第11話 レイシア王国の王都へ

 カイトの実年齢に驚いたり、これまでの経歴や後援が高位貴族だという話など、色々と情報過多で目が回り始めた頃、タイミングよく馬車が止まった。

 外を見るとさすが領主のお屋敷だけあって、むしろ小さな城のようで、アーヤは自分の場違い感をひしひしと感じていた。


 思えば、こういう偉い人たちと関わりたくないから平民で、こっそり浄化の旅をしたい! って決めたはずだったのに、初っ端躓いているのはなんでなんだろうなあ……。

 思考が現実逃避していても、現実は容赦なく追い詰めに来る。


「アーヤ、いくぞ」

「はぁい……」


 カイトに支えられて馬車を降りると、さっき遠目に見ても白に見えると思ったお屋敷は本当にお城で使用人と執事が迎えに並んでいるなんてどこの映画!? とアーヤはビビりまくっていた。


 やっばぁ……やっぱし、私は庶民だよ。無理こんな場所にいるなんて。



 ちょっと及び腰になっているアーヤと慣れているカイトに、執事らしき男性が礼をすると同時に、並んでいた使用人たちが一斉に頭を下げた。貴族はこれが普通なのかと思うと、アーヤは自分が平民だとバレたらまずいのでは? と、どんどんネガティブに思考が暴走していく。


「お待ちしていましたカイト様。こちらの方がかのミスルトゥ商会の令嬢でしょうか?」

「ステイル。全くあんまり大げさにするなと言っただろうが。

 そうだ、この女性がアーヤ・ミスルトゥだ」


 カイトに促されて、ようやくアーヤもハッとしてステイルと呼ばれた男性に頭を下げる。


「ミスルトゥ商会、商会長ランデル・ミスルトゥが長女アーヤです。この格好ですので、正式な礼はご容赦くださいませ」


 男性の挨拶に近い形で胸に手を当てて頭を下げるとステイルさんがまじまじとアーヤを見ていた。


「あの、なにか……?」

「失礼しました。お母様に目元がそっくりでいらして、懐かしく思いました。

 さあ、移動までの僅かな時間になりますが、お寛ぎください」


 いつの間にかエスコートはステイルさんに代わり、アーヤとカイトは落ち着いた応接室へと案内された。

 重厚で品良く上品なソファに明らかに汚れているこの格好で座って良いのかと戸惑っていると、ステイルさんに誘導されてそのまま座ってしまった。

 あ、固すぎず、柔らかすぎない、適度な柔らかくてとても良い座り心地。落ち着く。


 メイドが紅茶と軽食の準備を始めると、カイトがステイルさんに検査を行った水の入った木箱を渡した。


「確かに、お預かりしました。もう間もなくアトレ伯爵家当主が参ります」


 そう挨拶して、ステイルさんもメイドさんたちも下がると、ホッと気が抜けた。緊張を解そうと、いただいた紅茶を一口飲むと、ベルガモットでもローズでもない柔らかで甘い香りが鼻孔を抜ける。


「美味しい……香りが優しいのにハッキリしてて」

「それは良かった、当領地の特産で開発中の紅茶なんだ」


 驚いて顔を上げるとシルバーグレーの御髪が渋い、スーツをカジュアルに着こなしている老紳士がにこやかに私を見ていた。

 細身でシュッとしていて、無造作に髪を撫でつけた、スタイリッシュさが普通に立っているだけで絵になるダンディズム!


「あ、あの……」

「失礼、私がアトレ伯爵、ロイドだ。カイト殿、依頼の完遂と井戸の水の調査感謝する。

 ミスルトゥ商会ご令嬢アーヤ嬢、ご協力感謝する。」

「こちらこそ、大変失礼しました」


 慌てて立ち上がって頭を下げると、カイトが苦笑しながら手を取ってくれた。


「アーヤ、気にするな。どちらかと言うとオレたちが無理を言って来てもらっているんだ」

「そうは言ってもさあ……」


 困ってカイトとアトレ伯爵を見ると、伯爵も優しく首を振ってカイトの言葉を肯定してくれて、ありがたい半分申し訳ない半分でそわそわしてしまう。貴族と言っても下位貴族である準男爵、男爵、子爵であれば割と平民とも近く、それでも子爵になるとやはり平民よりも大分偉い感覚がある。

 その上が伯爵、辺境伯、侯爵、公爵となり、高位貴族は下位貴族とは一線を画す。つまり、平民からすれば殿上人なのに平然とするなんて無理です!


「カイト殿、アーヤ嬢はちゃんと教育を受けている方のようだから、そうは言っても難しいだろう。とは言え時間がないので、申し訳ないがアーヤ嬢、色々理解できないこともあると思うが、一旦飲み込んで欲しい。

 貴方にとって悪いようにはしないとアトレの名に誓って保証する」

「わ、分かりました。その様に仰っていただき、ありがとうございます」


 貴族が家の名──誇りそのものである家名に誓うというのは最上級の保証だ。もちろん口約束にはなるけど、家名をもって誓ったものを破るのは非常に不名誉になるから、高位貴族ほど絶対に守る。

 それだけ重い誓いをするということは、それだけ状況が深刻な証拠でもあるので重い。


「ゆっくりと話でも、と言いたいが時間がないのも事実でね。2人とも私について来て欲しい、このまま転移魔法陣へ行こう」

「かしこまりました」

「伯爵、王都の方は?」

「ミスルトゥ商会の支店にも連絡済み、必要なものは全て用意すると」

「そうか、助かる」


 話ながら、伯爵邸の中を進む。長い廊下は閑静で上品だけど全て同じように見えて、何度か曲がった頃にはすっかり自分の位置を把握できなくなっていた。


 そっか、さすがに転移魔法陣は極秘情報だから、覚えにくいように工夫されているんだな。

 商人や冒険者はどうしたって無意識に位置把握しようとするから、無言で止めろって分からせる手法ってさすがだなぁ~。


 なんてアーヤは関心しきりで、開き直って気にせずついて行くことにした。

 それよりも王都の商会の支店が準備をしているなら、多少ヤバい状況であっても魔晶石や浄化薬は問題ないだろうけど……。問題になるのは瘴気の発生源がどこか特定できているかどうか。深刻な状況が生まれているとしたら、恐らくは平民が簡単には行けない場所なんだろうと推測できてげんなりしてきた。

 王家関連、王宮なんて開いた場所じゃなくて、プライベート部分とか国家秘密系な場所、または軍事関連。

 うん、あんまり関わりたくないなぁ~なんて考えていたら、いつのまにか下り階段だった。


「アーヤ、考え事しながら歩いてると転ぶぞ」

「そこまで子供じゃないし!」

「ほら、いいから足元暗いから気を付けろ」


 本当に意外と暗くて、不本意だけどカイトの手はありがたかった。悔しいから言わないけど!

 たった数日、なのにこの手は安心できるって信じてしまっている。悪意はないし、誠実に対応してくれているし、契約もちゃんと結んでくれているから、本当に安心なんだけど。

 ……私は行商人として、ちゃんとやれているんだろうか? 知り合ったばかりのカイトに頼り過ぎじゃないかと、少し不安になる。

 王都の支店は確か、お父さんの二番目の弟、ダイナス叔父さんが取り仕切っているはずだから相談しよう。


 階段を下った先の部屋が、転移魔法陣の設置された場所だった。

 神秘的というよりは厳か、そして多数の騎士と魔術士が見守っている厳重な部屋の真ん中に数段の階段で登るステージのようなものがあった。

 迷うことなくそこに上るカイトに手を引かれて、アーヤもおずおずと緊張しながら上る。


「アーヤ、距離のある転移は負担が大きいから目を閉じておけ」

「分かった」

「カイト殿、アーヤ嬢、王都をよろしく頼む」


 アトレ伯爵の言葉と共に、めまいを起こした時のような頭が揺らされているような感覚に襲われ、立っていられない。ぐるぐるして意識が飛びそうになる中、カイトが支えてくれたような、気がした。

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