第15章 魔女の過去

焚火の音だけが、波の音に重なっていた。

ナギ、エイル、そして魔女。三人は焚火を囲み、それぞれの影を地面に落としていた。




魔女は、小さく息を吐きながら、静かに目を閉じていた。


エイルが珍しく静かだ。


これから魔女が何を語るのか興味があって仕方ないようだ。




しばらくの沈黙の後――魔女はふっと微笑んだ。


「私の名はマーリン。五百年前から存在している。」




ナギもエイルも、目を見合わせた。


五百年…もはや想像もできないほどの過去だ。




「私が“魔女”として目覚めたのは18才の時。

この力は、はるか古より代々受け継がれてきた。名は違っても、在り方は 同じ。

 私は、“アネス”という名の大魔導士から、この力を継いだ」




ナギが目を見開いた。


「継ぐって……じゃあ、魔女って、自然に生まれるんじゃないのか?」


マーリンは首を横に振る。


「継承者を選ぶ。

 選ばれた者がそれを受け入れなければ、魔女は“死ぬことができない”」


エイルが声を詰まらせた。


「じゃあ……あなたは、力を奪われて、封印されて、死ぬこともできなかったということ?」


マーリンは静かに頷いた。


「だが、かつてこれほど大量の魔法が使われ続けた歴史などなかった。」




マーリンは目を伏せた。唇がわずかに震え、苦しみに満ちた声音が焚火に消え入りそうに漏れた。




「私は……日々、大量の魔力消費を強いられ、魔女の歴史上初めて、“死”に至 るのではないかと――怯えていた」


「誰にもこの力を継承できず、出がらしになるまで人間に利用されて死ぬ。

それではアネス様にも、歴代の継承者たちにも顔向けができない。

私は……必死に耐えていた。いつか、この海から助け出してくれる者が現れると信じて」


ナギは、小さく息を飲んだ。


「……今は、大丈夫なのか?」


魔女は、ゆっくりと頷く。


「なぜか、魔法の消費量が激減した日があったのだ。

それを機に、私は一気に“解放”に向けて抵抗を始めた」




ナギの脳裏に、グリナスが発令した政策がよぎる。

“週末のみ魔法を禁ずる”――。


「……はは」

「あの施策か。グリナスがビビッて魔法を控えたおかげで……結果的に、君に“余裕”を与えたんだな。皮肉な話だ」




「ところで…」


ナギは、さっき気になったことを口にしてみることにした。


「五百年って言ったよな。……昔の人たちは、どんな暮らしをしてたんだ?」




マーリンは目を閉じ、記憶をなぞるように語った。


「平和とは……言えなかったかもしれない。

王侯貴族だけが力を持ち、教会と錬金術が異様に栄え、異端審問という“人狩り”が横行していた。

不衛生ゆえに疫病が蔓延し、寿命は本来よりもはるかに短かった。

強奪、奴隷制度……残酷すぎる所業を、腐るほど見てきた。」




エイルがつぶやく。


「私たちが習ってる歴史と違うわ。」


マーリンは首を傾げ、少し笑った。


「歴史なんて、その時の支配者が決めるものよ。」


その笑みは、長く人類を見てきたからこその———


どこかあきらめに近いものを感じさせた。


魔女は、ゆっくりと口を開いた。




「そして三百年前、私はある三人の人間に核を奪われた」


その言葉に、焚火の音がひとつ、爆ぜたように聞こえた。


「核を奪われ、封印され、私は世界の魔力製造機となり、

 三つの核を経て人々は魔法を使えるようになった」


ナギとエイルは黙って聞いていた。


魔女の声は淡々としていたが、その奥に押し殺した痛みがにじんでいた。


「三つの核は、それぞれが“中継役”となり、私の魔力を吸い上げた。

そして核から各個人へと魔力が分配される。

魔法は“万人の力”になった。」


ナギの喉が鳴った。

あの奔流のような魔力。それがずっと、彼女一人から流されていたのか――。




「あの黒龍はどうやって生まれたんだ?」




ナギは先ほど限界まで追い回された記憶を思い出し、身震いした。




「わからない。先ほど言ったように過去、これほど大量の魔法が使用された歴史などなかったからだ。」


「もしかしたら…」




ナギとエイルがつばを飲み込む




「魔女の力の根源――私すら理解しきれぬ、“遥か上位の世界”から流れ込む魔力――それを過剰に使いすぎた結果、異次元が限定的に顕現しているのかもしれない」




「…止める方法はないのかしら?」


エイルの問題解決欲が刺激され、使命感にも似た熱をもった言葉だった。




「ある」




ナギが、はっとしたように顔を上げた。

その目には、確かな光が宿っていた。


「……三つの核を取り戻し、次元回帰魔法を発動する」


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