第36話 都大会決勝 桜見VS柳石3

「とんでもないですね柳石の古神君! 神童と呼ばれる強さは中学生になっても健在みたいだなぁ〜」


 フィールドに向かってカメラで写真を撮り続ける女性記者の泉。

 主に星夜をターゲットに今は撮っていく。


「確かに凄まじいな。中学サッカーだと1年や2年の時には名前を聞かれなくて、ボクシングで名前を聞いたりと行動が読めなかったりしたが──」


「ボクシングは何で挑戦したんでしょう?」


「そこは本人にアポを取って聞かないと分からん」


 村田は少し前、中学のボクシングで彼が記事になった事を思い出す。

 その時の彼は対戦相手を1ラウンド僅か21秒でKOと、鮮烈な勝利を飾っていた。


 それだけでなく小学生の時に星夜は様々なスポーツでの記録を作り、天才児として注目を集める存在。

 1、2年のブランクを物ともせず圧巻のプレーを見せる辺り、生まれ持った才能を存分に見せつけている。


「彼のシュートをセーブして見せた小柄なGKの子も凄いですけどね。この決勝まで無失点は伊達じゃないですよ」


「(神明寺か……)」


 泉との会話の中で村田は改めて与一、輝羅の資料を確認していた。


「(苗字といいプレーといい、彼らはやはり……)」



 柳石の左からのCK。

 キッカーを務める影丸はボールを数回、その場でリフティングすると感触を確かめてからセットに入る。


「(んじゃ、大きく曲げて行こうかぁ)」


 作戦が決まると影丸は敵味方の多くが密集するゴール前へ、右足で蹴って来た。


 インフロントキックによって球は外側へ出ると見せかけ、密集地帯のゴール前に急激な曲がりで迫っていく。

 ターゲットは味方の長身DF谷口だ。


 バシッ


「!?」


 ヘディングで合わせようとジャンプした谷口の前に、輝羅が飛び出してボールをキャッチ。


 これを見た影丸の眠そうな目が見開かれる。


「カウンター!」


 叫びながら輝羅はボールを投げると、楽斗へ伸びて桜見が速攻に出た。


「(今なら左!)」


「(抜ける!)」


 竜斗、楽斗の考えている事が一致。


 2人の思考が重なれば楽斗が左の空いているスペースへ出すと、竜斗は相棒のパスに反応して瞬時に走る。


 一歩の出足がマークしているDF岡井よりも速く、竜斗が辿り着いて右足のシュートを狙おうとしていた。


 ガッ


「ぐっ!?」


 そこへ岡井が追いついて来ると竜斗の右から強く体を当てに行く。

 右足のシュートを狙おうとしていたが、これでは右で蹴る事が出来ない。


 竜斗は左足の方でゴールを狙うも、左斜めから狙ったシュートはGK小島が正面でキャッチする。


「おぉっし! 良い守備だ岡井!」


 味方の守備を褒めながら小島は右足のパントキックを蹴った。



「ああ〜、惜しい〜! 相手も結構強いなぁ〜!」


 普通に試合を夢中で見てサポーターと化している遊子は、竜斗のシュートが決まらなかった事に頭を抱えている。


 隣の神奈は桜見の選手達が走る姿を一人ずつ確認。

 すると席を立って自分から若葉の元へ向かう。


「倉本先輩、アップの方をお願いします」


「! 分かった、行ってくるよ!」


 神奈から見て、左サイドを走る新田の運動量は落ちて来ているように感じた。

 なので早めのアップを若葉に伝え、何時でも出られるようにしておく。


 ここまでの試合の積み重ねで神奈はタイミングとして、何処でアップさせるべきか何となく分かってきたのだろう。


 選手が成長するように彼女もマネージャーとして成長していた。



「へい、こっち!」


 大きく目を開いた影丸が右手を上げてパスを要求すると、ボールを取った彼の声が先程よりハッキリ出ている。

 何時の間にか目は完全に開いてきたようだ。


「(ちょ、さっきよりキレ増してない!?)」


 立ち上がりの時と比べ、明らかに影丸の動きが良くなってると室岡は対峙していて分かり、見失わないよう必死について行く。


 この様子を見ていた同じ左サイドの新田が、室岡だけでは大変だと思ったか後輩を助けに向かう。


 ただ、これによって桜見の左スペースが大きく空いてしまい、影丸は森本にボールを預けた直後に空いたスペースへと走り込む。


 その場所を狙って森本からのパスが出ると、室岡は追いかけるが走力で影丸が上回り、先にボールへ追いつこうとしていた。


「わぁっ!?」


 直後に何者かが勢い良くスライディングで滑り込む。


 蹴り出された球はタッチラインを割って一旦プレーが止まる。


「ビックリしたぁ〜、いきなり飛び出して来るなんて〜」


「彼も本気になってきたみたいだよ。さっきと明らかに雰囲気が違って見える」


 驚いた様子の影丸と並び立つ星夜はスライディングを仕掛け、立ち上がった与一の姿を見た。


 何時も彼は笑っているイメージが強かったが、今の与一には笑顔が一切無い。

 それと共に彼からは殺気のような物が漂い始め、先程とは別人にも思えた。


「冷静さを欠いてそうなら逆にチャンスだよね? あそこから崩そうー」


 眠気が覚めた影丸の顔は楽しげな笑みを浮かべ、スローインの準備に向かう。


 こうなった相方が強い事を星夜は知っている。

 此処は乗って来た彼に任せて大人しくゴール前でチャンスを伺う事に徹した。


 味方のスローインからボールを胸で受けると、影丸は張り付いて来る新田をターンで振り切って、右サイドから桜見ゴールへドリブルで切り込む。


 ヒュンッ


「(え……!?)」


「!」


 その動きを見た影丸と星夜の表情は驚きへと染まる。


 彼が急接近してきた時、フェイントで翻弄する暇など何も与えてくれなかった。


 いとも簡単に、柳石のテクニシャン影丸から与一はボールを奪取。

 そこから楽斗へ速い球を蹴っていく。


「っと!?」


 与一から強めのパスが飛んで来ると、柳石の選手の間をすり抜けて楽斗は右足でトラップ。

 彼からすれば急に人の間からボールが飛んで来たように見えて、やや驚かされていた。


 カウンターへ行こうとするが楽斗の前に大塚が立ち塞がり、ゴール前では竜斗に谷口、岡井のCB(センターバック)2人に囲まれている。

 先程のプレーで2人は更に警戒され、自由にさせてもらえない。


 楽斗は取られまいとキープ、そこに森本も迫って来れば大塚と2人がかりでボールを取られてしまう。


「こっち!」


 星夜からの声がして、ボールを取った森本は速いパスを送る。

 左足でトラップして反転すると、星夜の前には与一が立っていた。


 左右へ素早く動き、ボールと共に踊るようなフェイントを星夜は披露。

 速さとテクニックの2つを兼ね備えたドリブルで突破を狙うが、一切惑わされる事なく与一の鋭い目は射抜くように彼を見たままだ。


「くっ!?」


 隙の見えない与一に星夜の顔に若干の焦りが出て来る。


 その中で右サイドに居る影丸の姿に気づくと、星夜は彼の方を見ないで与一を向いたまま、デュエルの中で右のアウトサイドを使って影丸にパス。


 来たボールに対して影丸はダイレクトで折り返すと、ボールは浮き球となって星夜が走り出していた。

 そこから跳躍して右足のジャンピングボレーの体勢へと入る。


「おおおっ!?」


 次の瞬間、会場の観客達から驚きの声が上がっていく。


 星夜が空中姿勢でシュートに行こうとした時、与一は反転してボールを追い越すと背を向けた状態で跳躍。

 体を後方に倒すと共に右足を高く上げ、星夜の右足よりも速く宙を舞う球を蹴り飛ばしていた。


 サッカーで大技とされる空中技、『オーバーヘッドキック』のクリアで与一は華麗な守備を魅せる。


 ボールが青空を舞った時、主審による前半終了の笛がフィールドに鳴り響く。



「──サッカーをやってて初めてだよ。僕が前半にゴールやアシストを記録出来なかったのは」


 星夜はオーバーヘッドで芝生の上に倒れる与一へ、右手を差し伸べた。

 その手を掴むと与一は引っ張り起こされる。


「だからかな、ゾクゾクと楽しくなってくる……!」


 彼にはライバルという者がいなかった。

 無敵の神童と呼ばれ続けて特別扱いされ、圧倒的に勝つ事が当たり前となってしまったが故に、情熱が彼から消えてしまう。


 無双で敵無しだった小学生時代、味気無くてつまらなかった頃とは違う。

 自分と対等に張り合ってくる存在があって、白熱した試合に星夜の目は楽しげに輝く。


 こんな事はスポーツをやっていて初めての感覚だった。


「だったらもっと楽しませてあげるよ。その代わり高くつくから」


 与一は静かに言い放つと、それだけ言って桜見ベンチに引き上げる。


 今の彼は冷酷なハンターと化していた。


 ────────

 楽斗「ええと、与一って今……キレててご機嫌ななめって感じ?」


 輝羅「それとは違うけどねー」


 竜斗「普段笑ってる奴が怒ると滅茶苦茶怖いって言うけど、与一もそのタイプっぽいかもな……って事は輝羅も?」


 輝羅「さぁ〜、僕はどうなんだろうねぇ? 次回も桜見と柳石の試合で後半戦に突入! 若葉に流れを変えてほしいな〜!」


 若葉「2人がバチバチにやり合いそうな所へ僕が割り込めるか分かりませんけど……!」

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