『おっさんとがっぷり四つで組み合う』美玖 第五話
トレンチコートを着ていた。
なぜにトレンチコートが家にある? りるの今は着てないやつがクローゼットの奥にあったのだ。
そしてハンチング帽をかぶっていて、ヒザの上の紙袋の中にはアンパンと牛乳が入っている。コンビニの袋ではなく、茶色い紙袋じゃないと台無しだ。
これで完ぺきだ。完ぺきな張り込みスタイルだ。
ハンチング帽はさすがに家になかったので、滝ちゃんに借りた。滝ちゃんはウィッグの上にハンチング帽をかぶり、同じようにトレンチコートを着ている。トレンチコートとハンチング帽は滝ちゃんの提案だ。滝ちゃんはまず形から入るのだ。
滝ちゃんの車を、ピザ・ハットリの出入り口が見える場所に路駐させて、私たちは天馬君が出て来るのを待っていた。
裏口がないことは張り込み前に調査した。
出入りはここしか出来ない。
「滝ちゃん、アンパンってどのタイミングで食べるの?」
「犯人が出て来る直前だ。あわてて半分だけ食べたアンパンを袋にしまって、犯人を追いかける。逆に言えば、アンパンを食べたら、犯人が出て来るフラグが立ったことになる」
「天馬君は犯人じゃない」
「わかってる。例えだ。だからアンパンを食べる瞬間が最も重要なのだ。慎重に、ここぞって時に食べないとフラグが立たない」
「ムズいよ、アンパン。半分食べた所で、フラグが立つんだよね?」
「刑事ドラマではな。でも恋愛ドラマの場合はわからない」
「恋愛ドラマではアンパン食べないから。トレンチコートにハンチング帽なんて衣装ありえないから。Nothing! だから」
「なんで急に英単語を混じえてきた? 手数を増やしたいのか? 微妙な判定勝ちを狙ってるのか?」
「いや、Nothing! って気分だったの」
「Nothing!」
「滝ちゃんまで手数増やすなよ!」
「ドローに持ち込みたいからな」
私たちはピザ・ハットリの入り口を凝視し続けた。何度かちょっとダサい黄土色のユニフォームを着た天馬君がピザの入った保温用の袋を手に、配達に行って帰ってくる姿を見かけた。
「仕事何時に終わるか聞いとけば良かった」
「そんなことしたら、誘う気満々なのバレるだろ」
「じゃあすげー、長期戦になりそう」
「張り込みとはそういうものだ」
「何かして時間をつぶさない? 見張りながら出来ることで」
「そうだな」
「しりとりでもする?」
「古典的だな。まあ暇つぶしにはなるか。では、おどろおどろしい、の、『い』」
「しりとりって普通、ゴリラとかラッパとかパイナップルとか、名詞だよね。なんで形容詞なの?」
「形容詞もありの、アルティメットルールだ。これで勝てれば、しりとり世界最強だ」
「なんだよ、しりとり世界最強って。予選も出てないのにいきなり世界最強? 外国人と向こうの言葉でしりとりして勝てるわけないじゃん。ハングル文字とか読めないから絶対しりとれないし。じゃあ、『い』ね。イノシシ」
「しらばっくれるにもほどがある、の、『る』」
「別にしらばっくれる、の、『る』でも変わらないじゃん」
「ほどがある、だからいいんだ。ただのしらばっくれるじゃない、彼女に尋常じゃないしらばっくれ方をされた彼氏の切ない思いが乗っかった、ほどがある、の、『る』だ。」
「尋常じゃないしらばっくれ方って、どんなんだよ。『る』ね。ルンバ」
「バキュームカー大爆破の、『は』」
「嫌だよ、それ、爆破されたら飛び散るじゃん。まき散らすじゃん、糞尿を!」
「スピードが100キロを下回ると爆発する爆弾を仕掛けられたバキュームカーを必死で運転する草なぎ剛の話だ」
「それ新幹線大爆破じゃん。それに運転するのは『のん』だから。草なぎ剛は車掌だから。『は』ね。ハナミズキのキ。汚い話の後だから、キレイに決まったね」
「きみは臭いよ、の、『よ』」
「さっきのバキュームカー大爆破の飛沫が掛かってるじゃん。糞尿、頭からかぶってるじゃん。そりゃ臭いわ。臭くもなりますわ」
「だってしょうがないじゃないか」
「また、えなりだ。じゃあ、『よ』ね。米津玄師の『し』」
「しらばっくれてごめんなさい、の『い』」
「さっき尋常じゃなくしらばっくれた女が謝ったよ。伏線回収したよ。しりとりに伏線回収とか要らないから。『い』ね。伊集院光の『る』」
「伊集院光は『ひかる』なのか。太田光は『ひかり』だし、宇多田ヒカルだし。どういう気持ちで親は名付けるのだ? ひかりとひかる、どちらにするかの分岐点はなんだ? この『り』と『る』の問題は奥が深いぞ」
「いるかな、このくだり」
「だって、『り』と『る』で、お前の旦那の『りる』になるんだぞ。お前の旦那の名前は、ひかりとひかるの語尾の『り』と『る』が合わさって、名付けられたんだぞ。人の名前の言葉尻を奪って、つけられた名前だぞ。人様の素敵な名前の言葉のお尻を奪うなんて、まったくイヤらしいことをする両親だな。人様の名前のケツだぞ。ケツを取って、取ってつけたような『るり』って名前にしたんだぞ、お前の旦那の両親は。人の道にはずれてるぞ! この外道が! お天道様に謝れ!」
「りるの両親の悪口はやめて!」
「私もつい興奮してしまって悪かった。しりとりに戻るぞ。『る』な。ルックスの良い天馬君がそろそろ出て来るかもしれないからアンパン食っとくか、の『か』」
「そうだね、そろそろ食べよっか」
「フラグが立つぞ」
私と滝ちゃんは紙袋からアンパンを出して一口食べて、牛乳のミニパックにストローを挿した。そしてもう一口アンパンを齧ろうとした時に、天馬君が店から出て来た。ちょっとダサいユニフォームを脱いで、私服だ。上は革の黒いライダーズジャケットで細身のジーンズを履いていた。私はあわてて紙袋に食べかけのアンパンをしまった。
「フラグまじで立ってたね!」
「よし、後を追うぞ」
私たちは車を降りて、天馬君の後を尾行した。
私たちは尾行が下手なことに、今気がついた。距離感がつかめないのだ。離れると見失うし、近いと見つかるので、離れる寄りの近いか、近い寄りの離れるかを行ったりきたりしながら後を追うから、天馬君が急に立ち止まったりすると、すぐに止まれずに尾行してるはずの天馬君を追い越してしまいそうになる。
「尾行って技術いるのね」
「そりゃそうだ」
「練習すれば良かった。知らないおっさんで」
「知らないおっさんは当然、私らの顔を知らないから、例え振り向かれてもわからないぞ」
「だから振り向かれたら負け。うわ手出し投げで負け」
「知らないおっさんと相撲を取るのか?」
「言葉のあや。だから、振り向かれずにおっさんの家まで行けたら、押し出しで私たちの勝ち」
「やっぱり知らないおっさんと相撲取ってるじゃないか」
「いいじゃん、相撲くらい。」
「知らないおっさんと、がっぷり四つで組み合えるのか? おっさんの息がかかるほどの急接近だぞ」
「無理だぁ、おっさんとがっぷり四つ無理だぁ。知らないおっさん却下だー」
天馬君が商店街の路地を曲がって、一階にコンビニがあるマンションの入り口の扉に入って行った。私たちはそれを扉の影から覗いていた。
301と書かれたポストを開けて、中に入って行って、階段で上に上がって行った。それを見て私たちもマンションの入り口に入った。
301には名前の表記がなかった。でも、ここが天馬君の部屋に間違いない。
「家から近い所でバイトしてるんだな」
「そうだね。徒歩圏内だもんね」
「電車とか乗られなくて良かったな。ゼッタイ、人込みで見失うって」
「おっさんと相撲取って、尾行を鍛えておけば良かったな」
「だから知らないおっさんと相撲無理!」
「でもこれでストーカー出来るな」
「犯罪計画する?」
「まず天馬のバイトの終わり時間がわかった。その時間に先回りしてマンションの下のコンビニにいる。天馬がコンビニに入って来る。なにげに女性誌を広げていた美玖が、偶然出会ったことを装って声を掛ける。後はお前のしゃべりのテク次第だ。家に入れてくれることも可能かもしれない」
「可能かもしれない?」
「叶姉妹かもしれない」
「叶姉妹いらないから。じゃあ、いつ実行する?」
「それはこれから考えよう」
私たちはこれからストーカーという犯罪を犯そうとしているのだ。
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