中天
中天の月。口内に血。
立ってるより遠いはずの空は仰向けの方が近くに感じて。
届くかもと伸ばそうとした腕が全然上がらなくて力なく笑った。
見習い三年目。今から大体七年前。
初めて一人で任された依頼は、盗ったモノを頑なに返さないと豪語する男との殴り合いで幕を閉じた。
依頼人にとっては大切なぬいぐるみでもマニアにとってはプレミアモノのテディベア。
価値のわかる人間が見ればそりゃほしくなっちゃうよね、とは思うけど、いやいや。
だからって盗むのはナシでしょって、逃げた男を追い詰めたのは公園だったか路地裏だったか。
その辺りは曖昧だけど振り向きざま一発飛んできたのは鮮明に覚えてる。
女相手に容赦ない本気のグーパン。
鼻の折れる音が開始のゴングになった。
フッと我に返れば襲いかかる痛みと鉄の味。悲鳴を上げる体の内側。
怒りか悲しみか本能かで無我夢中だった拳が相手をノックアウトしたのかどうか。
視界の端で倒れ伏す男の姿を見れば明らかだった。
ーーもっと穏便に済ませられなかったの?
ゼェゼェ肩で呼吸しながら遅れてきた前任の探偵に、なんて言ったっけ?
「……「先に手を出してきたのは向こうだから」だったな」
思い出し笑いを浮かべ最後の白煙を吐く。
これじゃ生意気って言われても仕方ない。
手当てを受けながら聞いた「君になら全部譲ってもいいかな」が、まさか。
ほんとになるなんて……あの時は夢にも思わなかった。
灰皿にタバコを押し付け残り火を消す。
換気扇を切って蛇口を捻る。水を飲む。
窓のブラインドは閉じたままで、室内から外の様子は伺えないけど。
今日もあの日と同じく、夜空の真ん中に月は輝いているだろうか?
十一月十五日。てっぺん。
エリスの寝息が聞こえるソファーへ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます