第6話 人間界と霊界の間

街の輪郭が見えてきた。

かつては大きい観光が栄えていた街だった

人々は妖魔に追いやられゴーストタウン化

看板の文字は風化し、建物のガラスは粉々に砕けている。

しかし、通りの角を曲がった先に――

古びたガソリンスタンドがぽつりと立っていた。


屋根は半壊しており、給油機は雪に埋もれている。

澪はピックアップを停め、息を吐きながら外に出る。

吐息が白く散る中、桃太郎もバイクを止め、辺りを見回した。


澪:「電源が死んでる……コンピュータ立ち上げないと、ガソリン出ないや。」


建物横の詰所には、半開きの扉が雪に押されて軋んでいた。

澪はライトを取り出し、桃太郎に目で合図する。


澪:「中、見てくる。」

桃太郎:「……俺も行く。」


二人は雪を踏みしめながら詰所へと向かう。

鉄製の扉を押すと、**カラン……**と奥で何かが倒れる音。

埃と油の匂いが混ざった空気が流れ出した。


澪は足元の雪を払いながら、

古びた制御盤を見つめる――「生きてるかも」と小さく呟く。


桃太郎は無言で部屋の奥を警戒し、

崩れた壁の隙間に、何かが動いた気配を感じ取る。


詰所のドアが軋みを上げて開く。

澪がライトをかざすと、机の上に埃をかぶった制御盤が見えた。

「給油システム」と書かれた古いパネルのランプは、すべて消えている。


澪:「……これ、電源落ちてるだけかも。」


澪がコードをたぐる。壁際に、ブレーカーのようなスイッチボックス。

「MAIN」「PUMP」「LIGHT」――錆びたラベルが読める。

手袋を外して、“MAIN”スイッチを押し上げた。


――バチッ。


火花が散る。

蛍光灯が一瞬だけ明滅し、低いモーター音が床の下から響いた。

制御盤の液晶がノイズを走らせ、数字がゆっくり浮かび上がる。


澪:「……動いた。」


桃太郎が背後で周囲を見張る。

外の風が詰所の窓をガタガタと鳴らす中、澪は別のボタンを押す。


澪:「“FUEL PUMP ON”。……お願い、動いて。」


一拍の沈黙のあと、

地下から**「ゴウン……ゴウン……」**というポンプ音が伝わってくる。

床下のパイプが震え、微かな燃料の匂いが立ちこめた。


桃太郎(小声):「……何か、動いたな。」


澪は顔を上げる。

制御盤の“PRESSURE”ランプが緑に点灯している。


澪:「これで……給油できる。」


二人が外へ出ると、雪の中の給油機がうっすら光を放っていた。

澪がノズルを握ると、メーターがカチリと動き、

数字が**「0000」から「0001」**へと変わる。


――「チョロ……チョロ……」

ガソリンが静かに流れ出した。


澪:「やった……動いてる。」


澪がノズルを差し込んだまま、メーターを見つめる。

「0007」――数字がゆっくり増えていく。

風の音がやんだ。世界から音が消えたかのように、雪の降る音さえ止む。


桃太郎:「……風が止んだな。」

澪:「……うん。」


(遠くの看板が、カタン、と揺れる)

桃太郎が周囲を見渡す。

誰もいない。けれど――視線を感じる。


澪がふと制御盤の方を見る。

さっき消えていた**「SERVICE」**ランプが、いつの間にか赤く点滅している。


澪:「……ねえ、これ。今、点いた?」

桃太郎:「……いや、見てなかった。」


彼女が一歩近づくと、


古いラジオが、ひとりでに点灯する。


詰所のスピーカーから――「……いらっしゃいませぇ……」

古びた自動音声がノイズ混じりに流れた。


二人は一瞬、呼吸を止める。

外の雪の中で、どこからかタイヤが雪を踏む音が聞こえる。


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