第11章 風邪のようなもの

2021年 春




本部での勤務にも慣れてきた休日の朝。

カーテン越しの光が、穏やかに部屋を照らしていた。



テレビでは子ども向け番組が流れ、

リナはソファの上で毛布にくるまりながら、ぼんやりと画面を見ていた。




「リナ、朝ごはんできたよ。」



ユイが皿を並べながら、明るく声をかける。

しかし、リナは小さく首を振った。




「いらない……。」


「また? 昨日もほとんど食べてないじゃない。」




シュンは新聞を置き、眉をひそめた。



「まだ熱あるのか?」

「三十七度ちょっと。風邪だねぇ。」



ユイは笑って言う。



「子どもは風邪ひくもんだよ。ほら、保育園でも流行ってるって言ってたし。」




だがシュンは、どうにも引っかかっていた。

リナの唇が少し白く、息が浅い気がした。




「もう一週間以上だぞ。さすがに長くないか?」

「まぁ、咳も出てないし。ほら、昨日なんてお絵かきしてたじゃん。」

「でも……顔がちょっと、青白く見える。」


「シュン、心配しすぎ。」



ユイは笑って、毛布をかけ直した。



「あなた最近ずっと現場ばっかりでしょ?疲れてるんだよ。

 リナのことまで過敏になってる。」




「……それでも病院には行っておこう。」

「えぇー? 日曜だし混むよ? インフルの子とかもいるし、逆にうつるって。」


「構わない。何かあってからじゃ遅い。」



声が思わず強くなった。


ユイが目を瞬かせる。



「…う、うん…そんなに言うなら行こうか。」

仕方ない、というように小さく笑った。




リナは母の腕に抱かれたまま、うつらうつらとまどろんでいる。

その小さな胸が上下するたび、

なぜかシュンの胸の奥が、微かに痛んだ。



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