第12話:黒歴史、今日も増量中
「はぁっ!」
真夏の太陽が頭上でギラギラと暴れてて、通りの人たちはみんな顔が死んでる。
動物でさえ日陰に逃げ込むレベルの暑さだ。
「ああもう……あとどのくらい登るの……」
あたしはたまらず木陰に避難する。
「男だったらもう服脱いでるわ!」
紗矢がうちわで風を送りながら叫ぶ。
そう、今日あたしたち四人は――休みの日に――なんと――登山!
しかも、こんな雲ひとつない灼熱の中で!
「天気予報、全然あてにならないじゃん……」
隼人は息を切らしながら言う。
「はぁー……はぁー……」
綾音はすでに喋る元気すらなかった。
「ちょっと待って、あんたバレー部でしょ? なんでそんな体力ないの!」
あたしは笑いながらつつく。
「それより、誰だよ登山行こうって言い出したの?」
隼人が日陰に滑り込みながら言う。
「……わたし」
綾音が手をゆっくり上げるけど、途中で力尽きて手が落ちた。
「はぁ……」
紗矢はため息をつきながら、近くの水場に綾音を連れていった。
顔を洗わせようとしてるらしい。
「ちょっと休もう。ほんと無理なら引き返そ。」
紗矢が水をすくって綾音の頬に当てながら言う。
「体力ないくせに登山誘うなよー!」
紗矢がぼやくと、綾音は水を顔にかけながら小さく答えた。
「……ダイエット。」
「出た! だから言ったでしょ、甘いもん控えろって!」
あたしは即座に突っ込む。「ほら後悔してるじゃん!」
「いや、真尋たちも見たけどさ、この前体重計……」
隼人が口を開いた瞬間、紗矢の視線が刺さる。
「言ってみろ。転がして下山させてやる。」
冷たい声で。
「気をつけろよ。怒ると熱中症よりヤバいから。」
あたしは苦笑して日陰に座る。
「……もう下山しようぜ。運動なら別のとこでもできるだろ。」
隼人の提案は妙に説得力があって、
あたしたち三人は即決で山を降りた。
「てかさ、あんた全然太ってないじゃん。」
千紗があたしの周りをくるくる回りながら言う。
バイト中、あたしはこの前「ダイエットする!」って言ってしまったのだ。
「黒くなっただけ。」
凜がぼそっと言う。その口調には妙な説得力がある。
「は!? どこが!? 日焼け止め塗ったし!」
あたしは慌てて腕を見て、鏡の前にダッシュ。
「千紗、押さえて!」
「はいはい。」
千紗が凜の手をがっちり掴んで動けなくする。
「ちょ、ちょっと待って! 冗談だったってば!」
凜が必死にもがく。
……うん、この感じ。
ほんと、うちの店長といい勝負だわ、この女。
あたしは凜のメイクを見てふと思いつく。
「よし、今度はあたしがメイク直してあげる。」
ペンを手に、ゆっくりと近づく――
まるでホラー映画の幽霊が主人公に迫るみたいに。
「口、塞いどいて。」
「了解。」
その瞬間――。
「チリン――」
ドアのベルが鳴って、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませーー!」
三人とも反射的に声をそろえたまま、
動きを止める。
「え、あの……」
客が目をぱちぱち。めっちゃ気まずい空気。
「す、すみませんっ!」
千紗が叫んで凜を解放する。
「こちらでご注文お願いしますっ!」
凜が即座に笑顔でカウンターへ。完璧な切り替え。
「この件、あとで覚えとけよ。」
あたしは小声で呟いて、
凜は青ざめた顔でぺこぺこ謝った。
「ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げながら、なぜか胸元のボタンを外す凜。
「ちょ、なにしてんの!?」
思わず叫ぶあたし。
「謝るときは誠意を見せろって聞いたことあるの♡」
……誘惑するな!
「よし、続けろ!」
千紗が背後から現れてスマホを構える。
「パシャ!」
……が、すぐ画面を見て舌打ち。
「チッ、なにも映らないじゃん。」
その一言で、凜の表情がピキッと変わる。
「ちょっと千紗、今なんて言った!?」
そう叫ぶと同時に、千紗は階段をダッシュ。
「あたし、レジ見てるね。」
と、冷静に言ってから
後ろで「ドタドタドタ!」と走る音。
「……このカフェ、ほんとカオスだな。」
あたしは呆れながらも笑っていた。
学校でも、最近の話題はずっと「どうやって痩せるか」。
「紗矢、あんた別に太ってないでしょ。」
あたしは言った。
正直、四人の中で一番バランス取れてるのは彼女だと思う。
でも、彼女はいつもの毒舌を封印して、ちょっと暗い顔で言った。
「昨日お風呂入ったとき、腹に二段あったんだよね……」
隼人が気まずそうに笑う。
「でも、服着てたら全然わかんないけどな。」
明らかにフォローしてるけど、効かない。
「前はなかったのに……」
どんどん落ちてく紗矢のテンション。
「おい!」
あたしは声を張り上げて、自分の腕をつまむ。
「少なくとも“二の腕ぷよぷよ”よりマシでしょ!」
「うわ、やめてその言葉。」
「励ましてんのに、引くなよ!」
綾音を見ると、無言で微笑んでたので、
あたしはつい頬を両手でつまむ。
「この顔見な! 可愛い子が落ち込んでるとか贅沢すぎ!」
「い、痛い……なんであたしの顔……」
「綾音は可愛いからいいけど、あんたはね……」
紗矢があたしを上から下まで見て、
「痩せなきゃ川人さんに相手されないよ。」
「は? 喧嘩売ってんの?」
眉を上げるあたし。
「ストップ!」
隼人が間に入る。
「話それてるから!」
「……あたしはね、一真が夏休みに帰ってくるから、
その前にちょっとでも綺麗になりたいの。」
綾音はそう言って、照れたように笑う。
「じゃあ真尋は? 」
紗矢がニヤリとあたしを指す。
「どうせ川人さん目当てでしょ?」
「ち、違うし……!」
「じゃあ理由は?」
「えっと……カフェの制服、ちょっとキツくなってきて……
もし胸が……」
「ストップストップ! 俺も男なんだけど!」
隼人が慌てて手を振る。
「あ、ごめん。つい女子トークのノリで。」
あたしは苦笑する。
「……じゃ、あたしも真尋と同じ理由。」
紗矢はあたしと自分の胸を交互に見て小声で言う。
「大きくならないくせに、服はきついって何。」
「ほんとそれ。」
あたしは綾音の胸をチラッと見てつぶやく。
「むしろ羨ましいよ。」
紗矢が代弁するように言う。
隼人はすでに視線の置き場に困ってた。
そりゃそうだよね。女子の会話、刺激強すぎる。
「運動なら学校のグラウンドでできるだろ。」
隼人が話を戻そうとする。
「一日一時間歩くだけでも違うって。」
「もう器具買ったよ。」
綾音が言う。
「え? 家でできるやつ?」
「うん。ヨガマットとか、腹筋ローラーとか。」
「いいねそれ!」
あたしは感心して頷く。
「……あたしの家でやるとしたら、
絶対途中で昼寝する。」
紗矢がぼそっと言う。
「怠けない女は、美しくなるの!」
あたしは指を突きつける。
「美しくならなくていいし。」
「その次の言葉、言ってみ? 命知らずになるよ?」
冷たい声で返すと、紗矢は肩をすくめて黙った。
土曜日、三人でスポーツショップへ。
隼人は彼女(学姐)とデートらしいのでパス。
ま、恋の応援は大事だからね。
「綾音の部屋で寝ればよかったのに。」
出かけるとき、あたしは紗矢に聞いた。
「この前、夜中まで一真と電話してたんだもん。寝れなかった。」
「時差あるからね。」
あたしは納得した。
綾音、完全に恋愛脳だ。
「だって、あっちも都合合わせてくれてるし。」
綾音は照れ笑い。
「まあ、好きなら仕方ないよね。」
あたしは茶化す。「生きるモチベが愛とは、青春だな〜。」
「でもね、ちゃんと理由があるの。」
「理由?」
「“一から十の中で数字を選んで、
同じ数字だったら付き合おう”って。」
「じゃ、違ったら?」
「友達のまま。」
「はあ!? なんだそれ!」
頭の中で「謎ルール」って文字が点滅した。
紗矢が何か言おうとした瞬間、
あたしは慌てて口を塞ぐ。
「な、なにすんのよ!」
「刺激するな。綾音怒らせたらめんどい。」
だって彼女、本気で彼のために人を殴った過去あるし。
「そこまでじゃないって……」
綾音は苦笑いしながら足元を見た。
「で、その数字、もう聞いたの?」
「まだ。彼、簡単に答えさせてくれないの。」
「チャンス一回だけってやつだな。」
あたしは空を見上げながら言う。
「わー! 当たってる!」
綾音が笑顔で振り返った。
その日の午後、店に戻ると
床にドンと大きな紙袋。
「……なにこれ。」
千紗が目を丸くする。
「スポーツ用品。ちゃんと使うもん!」
あたしは服を畳みながら言う。
「無駄にしないようにね。」
凜はカウンターで看板の文字を書いていた。
「そんなわけないでしょ! 一万もしたんだよ!?」
「そういえばさ、真尋。」
千紗が思い出したように言う。
「川人さんと、まだ連絡とってるの?」
「うん。メッセージはたまに。」
「電話は?」
紗矢が首をかしげる。
「なんか忙しそうだし。空いたとき返してくれればいいかなって。」
「……悟りの境地。」
凜がぼそっと言う。
「看板書け!」
あたしはすぐ突っ込む。
凜は舌を出して笑いながら黙った。
「で、川人さんってどんなタイプが好きなんだろ。」
綾音がスイーツケースを覗きながら言う。
「あ、まだ聞いてないや。」
「ちょっと見せて。」
千紗があたしのスマホを取ってチャットをスクロール。
「……やっぱ悟りの境地。」
また言われた。
「そこまで言う!? いきなり“好きですか”なんて聞けないでしょ!」
「なんで?」
紗矢がさらっと言う。
「……勇気が……ないの。」
あたしは正直に答えた。
「ふ〜ん。」
「真尋。」
綾音が小声で言う。
「なに?」
「……弱っ。」
「開店準備しまーす!」
千紗が空気を切った。
その日、一番最初の客は――川人さんだった。
しかもスーツ姿。
あたしと綾音、紗矢は顔を見合わせて笑う。
「か、川人さん!?」
凜に背中を押されて、あたしはカウンターへ。
「おはようございます。」
「いつものを。」
「内用ですか?」
「うん。千紗さんにいつものセットお願い。」
え、待って、あたし今日ドリンク担当!?
助けて凜!
「小千〜、“大黒さんセット”だって〜!」
凜が笑いながら言う。
「はーい!」
「真尋ちゃん、ドリンクお願いね。」
「了解!」
川人さんはカウンター席に座って、静かに待ってた。
……なんか今日はやけに近い。距離感が。
凜がこっそり肘でつついてくる。
「行け行け。」って顔。
「無理! 仕事中!」
「チャンスは今しかないの!」
「なにしてんの、あんたら。」
千紗が背後から現れる。
「ニュートン曰く、“熟したリンゴは自分で落ちる”。」
凜が意味不明なことを言う。
「ぶっ……!」
紗矢が吹き出して、綾音に紅茶を噴きかけた。
「ちょ、ちょっと! お客さんに当たったじゃん!」
あたしは慌てて拭きに行く。
そのとき、千紗が何気なく川人さんに聞いた。
「今日はどこ行くんですか?」
「婚紗の撮影です。アシスタントが風邪で、一人足りなくてね。」
「へぇ〜、それはラッキー。」
千紗がニヤッとして、あたしの腕を掴んだ。
「ここに一人、ちょうど暇そうなのが。」
「え、いや、あたし撮影とか無理だから!」
「物を運ぶだけ。」
「店長もOKだって〜!」
……また罠だ。完全に罠。
車の副座席。
隼人の車とは違って、静かで大人の匂いがした。
「眠かったら寝てもいいよ。けっこう距離あるし。」
「大丈夫です。」
「音楽、流していいよ。」
彼がコードを渡す。
あたしはスマホを繋いで、自分のプレイリストを再生。
……ドキドキする。なんでこんなに緊張してんの。
後部座席を見ると、二人とも爆睡。
やっぱ寝たか。
「着いたら、荷物持つの手伝ってもらうね。」
「はい!」
いつの間にかまぶたが重くなって、眠りに落ちた。
目を覚ますと、車が止まってた。
目の前にはリゾートホテル。
ヨーロッパみたいな庭と建物。
「撮影はここで。」
川人さんはフロントでカードをもらって戻ってきた。
「今日は長くなりそうだから、
これレストランのカード。
こっちは部屋のキー。自由に使っていいよ。」
「……いいんですか?」
「うん。終わったら連絡するから。」
そして、あたしに視線を向けた。
「真尋、本当に手伝うの?」
「もちろん。」
「じゃあ行こうか。」
撮影現場は、幸せそのものだった。
ウェディングドレスの新婦、笑顔の新郎、
そして、それを撮る川人さん。
真剣な顔なのに、どこか優しい。
休憩中、彼があたしの肩のベルトを引っ張った。
「それ、外していいよ。重いでしょ。」
「え、背負ったままでいいと思ってました。」
「ごめん、言い忘れてた。」
彼はしゃがみ込んでベルトを調整してくれた。
「これで少し楽になるはず。」
「ありがとうございます。」
また撮影が再開して、
今度は庭園でのツーショット。
二人の幸せそうな笑顔を見ながら、
なんだか胸がじんわりした。
「……羨ましい?」
彼がふいに聞いた。
「ううん。でも、幸せって伝染するんですね。」
「ふふ、いい言葉だね。」
沈黙。
そして――。
「あの、川人さん。」
「ん?」
「前の彼女、まだ……忘れられないんですか?」
一瞬の間。
「……ああ、そうだね。」
あたしは俯いて、手をもじもじさせる。
「じゃあ……あたしが、好きになってもいいですか?」
彼は少し笑って言った。
「本気?」
「……うん!」
「そっか。」
柔らかい笑み。
――そのとき。
あたしのスマホが鳴った。
近くの植え込みの向こうで、
見覚えのあるシルエットが電話を取る。
「店長!?」
『よく見破ったわね、真尋! 偽装完璧だったのに!』
そう言って電話を切り、走り去っていった。
川人さんも苦笑い。
「ほんとに君の知り合い?」
「……時々、敵です。」
その夜、レストランで紗矢と綾音は
「ダイエットは明日から!」と言いながら
デザートを頬張っていた。
「太らない体質って最強〜。」
綾音は笑う。
「まあ、今日はご褒美!」
あたしも結局ケーキを取って座る。
翌日、カフェ。
「昨日の話、ほんとに言ったの?」
千紗が驚いた顔で聞く。
「うん……多分、言った。」
「ねえ、これ見て。」
千紗が店長のスマホを持ってくる。
そこには――。
(映像)
『川人さん。前の彼女、まだ忘れられないんですか?』
『……ああ。』
『じゃあ……あたしが好きになっても、いいですか?』
『本気?』
『うん……!』
『わかった。』
――映像、終了。
「早見詩織ぃぃぃ!!!」
店内にあたしの悲鳴が響いた。
……そして、あたしの黒歴史は、
また一つ増えたのでした。
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