六回目

 有利はベッドの上で目を覚ました。目覚まし時計のアラームが鳴っている。六回目の有休の始まりだ。


 (多分、死んだな)

起き上がって布団からシーツを外している最中、有利はついさっきまで感じていた痛みを思い出していた。

 髭もじゃ男の有利への初手は胸への一撃だったが、それだけでは気を失ったりはしなかった。それから何度か刺され続けた後、体が痙攣し始め、ようやく目の前が暗くなったのだ。その間の痛みはこれまでに経験した事がなかったもので、「痛み」と言うよりも「衝撃」と表現するのが相応しいような、それでいて確実に痛い上に、痛さだけではなく熱さも感じたり、なのに寒かったりと、とにかく訳が分からない感覚だった。それなら、あの暗くなった時か、その後に死んだのだろうと思った。

 それから、こうも考えた。

(生きててよかった。でも、死んだ後に時間が進み出したら、死んだまま固定されるんだろうな。それは避けたい。俺だけじゃない。あそこにはののがいた。見えなかっただけで他の人もいたのかもしれないし、いなかったとしても、あの前後で他の人もやられたのかもしれない)

少なくとも人が二人が死んだが、その事は巻き戻りには関係なかったのだろう。だからこそ、今、有利は生きている。しかし、他の要因で巻き戻りが終われば、死んだ人は死んだままになる。恐らく、有利は自宅と区役所の間を行き来するのみなら巻き込まれないのだろうが、ののについては行動を把握していないし、他の人たちの事はもっと知らない。

(ののみたいに毎回行動が大きく違う人は珍しいけど、他の人たちは前回とほぼ同じ行動を取るはずだ。ちょっと違う事はあっても、「二度寝して出遅れた」とかじゃなければ、「いる場所が全然違う」ってのはなかなかない。って事は、放置してたらみんなあのおっさんにやられるって事だ)

これはただの推測でしかないが、経験則でもある。


 前回と同じののファッションに着替えた有利は、まずはののを探す事にした。ののだけは神出鬼没なので、先に押さえておきたいからだ。区役所には十七時までに行けば問題ない。混み具合を気にしている場合ではない。

 意外とののはすぐに見つかった。あのファミコの前にいて、中に入ろうとしているところだった。

「のの!」

俺が声をかけると、振り向いたののは、

「……そうか、有利もそうなんだね」

とても納得したようにそう呟いた。


 「アカシックレコードって知ってる?」

駅の近くの公園のベンチで、有利の右隣に座ったののが唐突に切り出した。

「何となくだけど知ってる。宇宙の全部の歴史が記憶されてるか何かの記録、みたいなやつ」

有利が何となく知っている、何となくしか知らない曖昧な知識を披露すると、

「だいたい合ってる」

ののは肯定した上で、

「まあ、そんなもんはないんだけど」

次には思いっ切り否定した。

 有利が首を傾げている様子を見ながら、ののは真面目な顔で説明した。

「歴史が本来進むべき道から外れようとすると、時間が勝手に戻るようになってるの。それはそういうもので、そこは深く考える必要はないんだけど、とにかくそうなの。アカシックレコードの概念を知ってたら分かりやすいと思う。ただの想像の産物ではあるけど、あれはなかなかいいところまでいってるよね」

それはつまり、「アカシックレコードは存在しない、もしくは、存在が確認されていない」のだが、「時間が正しいコースで進まないと、元のコースに復帰させるために、自動回復機能のようなものが作用する事がある」のは事実らしいという事だ。突然こんな話をされれば普通の人たちには荒唐無稽な妄想に聞こえるかもしれないが、これまでにも巻き戻りを認識していた有利にとってはちっとも荒唐無稽ではない。むしろ、しっくり来た。

「私は何らかの緑色の飲み物を持っていれば、きっと今回の原因である『ターゲット』に会えるって考えたんだよ」

しかし、こちらは荒唐無稽過ぎる。全くしっくり来ない。

「つまり、ののも俺みたいに時間が巻き戻ったのを認識できて、なおかつ、時間が進み出すように動いてるって事?」

有利が自分にとっては荒唐無稽な部分はすっ飛ばして尋ねると、

「そう。しかも、何となく原因とか関連する物や事柄を感じる事ができるの。それが今回は『緑の飲み物』って訳」

ののは肯定しつつ、有利にとって荒唐無稽な部分についての補足をした上で、

「という訳で、私はそんな事ができるって知られて、組織に拉致られてこき使われてるんだよ。はぁ、こんなの一生続けられないよ。この間成人になったから寿退社したいな。今アメリカで流行りの専業主婦になりたい」

次には憂いを帯びた表情で、荒唐無稽のオンパレードをため息混じりに垂れ流した。ここまでいくと、たとえ時間の巻き戻りについて理解している有利であったとしても、もうついて行けない。

 仕方がないので、

「今回は俺が邪魔したからファミコでチョコミントフラッペ買えなかったね。これから買いに行く?」

有利が「もうそういうものだ」という前提で質問したところ、

「いや、ファミコとイルジョでうまくいかなかったから、別の緑にしようかなって考えてたところだったの。お勧めある?」

逆に質問されたので、

「じゃあ、区役所に行く用事があるから、その後で駅前のドクトルに行ってみよう。宇治抹茶ラテがあるって聞いた事あるんだ。豆乳バージョンもあるって」

有利はののが飲めないチョコミントではなく、飲めるかもしれない抹茶をお勧めした。


 区役所では過去五回よりは待ったが、それ程には待たなかった。クレーマー老夫婦はやっぱりクレーマーだ。時間が遅くなったのに、まだクレーム中だ。

「だから、孫が行けばいいんじゃないのか!?」

クレーマーおじいさんが詰め寄り、

「そうやねぇ、あの子なら行ってくれそうやわぁ」

クレーマーおばあさんが関西弁っぽく援護射撃し、

「お孫さんはおいくつですか?」

職員のおじさんが話を進めようと頑張っている。

(うわぁ……)

有利の脳内には、最早それしか浮かばない。

 このクレーマー老夫婦は初体験のののは結構分かりやすくその光景をガン見しているが、脳内に何が浮かんでいるかは見て取れない。無表情で視線を固定しているだけだ。

 そんな空気の中、有利の方はこれまで同様に、滞りなく戸籍藤本と印鑑証明を手に入れた。それらをクリアファイルに挟み、リュックにしまうと、

「それ、何に使うの?」

ののがまじまじと「それ」が収納されているリュックを見ながら尋ねるので、

「何か、家の名義を変えるのに、相続権がある俺のIDも必要なんだとかって。必要って言われたからやってるけど、よく知らない。俺は就職したタイミングで戸籍から抜けたからなのか、何の相談もなかったからね。父親が死んでからは母親名義になってるだろうから、妹に変えるのかな? だとしたら意味分からなさ過ぎるけど。まあ、明日、免許証を会社のコピー機でコピってから近くの郵便局から郵送するから会わないし、一生知らないままかな」

有利は割と長々と詳細に説明してみたが、

「ふーん」

ののはそれだけを返した。しかし、興味がない訳ではなさそうだ。何故なら、まだリュックを眺めているからだ。


 その後、公園で話した通り、二人は駅前のドクトルへ入った。実は有利はドクトルへ入るのも初めてだ。イルジョの時と同じく、

(もう大人なんだし……)

をやった後、意を決して注文した。

「私もアイス宇治抹茶ラテM一つ、持ち帰りで。カードで払います」

一方、ののは慣れたものだ。すらすらと呪文を唱えている。やはり、美少女というものはおしゃれな飲み物を日常的に注文していたり、もしくは、美少女仲間たちと注文し合ったりしているのだろう。……美少女のライフスタイルについての知識がない有利はそういう事にした。

 店から出ると、早速、有利は宇治抹茶ラテを吸った。

「美味い。これもめちゃうまだった」

ただの抹茶ではなく「宇治抹茶」を使用しているからなのか、抹茶の風味がすこぶるいい。豆乳ではなく牛乳バージョンにしたが、それがまろやかにしつつも抹茶の存在が抹消されず、むしろ引き立っている。そういう神がかり的な黄金比的なバランスを追求した結果なのだろうとしか思えない。開発者の努力が垣間見える。豆乳バージョンにも是非挑戦してみたいものだと思わせる。

 しかし、めちゃうまにも関わらず、ののは自分の分は左手に掴んだままで、ストローに口を付けようとはしない。

「せっかく飲めるやつにしたのに。いや、聞いてなかったな。もしかして、抹茶も嫌いなの?」

有利が確認すると、

「抹茶は好きだよ。日本食っていいよね。塩味がするし、素材の味が引き立ってる」

ののは抹茶以外全般を褒めつつも、やっぱり吸おうとはしない。でも、

「じゃあ、それちょうだい」

そう言うや否や、ちょっとだけ背伸びをしてから、有利の宇治抹茶ラテを上手い事吸った。その時に、キャップのつばが有利の顎にコツンと当たった。ふんわりと何らかのいい匂いがする。これはきっと美少女特有の匂いなのだろう。

「うん、確かにこれはめちゃうまだね」

そう言いながら平然としている上目遣いのののとは対照的に、有利は驚愕の表情だ。

(……俺は今、美少女に初キスを奪われた!)

その理由は奥手にも程がある有利らしいのだが、まさか、誰も間接キスを初キスとは認定しない事だろう。ノーカンだろう。というか、多分、気づいていないだけで、間接キスくらいなら幼少期に両親や妹から奪われているはずだ。それでも、気づいていないので、有利にとっては初なのだ。


 ドクトルを出てからののが歩いているルートは、前回殺されたあの路地へと繋がるものだ。

「そっちは危険だけど……」

恐る恐る自分が危惧した事を伝える有利に、

「危険だって事は、むしろそっちへ行くべきって事なの。私は死んだのは初めてだったけど、まあ、あのくらいなら次からは避けられるわ」

ののは結構軽く返した。それに有利は慄いたが、

「すげー痛かっただろ? そりゃ、あれだけ痛かったら死ぬわって痛さ」

自分もできるだけ軽く言ってみると、

「そうだよね。あのくらい痛かったら死ぬよね、普通」

やっぱりののは軽く返した。本当に軽く考えているのか、それとも、有利のようにわざとなのか、それは表情からは読み取れない。うっすら微笑んでいるのみで、言葉の軽さとは一致しているが、もし、それが本当の気持ちを隠しているのだとすれば、ののは紛う事なき美人女優だ。日本アカデミー賞主演女優賞だ。いや、本家アメリカのアカデミー賞かもしれない。

 もう氷が溶け切ってぬるくなっているであろう勿体無い状態の可哀想な宇治抹茶ラテを手にしたののと、

(このストロー、俺も使って大丈夫かな? でも、使わないと飲めないからな……)

間接キスの影響でドキドキしつつも、何とか自分の分を既に飲み切って、荷物はリュックのみの手ぶらの有利が歩いていると、そろそろあの路地という地点まで到達した。

 流石に、有利の背中には冷や汗が流れた。

「何で、今回は丸一日を六回もやってるんだろうね」

それをごまかすために疑問を口に出してみると、

「こんなに長い事って珍しいよね。そんで、六回もやってるのは私たちが解決できてないからなんだけど、何もしなくても勝手に解決する事もあるし、他にも動いてる人たちはいるから、私だけのせいって訳じゃない。でも、ごめん」

ののは「組織」を代表したのかそうでないのかよく分からない謝罪をした後、

「私は四回目まではただ一日中ウロウロしただけで終わった。前回ようやくあのヒゲに会って、こいつかって思ったんだけど、どうも違うんだよね」

長年の勘なのか何なのか、そんな事を言い出した。

「どういう事?」

有利が説明を求めると、

「あいつは緑の飲み物には見向きもしなかった」

ののは根拠を示した。しかし、それは「根拠」と言うには乏しい。というか、乏し過ぎる。薄過ぎる。なのに、有利は腑に落ちた。

「言われてみればそうだな。俺はあの時、イルジョの抹茶フラペチーノ持ってたんだよ。うん、『手を離した』って感じはしなかったから、少なくとも刺されるまでは持ってたはずだ。でも、あのおっさんは俺の顔は見たけど、フラペチーノの事は見てなかった」

ののに同調してから、

「まあ、死んだ後に奪って飲んだ可能性はなくはないけど、俺が遭遇した時、おっさんはのののジャスミン茶の事は放置だったよ。パッケージが紫っぽいのと、緑っていうよりは薄茶色に近かったからなのかもしれないけどね」

次に、前回、自分が観察した事を話した。それも判断材料としては足りなさ過ぎるのだが、

「そうか、これまでの緑で駄目だったって事は、今回の新たな緑でどうなるのか、死なないように見守らないとね」

ののの方も有利の話に納得した様子で、ほんの少しだけ真剣な面持ちに変えた。


 とうとうあの路地が目前に迫ると、フラフラ歩いて角を曲がろうとしている髭もじゃ男が二人の目に入った。よく分からない英文が書いてあるダルダルの白Tに着古したグレーの太めのカーゴパンツがダサい。有利もののもダサい格好をしているので、ある意味統一感がある。

 ののが普通に髭もじゃ男に近づこうとするので、有利はののの細い右腕を引き、

「刺激せずに、このまま尾行するのはどう?」

そう小声で提案した。その時にまたふんわりと何らかのいい匂いがしたが、今回はそんな事に構っている暇は有利にも、勿論、ののにもない。

 二人が尾行している事に気づいていない様子の髭もじゃ男はそのままフラフラ歩いていたが、約十五分後、急に立ち止まった。そこはあの路地からは徒歩約十五分の場所という事で、あの路地とは全く違う大通りだ。

 髭もじゃ男がリュックから何かを取り出そうとしたところで、何と、ののは可哀想な宇治抹茶ラテをそちらへ思いっ切り投げた。可哀想な宇治抹茶ラテは吸い込まれるように髭もじゃ男の頭頂部にヒットし、その衝撃で蓋が外れ、男の頭と顔を緑の液体まみれにした。物凄いコントロールだ。

「ああああああ手が滑ったああああああ」

それから、ののは物凄い棒読みで慌てふためく髭もじゃ男に言い訳をした後、

「あ、大きな包丁を持ったおじさんがいます」

いつの間にか手にしていたスマホに向かって流暢に喋った。美少女なのに何の飾り気もない黒いつるんとしたケースだ。百均で売ってそうなやつだ。

「えっ、早っ。行動早っ」

有利は驚いたが、髭もじゃ男がリュックを掴んで走り出そうとしたのが見えたので、すぐにそちらへ飛び出した。


 結局、有利が髭もじゃ男を捕まえて上に乗った後、追い付いたののが首を絞めて落とした。手慣れている。

(巻き戻る度に、毎回誰かの事を落としてるとか?)

有利がそんな事を頭の中に浮かべるほどの鮮やかな手際だ。

 ここで、

「あっ」

有利は短い声を出した。髭もじゃ男の首に触れた事で、ののの両手が抹茶まみれになったからだ。だから、

「ちょっと待って」

汚していない手で自分のリュックを開けると、

「これ使って」

中から携帯用のウェットティッシュを出して、ののに手渡した。

「え、ありがとう」

それを受け取ったののは一枚取り出した後、可愛らしく首を傾げてから、更に三枚出した。豪快だ。

 しばらくしてパトカーのサイレンの音が聞こえてくると、ののは髭もじゃ男の上に乗ったままの有利の左二の腕を無言で引っ張った。有利が立ち上がると、ののは二の腕から手のひらにスライドさせ、そのまま握った。

(え?)

紛れもない美少女の柔らかい手のひらと指の感触に、有利の心臓はドキドキバクバクしたが、

「こっち」

ののは全く気にする素振りも見せず、冷静に走り出した。


 二人はすぐ傍の有名ファストフードチェーン店マクタビッシュ、略してマクタに入った。そして、肉と油とそれ以外のいい匂いが充満するガラス張りの店内から、髭もじゃ男が警察官に拘束される様子を眺めた。

 警察官のうちの一人によって、髭もじゃ男のボロボロのベージュ色のリュックから剥き出しの大きな包丁のようなものが出されると、それまではスマホを向けていたギャラリーたちはそれにビビったのか、段々と後退し始めた。それでも後退しない迷惑な猛者たちは警察官に嗜められているようだ。

 (あれ、そのまま入れてたんだ……。危ねっ。あんなん背負ってたら、気づいたら背中がズタズタになってそうなもんなのに。……危ねっ)

有利がそちら方面に戦慄していると、

「走るの速いんだね」

ののは顔を大通りの方へ向けながらも、有利の脚力を褒めた。

「そう?」

それには懐疑的な有利だったが、

「私は俊敏さはあっても、あんなに速くは走れないから助かった。ありがとう」

ののが前を向いたままにっこりするので、

「どういたしまして」

有利は自分も自然とにっこりしたが、それはののには見えていないのかもしれない。

 それが気恥ずかしいので、

「あのおっさんが捕まったら終わりなのかな?」

有利が淡々とした様子を繕ってぽつぽつと呟くと、

「そうだったらいいね」

ののはそう言ってから、カウンターへ向かった。


 有利とののはそのままそこで早めの昼食をとった。マクタは専門学校生の時以来の有利は、専門学校生の時と同じメニューを注文した。

「結構食べるんだね」

一方、ののはビッグマクタLサイズセットだ。ちなみに、飲み物は野菜ジュースだったりする。

「こんなの、アメリカだったらSサイズだよ」

まるで本場アメリカのマクタのセットメニューを熟知しているかのような、そうではなく、ただの思い込みのような、そんな事を言いながらにんまりするののは、やっぱり正真正銘の美少女だ。

 

 食事が終わると、

「私はこれから上の人に報告しに行くね」

マクタの前でののが今後の予定を伝えたので、

「俺は熱中症にならないように注意しながら家でダラダラするね」

有利も同じように伝えた。

「今回は本当にありがとう。これからも、ちゃんと私たちが明日が来るようにするから、有利は安心してダラダラしてね」

すると、ののは有利を見つめながら可愛らしくにっこりしながらも、何だかしっかりした人みたいな事を言った。

(歴史の修正なんて大変な仕事だよなぁ。それをこんなに若い子がやってるとは。俺は世間知らずだな)

有利はそのしっかりさで、自分もまたしっかりしなければいけないような気分になった。


 ののに伝えた通り、有利はそのまま帰宅した。オーライには土曜日に行けばいい。熱中症に気をつけつつも、ただ生きているだけの事のありがたさを噛み締めた。

 それと、巻き戻りつつも結局は進んでいる時間について、これまでは「結局は進むもんな」くらいの感覚でいたが、それがそうとも限らない事を知った。「自分とは関係ない」としか思っていなかった時間の巻き戻りは、実は、ののたちがいなければ永遠に同じ時間の繰り返しになっていたのかもしれない。

(きっと、これまでもののとかののの仲間の人たちが頑張ってくれてたんだろうな。その件について心からお礼を言いたい。言いまくりたい)

そんな事を考えていたら、

(あれだけの美少女なんだ。ののってあの仕事してなかったら、多分、女優とかアイドルとかインフルエンサーとか、そっち系で輝いてたりしたんだろうな。「専業主婦になりたい」とか言わずに、可愛い格好して存分に自分の可愛さを堪能してもらいたいもんだな。時間、ちゃんと進めよ)

今度は全くもって余計なお世話でしかない事も浮かんだりした。

 そうしたら、今日のののの様子が頭の中に次々と蘇ってきた。笑顔も真剣な表情も、首を傾げたところも上目遣いも、マクタでハンバーガーのセットをどんどん平らげていく姿も、最初から最後まで、次から次へと流れた。

(俺が美少女と一緒に過ごすなんてあり得ないと思ってたな。これまでにもなかなかの美少女が学校とか道端にいた事はあったけど、全員素通りだったもんな。人生的に素通り。あれは素通り)

今回は美少女の中でもトップレベルのののといろいろな経験をした。素通りどころか、公園のベンチに並んで座って話をしたり、ファストフード店で並んでハンバーガーを食べたり、一緒に殺されたり、殺した奴を一緒に捕まえたりした。最後の二つは美少女とでなくてもなかなか起こらない事だが、有利にとっては他も同じように、これまでは全部が「全然ない事」だった。

(しかも、ののはただの美少女じゃないんだよ。不思議なところはあるけど、それでもいい子だ。どこがどういい子だったとかは説明できないけど、自然に違和感なく一緒にいられた。何か、俺にとって「美少女」ってのはオプションだったのかな?)

そして、容姿以外をそれなりに知った事で、次にはそんな気持ちになった。確かに、ののは「AIに『中央アジア人の物凄い美少女の画像を生成して』とか命令したら出来上がっちゃったCG」みたいな完璧な美少女だし、どんな仕草をしても、どんな事を話しても、首を絞めて意識を奪う時ですら、明らかに歴然と美少女だ。でも、仕草も話し方も話の内容も、首の締め方も他の事も、美少女とは関係ないところで有利の心に馴染んだ。

(つまり、俺は楽しかったんだな。全部が全部楽しい事ばっかりって訳じゃなかったけど、大筋で楽しかったんだろうな。もしかしたら、これが伝説の「気が合う」ってやつなのかもしれない)

そこで、自分も伝説に名を連ねようとした。

(いや、それは図々しいか。雲の上の宮殿の住人が汚泥に埋まってるゴミを相手にする訳ないもんな。ののがいい子だったから俺みたいなのが相手にしてもらえたんだもんな。あ、あと、俺も巻き戻りを認識できる人だからってのが大きいな。最大だな。それしかないな。それしかないんだろうな。それはもう、そうだろうな)

だが、今度は卑屈になった。非常に忙しい。感情がバンジージャンプだ。

 更に、

(ああ、……初キスしたな)

有利の感情はバンジーのゴムの反動で空高く跳ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る