風の中で手を伸ばす

ポンビン

プロローグ

第1話




 人は何故か辛い時、悲しい時……物や人にすがりたくなる。それはどうして?なんて、問いを投げかけられたとしたら殆どの人は「寂しいから」や「安心感が欲しい」なんて言葉が出てくるだろう。

 そういっている私も実はそのうちの1人だったりする。


 ただそんな、縋り付けるような人は私にはいない、いなくなってしまった。


 その人は、私の彼女だった。「She」という意味ではない。本当にとしての関係だ。

 そんな彼女とも1ヶ月前に別れ、今も尚私は彼女のことを想い続けている。

 私も女、あの子も女、それなのに恋人になっていた────


 世間一般ではあまりよく思われないだろう。その‪”‬あまりよく思われない‪”‬というのが別れの決め手だった。と、言っても別れたのはこっちなのだが……こっちが別れたというのにまだ好きで居続けている、なんて話を聞いたら「なんで別れるんだよ」なんて吐き捨てられるのではないか。

 

 どうにかしようとしても、周りの目が気になるのは仕方ないのだ。あの子は気にしてないみたいだったけど。

 できることなら私だって復縁したい。だがもうあの子は私のことは好きではないのだろう。その理由は、別れる時に盛大にビンタされてしまったから。


 私にビンタをするほど怒っていたのだ……その日やその次の日までは少し腫れ、赤みがかっていた頬だったが、今は綺麗さっぱり治った。


 まるで、私たちの関係がすっかり無くなってしまったようだ、とでも言うべきか。


 ただ、そんなくだらないことを考えてないで、今は目の前のことに集中しよう。きっとこの状況が伝わればその人が「なんで今そんなこと考えてんだ?」って思うレベルにやばいと思うから……


「さっきからなんも言わないけど、どうしたわけ?」


 1ヶ月前に別れたはずの彼女────玖村凛くむら りんが目の前にいる。なんなら睨みつけてきて、手を私の顔の横に置き、所謂────壁ドンだった。


 本能から逃げようと手で封鎖されていない左側に身体を動かしたらそこも右手で行けなくなってしまった。


「あー、えっと用事あるんだよね〜」


 嘘だ。用事なんてものはない。


「へぇ?そっか」


 これは行ける、逃げ出せる。



 と心の中でガッツポーズしたが────




「前もこうした時にその言い訳使ってたよね?本当に用事?」



 八方塞がり、袋のネズミ……なんて言葉が出てくるような、そんな状況の中……私は壁と凛の間でブルブルと震えていた。



「すぐに用事って言わない辺り嘘なんだね」

 


 前好きだった、凛の笑顔が今はすごく怖い。般若のような顔をしていて、見えないはずのオーラが「ゴゴゴ」と音を立てるように凛の存在感を際立たせていた。


「あ、いやそれは違くて……その」


「あはは、いいんだよ……そんな怯えなくても、ただ、私はさ別れた時のことを教えて欲しいだけなんだよね」


 怯えるよ、だって……その貼り付けたような笑顔の下からとめどなく溢れてくる怒りが見えるのだから────


 「ねえ、なぎ……なんであの時別れようって言ったの?どうしてビンタした後逃げたの?」


「……えっと」



「えっとじゃわかんないよ、早く言ってよ……」



「別れた理由は、周りの目が気になったから……ただそれだけ」


「周りの目……?」


「……ごめん、じゃあね」


そう言うと凛は口はポカンと開け放心していた。だから私はそのうちに凛の拘束から身を解き、……その場から逃げ出した────








 凛が街で現れて、路地裏に押し込まれ壁ドンされたことが昨日のことのように思える。……実際昨日のことなのだが。


 今日は昨日と違い平日、つまり学校だった。そして、この学校にも凛はいる。だが幸いと言うべきか違うクラスだった。私はいつも休み時間に教室を抜け出し、凛が教室に来たとしても、私がどこにいるのか分からない状態にしている。


 ただ、凛は教室に毎回私が居ないことを学習して教室には来ないのではないか?と思った。今いる体育館倉庫なんてバレやしないとは思うが、いつか来るかもしれない。

 凛が追いかけてきた最初の頃は優しく「お願い話しようよ……」なんて声を掛けてきたが、今は声をかけるのがダメだと学習したと言わんばかりに不意打ちを突いてくる。なんなら鬼の形相で不意打ちを突いてくるものだから、すごく怖いホラーゲームをしている感覚だ。ホラー耐性付けようかな……


 そんな事を考えていたら、少し古い錆びた体育館倉庫の扉がいきなり「ギギギ」と音を立てスライドし始めた。まさか凛!?と身体をビクッとさせ反応してしまったが、どうやら来た人は凛じゃないらしい。


「うーっす……元気してるか?凪」


「……元気だけど、急に開けないでよ柑奈かんな


「体育館倉庫の扉ノックしろってか?こんなとこでノックするやつ居ねえって」


「そうだけどさ、凛だと思ったから……」


「…………お前さぁ、まだ玖村と話付けてねえわけ?玖村そろそろ怒るんじゃねえの?」


「もうだいぶ怒ってる……」


「はぁ、もういいから早く話してこいよ」


「嫌だ」



「何が嫌なの?ほんとに……こっちだって頑張って凪と話そうとしてるのに逃げるし……」


「え、凛……な、なんで」


 体育館倉庫の外にいたらしい凛が、体育館倉庫の中に腕を組みながら「うーん」と唸りながら入ってきた。


「え?ああ、私がお前を玖村に売った」


「お前かああああああ」


「ねえ、昨日言ってたよね……周りの目が気になるから別れたって、あれなんで?」


 凛が私の目をしっかり見ながら問いた。ずっと見つめていると居心地が悪くなるというもので私は目を逸らした。

 何かを察したような柑奈がこっそり体育館倉庫から既に出たようだった。つまりここにいるのは私と凛の2人だけとなる。


「なんで、って言われても……女同士で付き合うとかヘンだし」


「そっちから告って、それで付き合って……別れる時が「やっぱ女同士だから無理」ってことなの?」


「……」


「サイッテー」



 凛は心底不機嫌そうにその言葉を私に放った。私も何か言おうとしたが、何も言い返せなかった。なぜならそれは全て事実だったから。



「ごめん凛」


「もう、いいよ……ずっと凪と話すために探し回った私が馬鹿だった」


 そう言って体育館倉庫から走って出ていった。その際、凛の目からキラキラとした何かが出ていたのはきっと……気のせいだと思う。


 ────ただなぜか、なぜか今は何かに縋りたい気分だった。




 

 

 

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