第四十一話

 するとオキギ君は、今まで見たことがないような悲しそうな表情になった。そして私に、きついた。

「い、いやだよリーネさん! 人間の国になんか、帰らないで! ずっとここで一緒いっしょに、らそうよ!」


 やっぱりそうか。私の、いやな予感は当たった。ひょっとしたら、こうなるんじゃないかという予感が私にはあった。だから私は、オキギ君をさとした。

「それはダメなの、オキギ君。ここはホビットの国。だから人間の私がいつまでもいるわけには、いかないの……」


 そして私はその理由を、オキギ君に話した。

「この国のホビットたちはみんな純粋じゅんすい。でも私たち人間は、邪悪じゃあくな面があるの。だからもし私がここにずっといて、この場所が人間にバレるとマズイの。邪悪な人間がきて、ここのホビットたちにひどいことをするかも知れないの。


 もしそうなったら私は、とてもえられそうもない。私はその人間を、決して許さない。だから私は人間の国に帰って、この国の場所を一生いっしょう秘密にしなければならないの」


 私にそう言われるとオキギ君は、目に涙をためて私の顔を見上げてうったえた。

「それでも嫌だ! 僕はリーネさんと離れたくない! だって僕はリーネさんのことが……」


 私はそんなオキギ君の髪を、優しくでた。

「ほらほら。泣いちゃダメよ、オキギ君。君はこれから、皆のリーダーにならなくちゃいけないんだから」


 でも私は、言ってしまった。

「でも今だけは、好きなだけ泣いて……」


 私がオキギ君の髪を撫でていると、オキギ君は落ち着いたようだ。

「ごめんなさい、リーネさん。リーネさんを、こまらせちゃって……」

「いいのよ。分かってくれれば、それでいいのよ」


 するとオキギ君は涙をいて、言い放った。

「僕たちホビットは皆、リーネさんに感謝しているんです。もしリーネさんがこの国にきてくれなかったら、僕たちはえて死んじゃったかもしれないから。だから、その証拠しょうこを見せるね」


 そしてオキギ君は岩のかべに向かうと、それに両手を当てて土の魔法をとなえた。

「土よ、我がイメージに固まれ! アース!」


 すると岩の壁がけずられて、何と竿さおとほうきを背負せおった私の石像が現れた。そして、ニッコリと微笑ほほえんだ。

「だから、これくらい良いでしょ?」


 それを見た私も、ニッコリと微笑んだ。

「うん。ありがとう、オキギ君」


 そうして私とオキギ君は、ホビットの皆がいる場所に戻った。すると皆はすでに悲しい表情で、立ちすくんでいた。ホビットの女の子の一人が、私に聞いてきた。


「ねえ、おねえちゃん。おねえちゃんは人間の国に、帰っちゃうの?」

「うん、そうだよ。私はブリという魚を釣るためにここにきて、もうその魚を釣っちゃったから。それにここはホビットの国だから、人間の私がいつまでもいる訳にはいかないの」


 するとその子は、涙をこらえながら聞いてきた。

「でもいつか、またここにきてくれるよね? それくらい、良いよね?」


 なので私は、ニッコリと微笑んだ。

「うん。いつかまた私は、この国にくるよ。皆が幸せに暮らしているかどうか、確認するために」


 それを聞いたその子は、目に涙を浮かべて無理矢理ニッコリと微笑んだ。その子の健気けなげな様子を見て私は、思わずきしめた。

「必ずくる。私はまた、必ずこの国にくるわ……」


 そして私は、人間の国に帰る準備を始めた。それが終わると私はオキギ君に、竿さおを差し出した。するとオキギ君は、疑問の表情になった。

「あ、あの。どうしたんですか、リーネさん?」


 なので私は、ニッコリと微笑んで答えた。

「この竿は、オキギ君にプレゼントするわ。いくら『絶対に魚が釣れる魔法』が使えても、竿がなきゃ魚は釣れないから」

「でも、それじゃあリーネさんが魚を釣る時はどうするんですか?」

「ああ、いいのいいの。私は大丈夫。私は人間の国に帰って、また竿を買うから」

「そ、そうですか……」


 そうして私はホビットの皆に、別れを告げた。

「それじゃあ皆、元気でね! また必ず、ここにくるからね!」


 するとホビットの皆は、だまってうなづいた。私はそれを見届みとどけるとほうきにまたがって、風の魔法を唱えた。

「風の精霊かぜよ、おどり出せ! ウインド!」


 そして私は、三〇メートルほど上昇じょうしょうした。そしてそのままホビットの皆の最後の姿を見ずに、私は人間の国に向かった。


 私は人間の国に着くと、まず城に向かった。そこで門番もんばんに、兵士長へいしちょうのイホリさんを呼んでくれと頼んだ。するとイホリさんは、すぐに現れた。

「リ、リーネさん! ま、まさか本当にホビットの国を見つけてブリを釣ってきたんですか?!」


 私は無言むごんで、バケツの中をイホリさんに見せた。するとイホリさんは、おどろいた表情になった。

「お、おお。これがブリですか……。それでは早速さっそく、国王に渡しましょう」


 そうして私とイホリさんは、城の中に入って玉座ぎょくざを目指した。私の姿を見た国王は、やはり驚いた表情になった。

「お、おお! ま、まさか本当にブリを釣ってきたのか?! み、見せてくれ! そのブリを、見せてくれ!」


 そう言われた私はバケツからブリを取り出して、国王に手渡てわたした。すると国王はしばらくの間、ブリに見とれていた。そしてイホリさんに、ブリを手渡した。

「コックに伝えてくれ。このブリの美味うまさを最大限に引き出してくれと」と伝えながら。


 するとイホリさんは、キッチンがあるであろう玉座の右側に移動した。そして国王は上機嫌じょうきげんの表情で、私に聞いてきた。

「それではリーネ。おぬしは、ホビットの国でブリを釣ったのか? ホビットの国を、見つけたのか?」


 なので私は、冷静に答えた。

「いえ。結局、ホビットの国は見つけられませんでした。ブリはたまたま見つけた砂浜で、釣りました」


 それを聞いた国王は、少し考える表情になった。

「ふうむ……。ホビットの国に行った者はみんな、その正確な場所を言わないそうだ。ウワサではホビットは純粋だから、邪悪な面を持つ人間を近づけさせたくないから言わないそうだ……」


 国王の言葉を聞いても私は、何も答えなかった。すると国王は、何かをさっしたようだ。

「ふむ。何も言いたくなければ、それで良い。私は一度、ブリを食べてみたかっただけだからな」


 と国王の話が終わった時、イホリさんが小袋こぶくろを持ってここに戻ってきた。それを見た国王は、告げた。

「それでは約束の、八○○万ゴールドだ。確認するといい」


 私はイホリさんから小袋を受け取ると、中身を確認した。確かに小さなダイヤモンドが八つ、つまり八○○万ゴールドが入っていた。そして私は国王に一礼いちれいすると、玉座を離れた。更に城を出て城壁から外に出たところで、後ろからイホリさんから声をかけられた。

「ちょ、ちょっと待ってください! リーネさん!」


 私は後ろを振り返らずに、答えた。

「何でしょうか?」


 すると後ろから、イホリさんの声がした。

「だ、大丈夫ですか、リーネさん。いつもと違って、元気が無いような……」

「はい、大丈夫です。ちょっと、疲れただけです。それでは」


 と私は、銀行に向かって歩き出した。そこに八○○万ゴールドをあずけると、私は家に向かった。その途中市場いちばを通ると、いつもの人間の国のやり取りが聞こえてきた。


「ふざけんなよ、てめえ! このパン、高すぎるだろう?!」

「うるせえ! 一ゴールドだって安くしねえよ! このパンがたけえと思うなら、他の店に行け!」


 ああ。私は帰ってきたんだな、人間の国に。ホビットの国とは、大違いだ。私は今、釣りをしている。今までは魚を釣って欲しいという依頼いらいがあったら、どこにでも行って魚を釣ろうと思っていた。


 でも今は、違う。ホビットの国に行って、魚を釣って欲しいという依頼だけはことわろう。万が一にも私がホビットの国に行って、その場所が人間にバレないように。だから私はもう、ホビットの国には行かない。ホビットたちには、またこの国にくると言ってしまったけど。


 そしてホビットの国の場所は、だれにも言わない。国王はもちろん、お父さんとお母さんにも。そう決心して私は、なつかしい我がに向かった。

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