ペンドラゴンの騎士

内海郁

0章ー1

一九二三年九月、英国ロンドンの中心部。

 テムズ川からそう遠くない位置に、その城はあった。

 どこか時代錯誤な石造りの城は、伝統という名の重圧を纏い、目下の街を見下ろしている。


 その校舎の中、真新しい制服を身に纏った生徒たちが講義室に集う。

 彼等の視線の先には講義用の低い舞台と教壇。

 そこで、まだ二〇半ばと思しき若い女性がゆるりと読書を楽しんでいた。

 太陽に愛された肌色に、何処か眠たそうな顔立ち。

 横髪を指で弄くるのは癖なのだろう。


 胸元には『教務騎士/教授 グレース・スミス』と記された真鍮のバッジが着けられている。

 この証を着けていなければ、彼女が教授であると判別するのは相当難しいだろう。

 それほどに若く、どこか奔放で自由な出立であったのだ。


 始業の鐘が鳴ると、彼女はパタリと本を閉じ、席をたつ。

 そして集まった君ののような群衆に向かい、微笑んだ。


「ああ、もう時間だね。

 うん、授業始めましょうか」


 踵を鳴らし教壇の前に立つと、彼女はパチンと指を鳴らす。

 講堂中に映像が浮かび上がる。光属性魔術『光像』、光の屈折を操り、空中に虚像を作り出す魔術だ。

 総収容数五〇〇名余りを誇る講堂いっぱいに魔術を展開させるのは、並の魔術師では難しい。


 浮かび上がるは、騎士団の歴史を流れるように映し出した。

 騎士団の成り立ちの原型となった、アルトリウス王とアルビオンの円卓の騎士の空想映像、本格的に騎士団が動き出したと言われている一〇世紀の受勲式の様子。

 そして、様々な戦いに参加する、赤き紋章の騎士たち。


 学生たちは感嘆の声を漏らし、空中に浮かび上がるかつての騎士たちの勇姿の数々に目を輝かせる。


「入学おめでとう、学生諸君。

 これから君たちは騎士の卵として、日々鍛錬に励んで貰うことになるでしょう。

 そこで、まずはこの組織について軽くお復習いでもしょましょうか」


 ふと彼女は、「ああ」と思いだしたように呟き微笑む。


「そうだ。自己紹介、自己紹介。

 私の名は『グレース・スミス』。

 専門は身体操術、及び近接戦。

 こんなナリだが、実戦経験は豊富な方。

 嘘だと思うなら、授業後胸を貸してあげても構いませんよ」


 グレースは手元の杖をくるりと回し微笑むと、一つ、口元に指を当てた。


「アカデミー新入生諸君にとって、まず始めに夢のない話をしましょう。

 騎士の定義について」


 講堂がざわめきたつ。

 それもそうだ。夢いっぱいにやってきたはずの彼らだ。

 少しでも明るい話を聞けることを期待したに違いない。

 それを理解しているのだろう。

 グレースは「そこまで身をすくませるな」と肩を震わせる。


「この英国における騎士の法的立場、それは『公務員』。

 ふふ、そんな顔をしないで。

 あくまで法律として書類に記されるただの名称に過ぎない、本質は、そう」


 パチン、とグレイスの指が鳴る。

 そして現れたのは、青い海に浮かぶブリテン島。


「英国の守護、及び文明発展の助力。

 君たちは、このためにアカデミー校に入学してきた。

 そうですね。

 そう言うことにしておきます……さて、お堅い話もこれくらいにして、君たちが聞きたがっている話をしましょ」


 ペンドラゴン、十三騎士団。


 にこりと穏やかに微笑むグレースの言葉に、「おお」と歓声が湧き上がる。


「うん、うん。

 いい反応。

 嬉しくなっちゃう。

 さて、ご存知の通りペンドラゴン十三騎士団には、名の通り数多くの騎士団が存在する。

 今日は時間がたっぷり与えられているからね。

 順に説明としゃれ込みましょうか」


 グレースは再び指を鳴らし、くるくると回して見せる。

 すると、新入生の前に幾つかの人影が現れた。


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