第22話

 にぎやかな市場の中、行きかう人々その全てが彼女を見て、話しかけて、笑顔で去っていく。


「どう? 良い町でしょ?」


「そうだね」


「市場はね、色々売ってるのよ」


 順々に出店を眺めて歩く。


「お、領主の嬢ちゃん。どうだい? 良いもんそろってるよ」


「ありがとう! ゲランさん。確かにおいしそうな魚ね。リアンはもう漁には慣れた?」


 色鮮やかな魚の並ぶ出店に立つのは、白いバンダナをした男。漁師なのだろう。その頬には大きな傷跡があった。

 

「いんや、ありゃまだまだだな。この前なんざ危うく船から落ちそうになってな――」


「父さん!」


 奥で魚を捌いていた少年が大慌てで駆けつけてきた。彼がリアンなのだろう。恥ずかしそうに耳を赤らめていた。


「ふふ、ならもっと頑張ってもらわないとね」


 フウロが微笑むと少年は頬まで真っ赤に染めてそっぽを向いてしまった。


「おいおい、領主の嬢ちゃん。あんまいじめてやんなよ」


「グラウさん! あたしいじめてなんかないわよ」


 現れたのは吟遊詩人だろうか。ハープを携えた青年。

 彼は二、三言葉を交わしどこかへ行く。


 次に来たのは子供のピーク。花屋のルルは痛めていた腰が治ってお店を再開したらしい。そして冒険者のデュークは空飛ぶ黒い影を追ってこの町に来たらしい。


 なるほど。


 タイヨウは理解した。


 彼女はただ親の後釜で領主になったのだと。責任を押し付けられたかわいそうな少女だ。


 そんな考えは間違いだった。行きかう人との会話で出てきた情報は、全て彼女。フウロから出たものだった。


 彼女は自分の町の人の情報を隅から隅まで覚えているのだ。


 周囲の人だかりはどんどん大きくなっていく。このままだと人込みに押しつぶされてしまいそうだ。

 そろそろお暇しよう。そうフウロに話かけようとした時、視界の端に茶色い何かが映った。

 あの夜見た赤い目が、人込みに紛れてこちらを見ていた。あれはあの庭に居た。どうしてここに。


 それは一瞬で人込みに紛れて消えてしまった。一瞬しか見えなかったが、あの顔を僕は知っている。だけど、それがいつどこで見たのか、タイヨウにはすぐに思い出せなかった。


「ねぇ、それ何入ってんの?」


「わっ駄目だよ!」


 タイヨウがそれを思い出そうとしていると、とたん背中がずしんと重くなる。リュックに子供がよじ登っていた。


 「ちょっと! ピーク! ダメでしょ!」


 彼女が注意するが、ピークはもう既によじ登り、その中を見ようとリュックの口を開こうとした。


 「うわっ!」


 中からツキが飛び出し、ピークの腕に嚙みついた。


「ツキ!」


「痛い! 痛いよ!」


 周囲が蛇だ! 危ない! と騒めき立つ。


 タイヨウは騒めく人込みにもまれながら、腕に噛みついたツキを何とか落ち着かせようと近づく。


「ツキ落ち着いて!」


 ツキは人が苦手だ。その警戒の仕方は砂男のセウストを威嚇した時とは比にならない。


「ツキ!」


 タイヨウはツキの頭をそっと手で包みこむ。


 しばらくそのままにしていると、腕に噛みついていた口が緩まり離れた。

 落ち着いたツキは、「……ごめんなさい。取り乱したわ」と小さく呟いてリュックに戻って来た。


 そこでタイヨウは気づいた。周りの人がタイヨウを警戒している。腕に小さな穴が二つ空いたピークは、もう既に人込みに紛れてどこかへ消えていた。

 タイヨウたちの周囲には、不自然なまでに空間が出来ていた。


「おい、今の蛇」


 冒険者のデュークが携えた剣に触れなら出てきた。残念だけど、こうなったらもう――。


「タイヨウさんごめんなさい!」


 タイヨウが逃げるため、一歩その場から下がるとフウロがタイヨウに頭を下げた。


「え?」


「それと、白蛇さんも。ツキさんというのよね。ごめんなさい。ピークには私から後できつくしかります! どうか、許していただけないでしょうか」


 彼女は腰を九十度に曲げたまま起き上がらない。


「えっと、僕は全然大丈夫! むしろあの子大丈夫かな? ただツキは……」


 ツキが人を苦手な理由をタイヨウは知らない。

 それでもこの謝罪は、無駄だろう。ツキがこれまで人と話してる姿は一度も見たことがないのだ。

 過去、一度だけ彼女が人に声をかけられたのを見た時は、その喉を一瞬で嚙みちぎっていた。


 正直、謝罪など彼女にとってなんの価値も――。

 

「良いわよ。ただし、次は無いから」


「えっ!?」


 ツキは顔こそ出さなかったが、その謝罪を受け入れた。あのツキが。それはタイヨウにとって、思わず驚きが漏れてしまうほどに、予想外の事だった。

 

「寛大なお心遣い、ありがとうございます!」


 そこでやっとフウロは顔を上げた。


 小さくて可憐な少女。しかし、その心はどんな豪傑よりもたくましいものだった。

 そして、そんな彼女と出会えたのは、もしかしたら自身で想像しているより運のよいことだったのかもしれない。


「皆さんも、この件はこれでおしまいです! 良いですね!」


 彼女は手を一度叩きその場の空気を一瞬で占領した。周囲の人だかりもフウロが言うなら、そもそもピークが原因だしな。と、殺伐とした空気が薄れてきた中。一人だけ納得していない者がいた。


「いやいや、お嬢さんが謝る必要はないでしょう!」

 

 冒険者のデュークだ。


「その蛇を差し出しなさい。危険な生き物を排除するのも冒険者の役目です」


 彼はフウロの態度に納得がいかなかったらしい。堂々とした態度でタイヨウに詰め寄って来た。


 それは、この締結した雰囲気をぶち壊すには十分であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る