夜火の魔物と呼ばれた彼女は、お飾りの皇后になることを承諾した

山法師

1 候補の中から選んだ理由

 ありきたり。普通。心が動かない、揺らがない。

 立ち居振る舞いの関係で、容姿すら平凡に見えてくる。

 そのように言われる自分を、君は卑下も反論もせず肯定している──もっと言えば、周囲へ魅力的に映らないように見せている。


『自分を売り込む気がない。こちらの寝首をかく気も全くない。このような振る舞いを続けたらどうなるか。全てを承知の上で、君は妃候補として動いていた』


 祖国がどうのより、自分の目的を優先している。

 君にとっては重要だろうが、こちらからすれば平和なもの。

 候補の中から君を選んだ理由だ。

 だから好きに動けばいいと、皇帝陛下は彼女へ告げた。


 ◇

 

 太陽の国、ニシャーウ。彼女の祖国であり、今はタイヤンジーグァ帝国の属国となった国。

 ニシャーウがタイヤンジーグァの属国となり、皇帝陛下へ『妃を差し出す』ために、ニシャーウは百人以上の女性を見繕った。

 王族から平民、奴隷まで幅広く。

 属国となった祖国の目的は、皇帝陛下が初めての渡り夜──夜伽で告げた通り。

 タイヤンジーグァ、できるなら皇帝陛下の懐へ潜り込むこと。弱みを握る、自らが弱みとなる、裏からタイヤンジーグァを操り、祖国が旨味を得るため。

 帝国にまでなったタイヤンジーグァの現皇帝、ホィエンシュエ。

 今年で21歳になるという彼は、今までのタイヤンジーグァと同様に、


「属するなら恵みを、属さねば滅びを」


 遣わした神獣で宣戦布告し、領土を広げている。

 タイヤンジーグァ帝国は、今や大陸の半分を治め、別大陸にも飛び地が何箇所もある。

 生まれた国が滅びるのではなく属する道を選んだことも、彼女を『妃候補』として選出したことも、彼女にとっては運が良かった。

 タイヤンジーグァの皇帝は、少なくとも一人、属国にした証として妃を娶る。

 現皇帝が妃に選ぶ女は、容姿が優れている女が多い。

 それらも、彼女にとっては奇跡的に運が良かった。

 自力で国を出られるなら、とっくの昔にそうしている。

 容姿を一番に、血統や学や能力、芸に秀でていると選ばれた女たち。その中で、フォロリタと名付け直された彼女の立場は、底辺と言えた。

 神殿で育てられた、神官見習いの素質すらない孤児。

 それが今の彼女の経歴だった。

 フォロリタが持つ褐色肌や黒褐色の瞳は自国に多く、彼女は年齢の割に幼い顔立ちをしている。幼く見えても、ニシャーウの基準やタイヤンジーグァの基準でも、それなりに整っているらしい。体つきも顔立ちと同じく幼いけれど、体型の基準は甘いようだった。容姿の決め手は、光に当たると淡く虹を帯びる白い髪が珍しいから。

 学や芸には秀でておらず、流れる血や能力はむしろ邪魔だろう。

 タイヤンジーグァに入れるなら、そのあと殺されても良かった。目的を果たせれば、果たせなくとも。やっとここまで来れたという感慨と共に、目覚めることのない穏やかな眠りにつけるから。

 選定期間中なら、殺生沙汰は起こらない──タイヤンジーグァ側が未然に防ぐという。

 殺生沙汰は起こらないが、不穏な事故は起こる。

 不穏な事故に巻き込まれないように、なるべく目立たず下手に隠れず、探し出す。

 選定期間は3日間。無理だとわかっていても、やめる理由にはならない。

 彼女の目的に気づいているニシャーウは、予想通りに彼女を放置した。タイヤンジーグァも気づくだろうが、選定期間中はタイヤンジーグァも手を出さない。

 自分は妃に選ばれない。皇帝が選ぶはずもない。

 選ぶとしたら、皇帝や彼の周囲は、相当な馬鹿か物好きだ。

 やはり気づかれていたし、馬鹿でもなかった。けれど、物好きだった。

 自分へ指一本触れずに部屋を出ていった皇帝を、フォロリタは教養の足りない頭で分析する。

 好きに動けばいい。

 告げられた言葉に嘘はないだろう。

 フォロリタとは別に三名、ニシャーウへ戻されず妃となった者がいる。

 その一人に、ニシャーウが本命として選出した、本物の『姫』である彼女も居る。

 彼女たちを気に入った、ニシャーウを気に入った、またはその逆。フォロリタの考えが及ばない何かしら。

 皇帝──タイヤンジーグァの思惑も、ニシャーウの思惑も、どうでもいい。

 物好きなタイヤンジーグァの温情に、感謝いたします。

 お言葉通り、好きに動きます。

 滅びへ向かう世界に『恵み』を与える、タイヤンジーグァ。この国にだけ残る秘宝。

 秘宝──あの存在と、もう一度。

 一度だけでも、会えるのなら。

 欲を言えば、笑いあえたら。

 自分は満足できます。

 太陽の国、ニシャーウで『夜火の魔物』と呼ばれ、微々たる力を削り取られる人生を送っていた。

 彼女を救った大切な思い出は、彼女の枷でもある。

 会うどころか、遠目に見るだけで。

 煌めいていた思い出は悪夢に変わり、自分は死ぬだろう。

 自分を救ってくれた『存在』の本質は、救いを与えるものではない。

 フォロリタ自身、わかっている。身をもって知っている。

 だからこそ、救われた。

 世界との境界が曖昧になった4歳の頃に救われ、17になる今でも、救われている。

 好きに動く。会いに行く。

 ほんの少しだけ、気にかかる部分はあるけれど。

 好きに動けばいいと、そちらが先に言った。

 あとのことなど、それこそ『そちら』の好きにすればいい。

 滅びへ向かう世界もその場の命も、ほとんどを食らい尽くした、あの時のように。


「食べ残した私の命を食べるのでも、なんでも。どうぞお好きに」

「……笑顔で語る話ではないと思うんだ」


 タイヤンジーグァの神獣として遣わされる『本物の皇帝』が、呆れたようにため息を吐く。

 水と炎をまとう白金色の大きな鳥──神獣の姿ではなく、人間の姿で。

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