第8話 束の間の休息

澪は軽く手を上げて応え、桃太郎の方へ歩く。

駅前には誰もいない。小さな屋根付きベンチが、雪に半分埋もれていた。



澪:「ねぇ、少し……座ってもいい?」

桃太郎:「ああ。」


二人は並んで腰を下ろす。

雪の音だけが響き、世界が止まったようだった。

ミオは手袋を外し、冷たい空気を指先で感じ取る。


澪:「桃太郎。……私から見て、あなたって、痛みも寒さも感じないみたいに見える。」

桃太郎:「……感じる余裕がないだけだ。」

澪:「……それでも、止まらないんだね。」

桃太郎:「止まったら、もう戻れなくなる。」

澪:「……そっか。じゃあ今のあなたは、ちゃんと生きてるんだね。」


(少し沈黙)


澪:「でもね――」

雪を踏みしめながら、澪は桃太郎の横顔を見上げる。

澪:「私から見て、あなたはすごく無機質に見えるの。

顔も、声も、目の奥も……全部、どこか“冷たい”。」


桃太郎:「……そう見えるか。」

澪:「うん。でもね、それって――たぶん、怖いからだよ。」

桃太郎:「怖い?」

澪:「感情を出したら、何かが壊れる気がしてるんじゃない?

……だから、平気なふりをしてる。」


桃太郎は黙って雪を見つめる。

その横で、澪がそっと笑った。


澪:「ねぇ、ちょっと試してみようよ。」

桃太郎:「何をだ。」

澪:「笑ってみて。」

桃太郎:「……は?」

澪:「人間って、笑うとちょっとだけ楽になるの。

ほら、こう――口角を上げて、目を細めるの。」


澪が軽く自分の頬に指を当てて、にこりと微笑む。

桃太郎は少しだけ眉をひそめ、ぎこちなく口角を上げた。


澪:「……そうそう。今の、ちょっといい。」

桃太郎:「……意味があるとは思えないな。」

澪:「あるよ。私が、少し救われたもん。」


桃太郎は目を伏せ、何も言わずに立ち上がる。

その背中を見て、澪が小さく呟いた。


澪:「……やっぱり、あなたって不器用ね。」


(遠くでバサラの声)

バサラ:「そろそろ行かないかー!」


澪が笑い、制服の雪を払う。

澪:「うん。じゃあ行こっか。――今度は、もう少し笑って走ろうね。」


無人駅を離れ、澪の運転するピックアップが雪の舞う峠道を走っていた。

助手席の女性は窓の外を見つめ、吐息でガラスが白く曇る。

荷台のバサラは背中を壁にもたせ、風の音をじっと聞いていた。

前方では、桃太郎のバイクが静かに道を切り開いていく。


バサラ:「……雪が強くなってきたな。」

澪:「この先にトンネルがある。抜けたら次の町よ。」


吹雪の中、遠くの木々が影のように揺れる。

時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていった。

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