七回目
目覚ましのアラームの音で目を覚ました有利は驚愕した。
「え、嘘だろ!?」
思わず声に出してしまうくらいに驚いた。何故なら、七回目の有休が始まったからだ。
布団を干した後、朝食をとりながら、有利は前回の巻き戻りについて考察した。
(そうか、やっぱり緑の飲み物はおっさんには関係なかったんだ。あの時も投げつけただけだった。あれなら緑である必要はない。飲み物である必要すらない。むしろ、投げやすい物の方がいい。ボールとか。だったら、おっさんはこの件については無関係だ)
ののは「これまでの緑の飲み物では駄目だった」と取れるような事を話していたが、有利は「そもそも、緑の飲み物自体とは関係なかった」のだろうと考えた。そこで、緑の飲み物と無関係なら、髭もじゃ男はこの巻き戻りに関しては無関係だと結論付けた。「本当に緑の飲み物がこの巻き戻りに関係あるのか?」などと疑ってはいない。だから、緑の飲み物を軸に考えた結果、思考はそこへ着地した。
(「死ぬ」っていう人間にとって重大過ぎるイベントが起きちゃったから、そっちに引っ張られてたな。巻き戻りに無関係な人が他の無関係な人を何人殺そうと、それは全員無関係でしかないって事だ。そして、こんな俺如きが考えた事なんて、ののはちゃんと把握してるはずだ。それに、もしかしたらこれは間違ってるかもしれなくて、ののとかののの仲間の人たちはもっと真実に近づいてるのかも)
しかし、これまでは巻き戻りの原因の推察をした事などなかったので、結局、素人の有利はプロに頼る事しかできない。
そうこうしているうちに朝食を食べ終えたので、有利は洗い物をした後、なるべく初回に近くなるように、最初に着ていた方の私服に着替えた。
今回もののとは遭遇しなかった。
(ののはのので自分たちの考えた事を元にして動いてるんだ。だから、今回はこれまでとは違う場所にいるんだ)
それはただの有利の想像でしかないのだが、その想像によって心強く感じられた。
初回と同じように区役所へ行き、同じように戸籍謄本と印鑑証明を出してもらった後、有利は思いついて、オーライには寄らずにそのままウロウロする事にした。
まずはあのファミコへ行こうと考えたので、そちらの方向へ歩いたが、ののにはやっぱり会えない。
(
それが後悔なのかただ思い浮かんだ事なのかはよく分からないが、有利は滞りなくファミコに到着した。
店内を覗いてみても、クーラーの風を浴びて人心地ついても、ののはそこにはいない。
(時間が違うからかな? まあ、今回ののに会ったところで挨拶くらいしかやる事ないし、別にいいのか)
ののは自分が殺される可能性がある事と、その犯人の事を把握している。それなら、前回のように通報したり、また緑の飲み物やそうでないものを投げつけたりはできる。それは有利も同じだし、四回目までと同じ行動を取っていれば、そもそもあの髭もじゃ男には遭遇しないのだ。
何となく物足りない有利は、今度は別のコンビニへ足を延ばしてみた。外国人にめちゃくちゃ人気のサウスランド、略してサウランだ。
しかし、購入したのは緑色ではなく、琥珀色のアイスコーヒーだ。これがめちゃうまなのは知っているし、何より値段がお手頃だ。滅多に飲まないインスタントコーヒーの瓶を家に置いておくより、たまにこうやって買う方がコスパがいいというのが有利の持論だ。
サウランはのののテリトリーではないのか、やっぱり会えなかった。というか、
(ののは「何となく感じる事ができる」って言ってたけど、それって場所込みでなのかな? じゃあ、この辺は関係なかったりして)
そういう事かもしれない。
サウランで涼みつつも水分補給アイテムをゲットした有利は、
(今なら時間がズレてるから平気かな?)
という思いつきの元、あの路地へ向かった。――普通の人なら、自分が死んだ事のある場所へ近寄るなどとてもじゃないができないだろうが、有利は違った。かなり油断していると言える。
路地に到着してもののはいなかった。しかも、髭もじゃ男すらもいない。
(サウランからここまで来るのに時間がかかったからな。今頃は前回なら警察が到着してる時間帯かな?)
今回はこれまでに警察車両は見かけなかったが、恐らく、経路が違う。路地から大通りへ向かうのと、警察が大通りへやって来たのは逆の方向だった。それを覚えているので有利は気にしていない。パトカーのサイレンらしき音は聞こえたかもしれないが、それはこの辺りでは然程珍しい事ではないので、銃刀法違反の髭もじゃ男の件とは関連がない可能性もある。だから、やっぱり気にしていない。――普通の人なら、自分が死ぬ可能性があると認識していれば、「警察車両を視認していないのなら、そこに警察が来る事はなく、すなわち髭もじゃ男は無事かもしれない」という思考に至るだろうが、有利は違った。気にしなさ過ぎだ。油断しているにも程がある。
その有利の油断が文字通りに命取りになる事はなかった。いや、まだ巻き戻り中なのでどうなるかは分からないが、とりあえずは、大通りに着いても有利は髭もじゃ男とは遭遇せず、あの大きな包丁のような刃物を目にする事もなく、その包丁のような刃物で刺される事もなかった。むしろ、警察官が二人、ごにょごにょやりながらそこに立っている。これは安心・安全だ。
(おっさんはここへ来たけど、ののか他の人か誰かが通報した結果、何事もなく捕えられたって事だな。それしかないな。だって、地面に血痕とか一切ないもんな。あれ、事後処理みたいなやつをしてるところなのかもしれない。何かそんな感じする)
安心してゆっくりと警察官や通行人たちを眺めながら、有利は安全な大通りを通り過ぎた。今回はマクタには入らない。
大通りから一本入った脇道を通り、空になったアイスコーヒーの容器をさっきとは別のサウランのゴミ箱へ捨ててから、有利はなるべく日陰になっている道を選んで通り、帰路に就いた。日は高いのでほとんど日陰なんてないのだが、大通りよりは随分とマシだ。そして、そのルートにもののはいなかった。
(それなら、「ターゲット」とかいう原因の人は俺の行動範囲にはいないって事? 時間が違うだけ? あ、ターゲットって人なのかな? 人っぽい感じだったよな? ののはもう見つけたのかな? 結局、緑の飲み物はどれが正解だったのかな? 俺はチョコミントフラッペの方が宇治抹茶ラテより美味しい思ったけど、僅差だし、好みの問題だし、飲まないならそういうの関係ないのかな? いや、飲まないのはののだけで、ターゲットは飲むって事?)
暑さを紛らわせるために、有利はど素人の一般人が考えても仕方のない事を考えながらサクサク歩いた。
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