第5話:カフェと年越しと、はじまりの予感
一週間たってからやっと三人に年越しどうするのか聞くのを思い出して、学食で一緒にお昼食べてるときに急いで聞いた。
「バレー部の人たちがご来光見に行くらしいよ。」――やっぱり隼人には予定がある。
「じゃあ二人は?」あたしは綾音と紗矢を見る。
もし二人も予定あるって言うなら、あたしは店のほうに行こうと思ってた。
「別の学部の子に誘われたけど、断った。」と紗矢。
あたしはそのとき思った。ほんっとこの子は桃花だだ漏れだなって。どこからそんな人たち湧いてくるの。
「じゃあ予定ないってことでしょ。」あたしはもう一回確認する。
「No!」彼女は首をぶんぶん。
「わたしは家かな。」綾音が言う。なぜかあたしは綾音こそ外に出そうなタイプだと思ってたのに。
だって綾音が出かけるところって、学校かカフェか、あたしたちが一緒のときくらいで、よっぽどじゃないと他行かないし。
「だよね~。」紗矢がすかさずいじる。
「行くとこないんだもん。」綾音はそう言ってお弁当に戻る。
「てかなんで急に聞くの?」隼人が口に物入ったまま喋るから、何言ってるかちょっともごもご。
「あのね、店が年越しで朝まで開けるっぽくて。みんな予定ないなら、あたしバイト行こうかなって思って。」あたしは彼を睨んでから答える。
あたし、くちゃくちゃ食べながら喋るのほんっっっと無理。口の中に残ってるのに喋るのも無理。音も無理。気持ち悪い。
「朝まで?」綾音が首をかしげる。
「オーナーの友だちが帰ってくるから、お店でパーティーするんだって。」あたしがそう言いながら、綾音の口元にケチャップがついてるのが気になってそっちを見る。
「藤堂さんほんと……」紗矢がティッシュを一枚取って拭きながら言う。「なんか楽しそうじゃん。」
「紗矢も行きたいの?」綾音が横目で聞く。
隼人はそれを聞いた瞬間、ごくっっと飲み込んで「時間そんなに遅くなかったら俺も行けるけど。」
「あしたバイトのとき聞いてみる。営業扱いになるから、多分入れると思う。」あたしはそう言った。
「じゃあ連絡待ってる。」紗矢は別のティッシュを隼人に投げる。顔にソースついてたから。
大事なこと聞くの忘れたりしそうだったから、あたしはノートにちゃんと書いておいた。で、その日の出かける直前に、ちょうど紗矢がドアをノックした。
「またなんか持ってきた?」あたしがドア開けながら聞く。
最近この子、綾音のとこ行くのが一番多い。行ったら何か食べさせるか、あの家でだらだらしてるかのどっちか。
「今日は綾音と出かける。」靴を脱ぎながら言う。「真尋はバイト?」
「うん。」あたしは答えて、すぐ出た。
どこ行くかなんて聞くまでもない。どうせ夜には店で会うから。
「はやっ!」
いつもあたしたちは裏口から入る。千紗がしょっちゅう表の鍵を開け忘れるから。今日もそう。
「おはよー。」あたしは笑って返す。
「おはよーっていうか、もう“こんにちは”のほうじゃない?」って千紗は大きく伸びをした。
「まだお昼前でしょーが。」あたしは笑って店に入る。
「言われてみれば。」って言いながら、彼女も中に。
「めずらしー。」千紗がレジを整えてる途中で急に言った。
「なにが?」あたしはテーブル並べてたから振り向かなかった。
「この時間になっても凜が来てない。」
時計を見る。十時半。たしかに遅い。
ふつう凜は九時には店に来てる。だから鍵も持ってるし、なによりオーナーと千紗を叩き起こす係でもある。
「連絡来てた?」あたしは振り向く。
「ない。グループにも何も。」千紗はスマホを取り出す。
「まさか……」あたしはイヤな想像をした。
「そのコワい想像しまう。」千紗がすぐ横で低い声を出す。
「……はい……」あたしは思わず震えた。
「そのクソ早見詩織どこにいんの!」
数分後、凜が裏からバーンと入ってきた。髪がちょっと乱れてるから、ぜったい急いで来た。千紗が上の階を指さすと、凜はすぐさま階段を駆け上がる。
「あの人本名で呼ぶとオーナー怒るからね!」あたしもなぜか小声。
「さぁね、たぶん姉ちゃんがなんか頼んだんじゃない?」千紗も同じく小声で答える。
「だいたい準備できた?」それから彼女はふつうの声に戻って店を見回す。
「おっけー。」あたしもさっと確認。
「ちぇっ!」急に彼女が声を上げた。
え、なに、と視線の先を見るけど、特に変なとこはない。
「どしたの?」
「牛乳飲むの忘れた。」めちゃくちゃ気の抜けた声で言う。
あたしは心の中で十回くらいツッコんでから、奥の椅子に座って時間を待った。
「開店時間は開店時間。例外なし。」――これはオーナーの鉄の掟。
前に客がめっちゃ早く来てたことがあったけど、オーナーは冷たく「まだ時間じゃないので、待たせておいて」って言い切ったからね。
「朝ごはん食べた?」千紗がふいに聞く。
「まだ。」あたしはドアのほうを見たまま答える。
「なんか食べる?」
「まだお腹すいてないから、先に食べていいよ。あとであたし見るから。」あたしは向き直って言う。
凜はしばらく降りてこなそうだった。上からドンドン音がしてたし、何してんだか。
「じゃあお昼にしよ。ベーコンとチーズ今日中に使わなきゃ。」彼女はパッケージ見ながら言う。でもなんか違和感あるんだよな。
彼女が背中向けたすきに、あたしはパッとパックを取って期限を見る。「今日まで?」
「そーだよ……ん?」振り向いたら、あたしのニヤニヤ顔と目が合う。
さっき見たけど――まだ期限、全然ある。ほんとこの人。
「んん?」彼女がパッと取り返してもう一回見る。
「うわー。」こんな表情するの初めて見た。ちょっと可愛い。
「お昼どうする?」あたしは話題を変える。
「オムレツとハンバーグ……」ベーコンとチーズ見ながら小声で言う。
「どのみちもうすぐ使い切るし問題ないでしょ。」あたしが言うと、彼女はちょっと泣き笑いみたいな顔になって、
「真尋サイコー!」って後ろから抱きついてきた。あやうくそのまま空気に最敬礼するとこだった。
開店時間から三十分くらいたって、やっと凜が仕事を始めた。
「お待たせー。」凜があたしの後ろから言う。ちょうどあたしはお客さんの注文を取ってたところ。
でもその声は、さっき朝からキレ散らかしてた人と同じ人とは思えないくらい、いつもどおりだった。
「キャラメルマキアートのアイス、ワン。」注文を言って、持ち込みのカップを凜に渡す。
「割引してあげてねー。」彼女が受け取りながら言う。どうやらほんとにもう機嫌は直ったらしい。
お客さんを送り出してから、あたしはすぐ聞いた。今朝なにがあったのか。
「昨日の夜さ、オーナーからLINE来て。」凜があたしの横に立って続ける。「朝イチでこの店のエッグタルト買ってきてって言われたの。でも行ったら“うちエッグタルトやってませんけど”って言われてさ。」
「え、じゃあなんでその店じゃなきゃダメって言ったの……」あたしは考えかけて、彼女の目を見て悟った。
イタズラ、か。
「それはさすがにお仕置き案件。」あたしはうなずく。「おつかれさまです。」
「おかげで朝ダッシュだったんだから。」またぶり返して怒るかと思ったけど、そうでもなかった。
「真尋も気をつけな。オーナーに“これ買ってきて”って言われたら、だいたいロクなことないから。」凜はまじめな顔で言う。
「あ、そうだった!」そこでやっと、本来の用件を思い出す。
「なに?」急にあたしが真顔になったから、凜が首をかしげる。
「年越しパーティーのとき、友だち連れてきていいか聞くの忘れてた。」そう言って、あたしは早歩きでストックルームへ。
「すぐ戻るー!」って言いながら。
オーナーって実年齢いくつなんだろってほんとに思う。見た目は落ち着いてるのに、行動がぜんぶ読めない。
「オーナー……」
ストックルームのドアのとこに来たら、オーナーが床にひざまずいて、なんか祈ってるみたいなポーズしてた。
「ん。」そのままの姿勢で返事する。
「年越しのパーティーって営業扱いですか?」あたしは余計なほうを聞かずに本題だけ。
「そう。」
「じゃあ友だち来てもいいですか?」モニターのほうを見る。なんかガチャ回してるみたいな画面。
「真尋って運いい?」オーナーが急に聞く。
「え、うーん……ときどき?」あたしはちょっと考えてから答える。
オーナーはシュッと立ち上がって、あたしのほうにずいっと近づいた。
「じゃ、価値を証明する時間だね!」
「えっ?」意味わからないまま、あたしはそのままPCの前に座らされた。
ゲーム画面をぼーっと見るあたし。「これ、なにするんですか?」
「簡単。――」オーナーはあたしの手をマウスにのせて、自分でカーソルを回してボタンの上に置く。「これを、ポチ。」
「いやオーナーが自分でやればよくないですか。」この状況、もはやヤバい以外の言葉が見つからない。
「真尋のこと信じてるから。外したら今回は給料から引いとくね。」ぽんぽん、と背中をたたかれる。
「え?個性強すぎない!?」あたしはオーナーを見つめる。目がマジだから怖い。
「は・や・み・し・お・り。」この声は――救世主!
オーナーはゆっくり首を回して「なにかしら?」
「また変なことしてない?」凜が腕を組んで、完全に「生徒がタバコ吸ってるの見つけた先生」みたいな顔で見てる。
「別に?真尋にガチャ回してもらおうとしただけ。」
「ふーん。」凜は一声返して、そのまま中に入ってくる。「そんなの簡単じゃん。」
「ダメ!真尋は下に戻って!」オーナーがあたしの手がもうマウスから離れてるのに気づいてない。
「カチッ。」凜がすばやくクリック。
ガチャのカプセルが、銅。たぶん一番下。
たしかにオーナーの顔はめっちゃしょっぱくなった。
あたしと凜はそろって吹き出したけど、そのうれしい空気はすぐ終わった。
「ごほっ、ごほっ。」後ろからタンを切る音。
一瞬で低気圧。
「レジは最低でも一人残しとけって言ったよなあ。三人とも命いらないわけ?」
たぶんあたしたち三人、同時に目を見開いたと思う。
店のルールで一番大事なのは「レジは空にしない」。これ誰が決めたか、もう分かった。
「三つ数えるからね。」千紗が言った瞬間、あたしと凜は全力疾走でストックルームから飛び出した。
「いい?店のルールはマジで大事だから。千紗そこ一番うるさいから。真尋、反応早くて助かった。」凜が後ろを見て千紗が来てないのを確認してから小声。
「あの人最初から“3”って言いそうだったから走った。」あたしもすぐに返す。
凜は尊敬のまなざしであたしを見る。「順応はやっ。」
そのあとはまあ、ふつうの一日。お客さん対応して、ナプキンをかわいい形に折るのを覚えて、って感じ。
で、確信した。この店の人間みんな裏表ある。あたしもだけど。オーナーだけが謎。あの人にも裏があるのかはまだ不明。
「ねえ、ちょっと思わない?」お客さんのコーヒーを淹れ終わって、あたしは凜に言った。
「なにを?」精算を終えた凜がこっちを見る。「こんな工業系インテリアで、しかもこんな場所なのに、毎日満席ってやばくない?」――そう、凜はインテリアコース出身なのだ。
「あー、やっぱ真尋そういうの見てんだ。」あたしは笑う。これ言うの二回目だもんね。
「で、なに言おうとしてた?」彼女はまた入口のほうに向き直る。
「あと二分。」あたしは入口の時計をじっと見るために隣に立つ。
彼女は何も言わないけど、一緒に時計を見る。
「いらっしゃいませ!」あたしはもう人影見えたから先に言っちゃった。凜がちらっとこっちを見る。
「ワンテンポ早い。」あたしは得意げにピースして、すぐコーヒーを作る。
「アイスの無糖ブラック大でーす!」凜が「今日なににします?」って聞いた瞬間には、あたしはもう横に置いてて、しかもめっちゃ眩しい笑顔をしてた。
「……ありがとう。」彼は笑って、「お釣りいいです。」
「やっぱりこの人か。」凜があたしの顔を見て納得したようにうなずく。
「え?」
「真尋が来る前から、毎日来てたよ。」
「え、あたしだけが気づいてたわけじゃないのか……」一気にテンション下がって、あたしはシンクを洗う。
「千紗、あの人にあだ名つけたけど。」凜がドリンクカウンターに寄りかかって言う。
「なに?」気になって手を止める。
「大黒(だいこく)。」
「うん……全然驚かない。」あたしはプロの笑顔で返す。
「ほかにいいのある?」
なぜかそこであたしの頭は真っ白になって「そのあだ名でいいと思います。」ってごまかした。
「真尋、あんま適当なこと言わないほうがいいよ。」
「真尋があの人見てるの知らなかった。」千紗がちょうどデザートの仕込みをしてた。
「毎日同じ服で同じコーヒー頼んで同じ時間に来たら、そりゃ覚えるでしょ。」あたしは反論する。
「同じ時間ね、って言い忘れてるよ。」凜が補足。
「そうそう、そこが一番引っかかるでしょ!しかもあの服、絶対ユニフォームじゃない。」
「で、カッコいいと思ってるの?」千紗がぱっと顔を上げる。
「え?思ってない。」あたしは即座に首を振る。
「じゃあなんで見てんの?」千紗はまた手元に戻る。
「それ、ヒマって言うんだけど。」凜まで言う。
で、彼女は目で“ほんとに興味ない?”って聞いてくる。
「ないってば!」
で、最終的にはふつうに営業するってことで決定。けどその日の経費はぜんぶオーナーの友だち持ちらしい。
「そんな好待遇?」
後で紗矢と綾音が休憩がてら来て、席の心配しなくていいって喜んでた。
「うん、オーナーの妹さんが言ってたから、たぶんマジ。」あたしは裏口近くのいつものテーブルで話す。ここ、初めて四人で座った場所でもある。
「ってことは、オーナーの友だちお金持ち確定じゃん。」紗矢が綾音を見ながら言う。綾音はケーキの生クリームをきれーに削ぎ落としてるとこ。
「妹よ、ケーキ食べてる時点でカロリーもう変わんないよ。」紗矢が言う。
「え?」綾音は一回紗矢を見てからケーキを見る。「ん~……」
「クリームつけたほうがおいしいよ。」紗矢は笑いながら、生クリームをちゃんとつけた一口分を綾音の口に持っていく。
「親が娘にケーキあげてる図なんだけど。」あたしはその光景を見て言った。ほんとあったかい。
「親不孝者。」紗矢はあたしを睨む。「ママのドリンクなくなったから一杯ちょうだい?」
「お金くださいねママ。」あたしは手を出してにこっ。
「そうだ!」綾音がもう一口ケーキ食べてから急に言う。
「飲み込んでからね、娘。じゃないとお姉ちゃん怒るよ?」紗矢が綾音のほっぺをつん。
「隼人がさ、バレーサークルの先輩たちがうちらのこと知りたいって。」綾音があたしたちを見る。
「は?」あたし。
「え?」紗矢。
「だから――」綾音がもう一回言おうとしたところで、あたしたちは同時に止める。
「じゃあ、まず矮ちゃんに写真送ってもらおう。」あたしがすぐ言う。
「それが早いね。てかバレーの人ならハズレないでしょ?」紗矢はもうスマホを打ってる。
「興味あるの?」綾音が聞く。
「あたしは顔見たいだけ。」
「わたしも。」紗矢があたしを指す。
「でも前行ったとき“イケてるのいない”って言ってなかった?」
「あ、言ったわ。」言われて思い出す。
「たぶん印象に残らなかったんだよ。」紗矢はそう言って、打ってたメッセージを消す。親指の動きがめっちゃ速くてびびった。
「このあとどっか行くの?」あたしは聞く。
来た瞬間にまずそこを聞いた。どこ行ってたのか、って。でも二人とも今日はずっと部屋でだらだらだったらしい。
「ごはん食べてちょっと買い物して帰るくらい?」紗矢は綾音と目を合わせる。「ね?」
「わたしも行きたいとこない。」綾音は机にあごをくっつける。ケーキもう食べ終わってた。
「あー……」あたしも一緒になって考え込む。
「ねえあんたたち、夏休みヒマな高校生かなんか?」いつの間にかオーナーが後ろに立ってた。
「オーナー、またタバコ吸ったでしょ。」あたしは眉をしかめる。この匂いほんとダメ。
「慣れなー?」オーナーはあたしのほうに近づいてくるけど、あたしは手で顔を押す。
「吸いません、どうも。」にこっ。
「よそよそしい~!」オーナーは口を尖らせる。尖らせても美人ってなに。
「りーん!」仕方ないのでカウンターのほうに向かって叫ぶ。
「はいはい今行くー!」って言った瞬間、オーナーはほぼ走って逃げた。
下じゃなくて、上に。今日は凜が完璧な盾の日らしい。
クリスマスの一週間前くらいに、オーナーが「店飾るから、そのまま年越しまで使うね」って言い出して、どれが店に合うかを見てまわる仕事がそのままあたしにふってきた。
それを思い出すと今でもちょっとムカつく。オーナー、自分の作るスピードでくじ引きさせたんだもん。で、あたしが引いたのが一番遅いドリップ。ぽたぽた落ちるコーヒーを見ながら、あたしは即ギブアップした。
『リボンとかいいんじゃない?』って隼人が四人のグルチャに送ってきたのは、夜七時すぎに店を出たあと。
一応三人の意見も聞いとこって思って投げたんだけど、正直「ないな」とも思ってた。でもちょっとでも参加させとくと、なんかアイデア出るかもしれないでしょ。
『お前を縛って先輩にプレゼントする?』って秒で紗矢。
その先輩が誰かは隼人には言ってないけど、同じサークルの先輩が隼人のこと気になってるってことはバラしてある。しばらくそのせいで隼人が上の空になって、キャプテンに怒られてたのも知ってる。
先輩はふつうにかわいい。あたしたち三人の評価でも“かわいい系”。背も隼人と同じくらい。けど先輩に「内緒にして」って言われたから、あんまり言えない。
『もういい。誰か分かんないままだから諦めた。』って隼人。
『スイーツのサンプルは?』って綾音。思い出したみたいにぽこんと送ってくる。
『採用します。』ってあたし。
『塗り直すって手もあり。』って紗矢。店のペンキの色が好きじゃないんだこの子。
『明るい色をいっぱい重ねると、どうしても目が疲れるからね。』って凜の意見。
でもあたしが言うなら、家具とかのほうが問題だと思う。あたし的には「いっそリフォームしよ」って言いたかったけど、オーナーが「全員お金と労力出すならいいよ」って一言で、あたしは口をつぐんだ。
『それは採用しません。』ってすぐ打った。
『全部写真撮って送ってあげなよ。そのほうが早い。』って紗矢がまとめる。あ、これあたしも考えてたやつ。
『やっぱりあんたはあたしの回虫。』って送って、スマホをしまった。
冬だなぁって思う。外めっちゃ寒い。さっさと帰りたい。
「もう帰って寝るか……」マフラーをきゅっと首に巻き直す。
街中はどこもクリスマスモードで、みんな浮かれてる。ポストまでサンタ服着てるの見たし。
ちょっと進んだところで、人だかりがあった。近づいてみたら、公園で撮影してるとこだった。
「すご。根性。」あたしは薄着のモデルを見て、さらにマフラーをぎゅっとする。
たぶんファッション誌の撮影だと思う。けどさ、冬にあのワンピで外って、正気?分厚いアウターでも寒いのに。
「ん?」あたしはカメラ持ってる人を見て、どこかで見たことあるって思った。
見覚えのあるコート、似たような合わせ方、あの髪――
「スカートのとこもうちょい整えてもらっていいですか。」ってスタッフに声をかける、その声。
「大黒!」あたしはやっと思い出した。そう、あの人。
店に来るときはメガネしてないから最初は分かんなかったけど、喋った声で確信した。
メガネなしだとちょっとクールな雰囲気で、メガネしてるときは柔らかい。で、今みたいに仕事に集中してるときは、それがめちゃくちゃ映える。
「カメラマンだったんだ……」あたしは見ながら思う。
「一回休憩入りまーす。着替え終わったらまた続きで。」彼が声をかける。
そのとき、ふっとこっちを向いて、ばっちり目が合った。
「すみません、今撮影中なのでここは迂回でお願いしますー。」スタッフのお姉さんがすぐに来る。
あたしが「あ、すみません」って言って離れようとしたそのとき、彼が先に来た。
「大丈夫です、この人知り合いなんで。」声がやさしい。そう言ってあたしに笑ってうなずくと、すっと休憩スペースに戻っていった。
「すみません、川人さんのお知り合いだとは思わなくて。」お姉さんは申し訳なさそうに中に通そうとする。
「いえいえ、今ちょうど帰るとこなんで!失礼しました!」あたしは慌てて去る。
「……やっぱりカッコいいじゃん……」
歩きながら、さっきの光景思い出してつい笑っちゃう。
最初に会ったとき、気になりだしたとき、毎日来るなって気づいたとき、店でちょっと照れた笑顔をしたとき――ぜんぶ一気に頭に流れてきた。
「もしかして、あたし……好きになってる?」あたしは足を止めて、さっきの場所のほうを振り返る。
ちょうどあの人もこっちを見てて、手を上げてくれた。あたしはとっさに顔をそらす。……今のあたし、絶対赤くなってた。
「いやいや……でも、たぶん……ちが……う……?」
そう自分に言い聞かせて、あたしはまた歩き出す。
冷たい冬の風がびゅうっと吹いたけど、耳だけは、じんわり熱くなってた。
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