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「陛下、口調がきつすぎます。ジョセフィーヌ王女殿下が怯えておられますぞ。ただでさえ怖い思いをされたのに、いきなり叱りつけるとは――あまりにお気の毒です。
もとより異国の姫君、この辺りの砂漠に盗賊が出ることも知らぬがゆえのこと。どうか、寛大に……」
レアンドルは、老練な近衛騎士隊長に
一瞬だけ表情を引き締め、すぐにレアンドルはジョセフィーヌへと視線を向ける。
「……あぁ、叱りつけたつもりはないのだが……ジョセフィーヌ王女、大変失礼した。もし私たちが、偶然君の馬車と行き合わなければ、どうなっていたかと思うと、つい冷静さを欠いてしまった。帝都の城で、その交渉事とやらを聞かせてもらおう」
その声は、先ほどまでの厳しさが消えていた。思っていたよりも穏やかな声音に、ジョセフィーヌは胸を撫で下ろす。
レアンドルは颯爽と馬から降り、迷いのない動作で手を差し出した。
「さぁ、馬車に戻って」
剣を握り慣れた大きな手が近づくのを見て、ジョセフィーヌの心臓がわずかに高鳴る。その手に導かれ、彼女は自分の馬車へと向かった。
「しかし……本当にこの馬車はすごいな。魔導馬車自体が高価なものなのに、動力源としてただの魔石ではなく、並外れた価値を持つ宝石状魔石を使っているとは……。これでは盗賊の格好の的だ。しかも、これほど麗しい姫君が乗っているとなれば……危険すぎる。……まったく、今日の巡回がこの道で良かった……」
小さく、まるで自分に言い聞かせるような声だった。その声音の奥に、ジョセフィーヌを案じる気配が滲む。レアンドルはジョセフィーヌが馬車に乗り込むのを丁寧に手伝うと、周囲で待機していた近衛騎士たちに声を張った。
「王女の馬車を中央に、取り囲むようにしてお守りしろ!」
その言葉を聞き、ジョセフィーヌは一瞬でもレアンドルを怖いと思った自分を恥じた。彼の手を離れたあとも、指先に残る温もりがなかなか消えない。
(レアンドル陛下は、私を心から案じてくださったのね。だからこそ、あのとき少し声を荒げてしまわれたのだわ。どうでもいい相手なら、叱るような口調になるはずがないもの……優しい方……)
ジョセフィーヌは馬車のすぐ脇を並んで走るレアンドルの姿に目を奪われていた。 黒髪が風になびき、その流れに合わせてマントの端に縫い取られた紋章がかすかに揺れた。
その凛とした横顔を見ているうちに、頬がじんわりと熱を帯びる。向かいの席に座る専属侍女のココアも、やはり同じように眩しそうにレアンドルを見つめていた。
「ジョセフィーヌ様、ようございましたね。あのようにレアンドル陛下が素敵な殿方で。初めは少し怖い方かと思いましたけれど、心根はとてもお優しいご様子ですわ。それにしても……本当にお若く見えますよね。あの方のお妃様はずいぶん前に亡くなられて、確かクロード皇太子殿下はジョセフィーヌ様より三つか四つ年下でしたでしょう? とてもそんな大きなお子様がいらっしゃるようには見えませんわ。まるで――戦場に咲く、美しき戦神のようですわ」
ココアは楽しげに微笑んだ。ジョセフィーヌも小さく頷きながら、視線をそっと窓の外へ向ける。
すぐ傍らを並んで走る、馬上のレアンドルの姿が見えた。精悍な横顔に、真剣な眼差しが遠くを見据えている。ふいにその視線がこちらに向き目が合い、レアンドルがかすかに口元を緩める。ジョセフィーヌは慌てて視線を逸らしたが、頬に熱が集まるのを感じた。
「ジョセフィーヌ様、顔が真っ赤ですわ。魔導冷却装置のおかげで、車内は適温に保たれているはずですが……。もう少し温度を下げましょうか?」
「ち、違いますのよ。別に暑くはありません。……このままで大丈夫」
胸の奥で、鼓動が静かに波打つ。
(私……どうしたのかしら? 息が……少しだけ苦しい)
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