菜花

 繁盛期や稼ぎ時とは無縁の職種。

 仕事が一気に舞い込む月もあればほとんどこない日もある。

 今月は少ない方。先月からやってる依頼とエリスの依頼のみ。


「ここかな?」


 生首入りのカバンを肩にかけ直し古びた写真を取り出す。

 写っているのは春を感じる菜花畑。

 目の前のコインパーキングの灰色とは真逆の色彩だった。


 物心つく前に出ていった母親との思い出の場所を探してほしいと男性から依頼を受けたのはハロウィンの三日前。

 赤ん坊を抱く女性の写真数枚と当時の住所、デジカメを受け取った時「本人を探さなくていいんですか?」と珍しく口出ししたのを覚えている。

 対面する機会に恵まれず写真ぐらいでしか顔を知らないと話すからてっきり探しモノはそっちだと早とちりしていた。

 私の疑問に男性はそうですねと肯定してから、何か事情があったとは言え置いていかれたことを未だ根に持っている身で会ったとしても母親を責めてしまうだけだ、と

 年相応のシワを浮かべて困ったように笑っていた。


「だからこれは区切り、キッカケねぇ」


 パシャ、パシャ。

 デジカメでコインパーキングを撮る。

 かつて母親と訪れた場所がどうなっているのかファインダーに納めて渡された写真と一緒に返却すればこの依頼は完了となる。

 人も街並みも時代と共に変わる。

 昔の思い出が思い出のまま今も残っていることは少ない。

 それを見て、自分の気持ちに区切りをつけるか、キッカケにするのか。


 ーー決めたら改めて、母を探してほしいと依頼します。


「複雑よね。親子の関係って」


 私が言えた義理じゃないんだけど。


「どう思う?」

「……わからないのだわ」


 デジカメを確認しながらカバンの中にいる生首に話しかける。

 昨日の人生初? デュラハン生初?

 とにかく夢と思われるモノを見てからエリスはずっとこんな調子だ。

 探してる体が危ない目にあってるのかも、なんて不安を煽るようなこと言った負い目でいつもは留守番してもらう別の依頼に気晴らしの意味を込めて連れ出してみたけど……。


「そっかーわからないかー」


 効果はいまいち。

 普段のお転婆で天真爛漫な様子は心細い気持ちを無理矢理盛り上げていただけなのかも知れない。


「エリスがまだ生きてるってことは体も無事ってことなんでしょ? だったら大丈夫よ」

「……もがみは優しいのだわ」

「そう? 結構適当にしゃべってるとこあるけど」

「こんな怪しい存在の怪しい話聞いてくれるだけで優しいのだわ」

「前にも言ったけどそれはエリスが依頼人だからで、あー、いやっ」


 思い浮かべる。


「私も似たような立場だったことあるから親近感わいてるだけよ」


 話を聞いてほしかった私に耳を傾けてくれた前任の探偵のことを。

 当時のどうしようもなかった私の姿をエリスに重ねていることを。


「……そう」


 少しだけ。声に元気が戻った気がして。

 私達は菜花畑だったコインパーキングを後にした。



 十一月七日。おやつ時。

 帰りに立ち寄った雑貨屋でエリスに似合いそうなヘアバンドを買った。

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