檜扇

「檜扇、ですか」


 間仕切りの内側。

 探偵事務所の中で一番高価なソファーに身を預けて依頼人から渡された資料を確認。

 身なりからして名家の出だとわかるご婦人は札束を積みそれを前金だと差し出した。


「完全な状態であればこの三倍。破損していても二倍は出すわ」


 提示には隙がなく朗らかな笑顔は有無を言わせない迫力があった。


「以前こちらにいらした探偵さんにはとても良くして頂いたの」

「その時は何をご依頼に?」

「珊瑚の髪飾りよ。祖母が仕舞っていた物を日記を頼りに探してもらったの」


 前任の話を出されたら後任として断りづらい。


「だから今回も頼もうと思ったのだけれど、いないのなら貴女にお願いするしかないわね」


 わかってて言ってる抜け目なさに年の功を感じる。


「ちなみに今回の失せモノはどういった代物なんですか?」

「うちの先祖が使っていた物よ。大掃除をしていたら古い文献が出てきたの。本家の何処かに仕舞われていると思うわ」


 つまり髪飾り同様家探しするってわけか。

 敷地内ではあるけどどう考えても中流階級の規模に納まってないだろうし、大金出してまで部外者に依頼する辺りワケありなのは透けて見えてる。

 想像以上に厄介で骨が折れそうではあるんだけど。


「わかりましたお受けします。ですが」


 積まれた札束を数えてその内の一割を自分の方へ寄せる。


「今はこれだけ」

「欲が無いのね」

「前任の探偵と同じ働きができるかわかりませんので。最終的な報酬金額は後任である私の仕事を見てから決めて下さい」

「それもそうね」


突き返されても気分を害することなくご婦人は札束を仕舞っていく。


「大金を出されたらそうするよう教育を受けたの?」

「いえ、これは私個人の判断です」

「そう。何故貴女が後任なのかよくわかったわ」

「というと?」

「前任の彼も同じような対応だったから」


 最後の束がお高そうなカバンに消えてもう一度向き合う。


「いつから始められる?」


 その表情は先程よりも随分穏やかだった。



「すごい迫力ある人だったのだわ」


 奇抜な置物として成り行きを見守っていた生首のエリスが口を開けば緊張の糸が解け、だらしなくソファーに体を預ける。


「もがみいつもあんなのの仕事受けてるの?」

「あんなのって……まぁ、全員じゃないけど一部はそうね」

「すごいのだわ」


 感心するエリスにむずがゆさを覚えて頭をかく。

 素直な言葉はあまり馴染みがなくて困る。


「生首の依頼なんてもがみにとって日常茶飯事なのだわ。だから」

「最初の時落ち着いてたって? そんなわけないでしょ。前にも言ったけど奇妙さで言ったらエリスの依頼がダントツだから」


 見失った胴体探し。すぐに終わると思ってなかったけど想定より時間はかかってる案件。


「けどそれも多分もうすぐ解決だろうけどね」


 さっきの依頼受けたのだって終わりの目途がついたからだ。

 今日の朝探偵事務所の扉に貼ってあった紙を見る。

 そこには誰か宛ての『お探しのモノはコレですか?』の文字が綴られており。


「『今夜0時そちらへ伺います』、ね」


 何者かの来訪を伝える拙い字が書き足されていた。



 十一月二十四日。始業時間すぐ。

 エリスとの別れがすぐ傍まで来ているのを感じた。

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