異世界の大賢者、女子高生に召喚される
テツみン
第一章 大賢者、召喚される
第1話 つまり、師匠は今、暇だとおっしゃりたいのですね?
勉強をしなければならない。仕事をしなければならない――そんなふうに、気持ちが追い詰められると、「何もしない日々が続いてほしい――」誰でもそんなことを望むものだ。
「だがエイドルフよ、人というのは暇に耐えられるほど強靭な生物ではない。何もすることがないと、くだらないことばかりを考えてしまう。そしてそれは、たいてい負の感情を伴うモノだ」
他人に嫉妬し、つまらないことで怒り、見栄を張って傲慢になる。
「これこそ怠惰が大罪である
「――つまり、師匠は今、暇だとおっしゃりたいのですね?」
そう、大賢者、ダグラス・マグナマルは暇を持て余していた――
彼は今年で三百十五歳になる。そう聞くと白髪白髭の老人を思い浮かべるだろう。しかし、彼の外見は若者、それも少し生意気そうな少年のようだった。
「なあエイドルフ、オレのやることはないのか?」
ダグラスが話しかけた相手は、この国の宰相。三代にわたり国王に仕えた大老である。
「やめてください。そんなことを言って、以前、国王陛下の相手をお願いしたら、女性の口説き方なんて教えられたそうじゃないですか? それで、陛下がメイドたちをたぶらかすようになったと、王妃様からさんざん怒られたのですよ。せめて兵法や経済学のような、役に立つことを教えてください」
そうたしなめる白髪の老人に、ダグラスは「それこそ、つまらん」とつぶやく。
「戦術や経済より、異性を喜ばせる術のほうが何倍も役に立つと思うがな――」
「し・しょ・お?」
エイドルフが睨むと、彼はふてくされて、黒の
エイドルフはダグラスの弟子である。彼だけでない。この国にはダグラスの弟子、孫弟子が何人もいる。ひ孫弟子まで数えれば優に三桁を超えることだろう。
「エイドルフ。オマエ、今年で何歳だ?」
いきなり、そんなことを言われるのでエイドルフは面食らう――が、「八十二になりました」とゆっくりと答えた。
「そうか……もう、そんなになるのか……」
物思いにふけるような顔をダグラスが見せるので、彼より数倍老いた姿の『弟子』は、少し笑みをこぼしながらこう語った。
「今年のアーサー王生誕五百年祝賀会を最後に、宰相の地位をソフトフに譲り、隠居するつもりです」
ダグラスは「――そうか」とだけ口にする。
「師匠から教えを授かり、私の人生は幸せでした。師匠、今後も後輩たちを見守ってください」
深々と頭を下げ、退出していくエイドルフの姿を彼は見送った。
ダグラスには不満があった。
こうしてたくさんの弟子を育ててきた。時には自分に匹敵するほどの術者も現れた。だが、自分を超えたと言い切れる人物はいまだに現れない。
なぜなら、自分の持つ魔術、政法、兵法、礼儀作法といった知識を教えても、先に弟子たちがこの世を去ってしまうからだ。エイドルフもダグラスにとって五本の指に入るほどの優秀な弟子であったのだが、結局、老いには勝てなかった。
おそらく、彼の最後も看取ることになるのだろう――そうダグラスは理解している。
それでも、彼は自分の『知』を教え続ける。それを望む者がいる限り――
いずれ自分を超える者が現れ、『大賢者』の称号を譲り渡す日がくると信じて――
ふと気づくと、背後に黒い空間が現れていた。そこに吸い寄せられている。明らかに異常なことが起きているのだが、ダグラスは慌てるでもなくそれを見てつぶやいた。
「ほう……異界にも召喚魔法を行う者がいるらしい」
ダグラスも召喚魔法を研究した時期があった。魔獣召喚を何度か成功したのだが、悪魔召喚の術式を考案したところでその危険性を察知し、研究を中止した経緯がある。
「さて、どうしたものか」
大賢者である自分を召喚しようとする無謀な異界人の顔を見てみたい――と、思う気持ちもある。だが、そこが自分の望むような世界であるとも限らない。消去魔法で対抗すると、あっさりと黒い空間は消えた。
「ふん、この程度か」
そうつぶやくダグラス。少しだけ残念そうな顔をした――が、再び黒い空間が現れると、彼は驚きの表情を見せる。
「ほほう、ちょっとはやれるようだな。なら、遊んでやるとしよう」
彼は胸ポケットから
「ハ、ハ、ハ! 面白い! こんな相手は百年ぶりだ! いいぞ! オレと勝負だ!」
彼の持つ最も強力な結界魔法を詠唱し黒い空間を隔離しようとする――が、その結界が「パンッ!」と音を立てて破裂してしまった。
「な、なんだと!?」
それだけでない! 光る鎖のようなモノが黒い空間から飛び出すと彼の持っていた杖に絡み、空間の中へ引きずり込もうとする! ダグラスは杖を離そうとしたのだが、その手が言うことを聞かない!
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
瞬く間に、彼のカラダは黒い空間の中に消えていった――
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