】といった魔法は、最適化された言葉を並べて詠唱するのだけど、今のは火を消そうと思ってキーワードを並べただけ。紋章の力によって強化されたから消すことはできたけど、普通の魔法師が使うには魔力の燃費が悪いわね」


「ふーん……じゃあさ、『槍』じゃなくて『剣』を使う魔法ってないの?」


 俺の言葉に、二人は顔を見合わせて首をかしげる。


「そうね……お母さんは聞いたことないかな。ヨーダも【剣の紋章】を授かっているけど、魔法を使えないし……」


「俺もだ。『剣』は斬るイメージだし、『細剣』みたいに突くなら『槍』でいい。リーチが長くて扱いやすいしな」


 もっともな意見だ。

 だが、俺の右手の紋章に吸収された文様は明らかに剣やナイフの類。

 ただ、ヨーダの【剣の紋章】とは明らかに違う。


「いろいろ試してみたいから、『剣』の魔法文字やそれに関連する言葉も教えてよ」


「うーん……教えてあげたいのは山々なんだけど、『剣』の魔法文字を使うことはないから……そういうのはエルに聞いたほうがいいかも。魔力こそ無いけど、紋章や魔法文字に関する知識は非常に多いから」


 文字としての「剣」は一般的だが、魔法文字としての『剣』は使い道がないということか。

 なら別の魔法文字を習うか。


「よしっ! じゃあ俺が【火槍イグニス】を教えてやる! 気合い入れろよ、メナト!」


 スカージャーの声が響く。


「はいっ! お願いします!」


 俺は頷き、彼から【火槍イグニス】に関する魔法文字を教わった。

 ステラたちの帰りを待ちながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る