第5話 北の大地へ 後編

静寂。

エンジンの音だけが鳴り響く。


桃太郎は正面を見据えながら、

目だけで周囲を警戒する。


一瞬――風が鳴いた。


「来る。」


次の瞬間、ターボババアが真正面から飛び出す。

笑いながら、――突進!


「ア”ァアアアアア!!!」


桃太郎はアクセルを踏み込み、

走行中のバイクを正面に横倒し!


金属が路面を削り、

火花が炎の帯となって夜を裂く。

ターボババアの姿が真上に――

その刹那、刀が閃いた。


光が走り、

次の瞬間――ターボババアの首と胴が真っ二つに裂けた。


首は弧を描きながら後続車のフロントガラスへ直撃。

「ガシャァァン!!!」

澪のトラックが揺れ、助手席の女性と澪が目を見開いたまま見つめ合う。


胴体は雑巾のように吹き飛び、

車体の下で「ゴドン、ゴドン!!!」と何度も跳ねた。


一瞬の出来事。

外の風はまだ切り裂かれたまま、静寂が戻る。


何事もなかったように――

桃太郎は冷静な顔でトンネルを走り抜けた。


--------

トラックがトンネルを抜け、雪明かりが差し込む。

ヘッドライトの光が乱反射し、フロントガラスに乾いた血の跡が残っていた。


澪はハンドルを握ったまま、動けなかった。

全身の力が抜け、ただ息だけが荒く続いている。

助手席の女性が何かを言おうとしたが、声が出ない。


その時――

澪の手が小刻みに震えた。

握り締めたハンドルに、血が滲んでいるのに気づく。

無意識のうちに、どれだけ強く握っていたのか。


緊張の糸が、ふと解れた。


その瞬間、澪の視界が滲む。

目の奥が熱くなり、唇が震える。

「……はぁ……」と、長く息を吐いた。


遠く、バイクのエンジン音が小さく響く。

その音が、現実へと引き戻す。


澪は涙を拭い、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

雪煙の向こうに、桃太郎のテールランプが赤く瞬いている。


彼女はまだ震えていた。

けれど、その目にはもう、恐怖ではなく――覚悟があった。


トラックは雪の平原に出た。

遠くの空には淡い月が浮かび、

さっきまでの闇と轟音が嘘のように消えていた。


澪はまだハンドルを握ったまま。

緊張の糸が解れ、

肩がわずかに震えている。

息を吐くたびに白い霧が窓に滲む。


「……終わった……の?」


助手席の女性が震える声で呟く。

澪は何も答えず、

ただ前方の光を見つめていた。


雪煙の向こう――

桃太郎のバイクが、静かに止まっている。

テールランプが赤く脈打ち、

まるで“心臓”のように、規則正しく明滅していた。


澪は車を停め、

外気の冷たさに頬を刺されながらドアを開けた。

足跡が雪に沈むたび、

心臓の鼓動が少しずつ戻ってくる。


数歩先で、桃太郎が振り返った。

互いに何も言わない。

ただ視線だけが交わる。


澪の瞳にはまだ恐怖が残っていた。

だが、その奥に――確かな“信頼”の光があった。


桃太郎は何も言わず、軽く顎を引いた。

それだけで、全てを察するように澪は頷く。


雪が静かに舞う。

二人の間を、夜風が通り抜けた。


やがて、桃太郎がエンジンをかける。

再び轟音が響き、赤いテールランプが遠ざかっていく。

澪はその背中を見つめながら、

小さく微笑んだ。


「……ほんと、化け物みたい。」


そう呟いて、再びトラックに乗り込む。

その目にはもう、迷いはなかった。


雪の中を走り続けて数時間。

澪のピックアップの燃料警告灯が点滅し始めた。


「チッ……やっぱり。」


澪がハンドルを叩き、クラクションを短く鳴らす。

前を走っていた桃太郎が振り返り、少し驚いたように減速する。


澪はトラックを横につけ、窓を開けて叫んだ。


澪:「燃料、もうギリ! どっかでスタンド探そう!」

桃太郎:「……(無言でうなずく)」


桃太郎は軽く顎を上下に動かし、“了解”のサインを返す。

澪が前に出て道を先導する形で進む。


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