7

 帝都に着く頃には日が傾き、茜に溶けた陽の光が、白亜の城壁を溶かすように照らしていた。

 高くそびえる尖塔の影が街並みに長く伸び、金の双頭鷲の旗が夕風にたなびく。

 広大な庭園にはブーゲンビリアやハイビスカスが濃艶な色を放ち、噴水の水面には暮れなずむ空がやわらかに映っていた。


 サラはその見事な光景にすっかり心を奪われ、思わずレアンドルに声をかける。

「レアンドル様。この庭園をお散歩してもいいですか? とってもきれいです!」

「……あぁ、止める理由もない。好きにすればいい」

「ありがとうございます! レアンドル様って、本当に優しいんですね!」


  ジョセフィーヌは慌ててサラをたしなめた。

「サラ! 立場をわきまえなさい。レアンドル陛下とお呼びするのが礼儀ですわ」

「酷い……! 私が身分の低い母さんから生まれたってことで、そんなことを言うんでしょう?」

 サラは顔をゆがめると、うわぁっと泣きながら庭園の奥へ走り去った。


「ちっ……ジョセフィーヌ様は、ただ常識をおっしゃっただけですのに。あれでは、まるでジョセフィーヌ様が意地悪しているようではありませんかっ!」

  眉を寄せながらココアが小さく毒づく。

 レアンドルに、媚薬の件こそ口にしなかったものの、サラはメイドが生んだの娘であると説明したのはココアだった。

「……なるほど、礼儀を知らぬのも無理はない。ジョセフィーヌ、君の責任ではない。気にすることはないぞ……それより、サロンへ行こう。先ほど相談があると言っていたな。交渉のために来たのであろう?」


  レアンドルはジョセフィーヌを軽くエスコートし、静かに城内へと歩み出した。

 高い天井には金の装飾が施され、磨かれた床に大理石の柱が影を落とす。深紅の絨毯が奥のサロンへと続き、二人は向かい合うようにソファへ腰を下ろした。

 ジョセフィーヌはフロリア帝国からの国書を取り出し、恭しく差し出した。

「こちらをお読みいただければ、私とセルビア王国がどんな立場にさらされているか、おわかりになると思います。

 ……それと、クロード殿下が長らくご体調を崩されていると耳にいたしました。申し訳ありません、少し調べさせていただきましたの。

 もし私の“聖女の力”で癒すことができるなら、それをレアンドル陛下への誠意とさせてください。その代わりに――どうか、フローリア帝国の脅威からセルビアをお守りいただけませんか?」


 レアンドルは手渡された国書を黙読し、しばし沈思した。

 モンタナには以前から苦々しい思いを抱いていた。この機会に一度、牽制しておくのも悪くない。

 もしセルビアがフローリアの属国にでもなれば、調子づいたモンタナがアルセリアへも干渉してくるに違いない――そう思ったのだ。

 それに、クロードのことは以前から案じていた。聖女であるジョセフィーヌに癒してもらえるなら、これほど喜ばしいことはない。


「もとより、フローリア帝国のモンタナには思うところがあった。良い機会だと思う。私が直接赴き話をつけてこよう。二度とセルビアにふざけた真似をさせぬようにな。その間、クロードを頼む。あの子は幼い頃から病に伏すことが多くてな……不憫に思い、つい甘やかしてしまった」

「かしこまりました。誠心誠意を尽くし、クロード殿下を必ずやお元気にしてみせます」

「では、さっそくクロードの部屋へ案内させよう。」

 レアンドルはそう言うと、侍従長を呼びつけ、事の経緯を簡潔に伝えた。

「……というわけで、今すぐにでもフロリア帝国へ対処せねばならぬ……時間が惜しい。侍従長、ジョセフィーヌ王女をクロードのもとへ。私は急ぎ軍議を開く」

 

 侍従長は深く頭を垂れ、まるで跪く勢いでジョセフィーヌに感謝の言葉を述べると、にこやかにクロードの部屋へと案内した。


 ジョセフィーヌと侍従長がクロードの部屋に入ると、寝台の上には誰の姿もない。

  侍従長が首をかしげた。

「はて?……クロード殿下はどちらに行かれたのやら……」


 ジョセフィーヌが周囲を見回すと、庭園へ通じるテラスの扉が目に入った。

 それは開け放たれており、外からかすかな笑い声が風に乗って届いた。


 二人がそちらへ向かうと、クロードはベンチに腰掛け、サラがその隣で寄り添うように微笑んでいたのだった。




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