第8話 ゴールと共に守るもの

 ボールは王坂が持ち、ほぼ桜見の陣地に両チームが争う展開となる。


 10番の松田がボールを持てば、右に走る真野へ右足のパスが出された。


「真野さん! そのまま行っちゃってー!」


 パスを出した松田から相手サイドを抉りに行けと、コーチングで先輩の背中を押していく。


「(ちょ、速いって!)」


 サイドを任されている室岡が、真野のスピードあるドリブルに翻弄され、突破を許してしまう。


「(何だ、この程度か桜見! 俺で単独突破行けるだろ!)」


 あっさり抜けた相手に対し、真野は単独で行けると判断。

 クロスは出さずに1人で持ち込み、ゴールを奪おうと企む。


『(与一、あいつパス考えてない!)』


『(分かってる、単純なサイドアタッカーだね!)』


 真野がパスを出さず1人で行く。

 彼の心を与一、輝羅が読むと与一は迷わず真野へ向かった。


「(今度はチビか!)」


 右から中央へ切り込む真野に与一が立ち塞がる。

 出場選手の中で最も小柄なDFなど問題無い。


 すぐに抜き去ろうと、自分の得意なスピードを活かしたフェイントで抜きに行く。


「!?」


 だが、今度は簡単に突破する事が出来ない。

 右から左への素早い切り返しに、与一は付いてきたのだ。


「(何だ!? さっきの奴らとは全然違うぞ!?)」


 動き回って隙を見つけようとするも、真野は小さなDFを前にそれが見つけられず、抜けなくて焦りが募る。


「(隙見ーっけた!)」


「!!」


 逆に与一の方が素早いフェイントを見せる相手に、ボールが足元から離れた僅かな一瞬を突き、球の奪取に成功していた。

 想定外の事に真野は驚いてしまう。


「カウンター!」


 与一が叫びながら右足でボールを蹴ると、低い弾道で飛ぶ。

 その先には楽斗の姿があった。


「っと!?」


 自分へ飛んで来たパスに驚いたのか、楽斗は胸でトラップ出来ずに弾いてしまう。

 零れた球を綿山が取り、再び王坂ボールとなる。


「悪い与一! キープ出来なかった!」


「また取るから大丈夫ー!」


 与一が取ってくれたボールをキープ出来なくて、楽斗はその事を謝ると小さなDFは笑って次も取ると言い切った。



「真野夏彦(まの なつひこ)、168cm、56Kg。右利き、調子に乗ったら単独で突っ込む所あり……」


 ベンチで神奈はタブレットを操作して、相手の王坂選手を調べていた。

 画面には長めの黒髪少年こと、真野が勝ち気な顔を見せている。


「神奈さん、相手を調べてるの?」


 遊子は神奈の持つタブレット画面を覗き込む。


「はい、戦う相手を調べれば見えてくる事があると思うので。松田真子(まつだ まこ)、163cm、55Kg。左利き、正確なパスと中距離からのシュートが武器──」


 次に神奈がタブレットを操作すると、短い茶髪の少年が出て来る。


「レオード・グレン、180cm、79Kg。右利き、高い打点のヘディングに突破力が武器のエース。日本とドイツのハーフ……体格良くて日本人と違う顔立ちかと思えば、そういう事」


 タブレット画面に出て来たのは、やや長めな金髪の日本人とは違う顔立ちの少年。大木田に次いで体格の良いレオードが王坂のエースだ。


「それに大木田君を加えた、王坂四天王って訳ね」


「四天王……なんでしょうか?」


「うーん、分かんないけど彼ら強そうだし、そう呼んで良いんじゃないかな?」


「分かりました、じゃあ彼ら4人は王坂四天王という事で」


 遊子がノリで言った彼らが四天王というのを神奈は受け入れて、彼らをそう呼ぶようになる。



「13番来てるよー! そこ寄せて!」


 王坂のトリプルボランチの1人が、スルスルと忍び寄って来てるのが見えれば輝羅は指示を送った。


「(おっと!)」


 寄せて来る選手に気づけば、上がって来た坂口は走るルートを変えて引き離す。


「(逃さない……!)」


「 のわぁ!?」


 坂口から見れば何も無い所から影二が出現したかのよう、なのでビックリして足が止まる。

 チームで影の薄い人物が人知れず活躍を見せていた。


「おおー、ヤミー! ナイスだよー!」


「! (褒められた……)」


 自分のプレーを与一から褒められ、影二の顔に少し明るさが増す。



「前半の時間が少ないぞ! もっと積極的に攻めて、中央からも行け!」


 この時間帯まで0ー0な事が、王坂の監督としては想定外。

 練習試合とはいえ、これは良くないと選手達に攻める指示を出した。



「ってえ!」


 流れるような王坂のパスワークからレオードに繋がると、振り向きざまに利き足の右でミドルシュート。


 ギュンッ


 桜見DFの間をすり抜け、ゴールマウスへと強襲してくる。


 バシィィンッ


 輝羅は相手エースのシュートを正面で受け止めてキャッチ。

 強烈なシュートにも関わらず、平気そうな顔でセーブしてみせた。


「(またかよ!? 何なんだあのGKは!?)」


 蹴った瞬間に自分の中で手応えを感じたがシュートが阻まれ、エースは意味が分からないと首を横に振る。


 前半から何本かシュートは出来ている。


 それを初めて見る小さなGKに止められ、近距離で狙おうとしてもGKと同じぐらい小さなDFが阻む。

 小学校、中学校と幾多のチームと試合をしてきたが、レオードにとっても双子のようなタイプは初めて見る。


 未知の相手を前に戸惑いが生まれていた。



「前半終了ー!」


 主審の笛がフィールドに鳴り響くと、前半終了が告げられて両チームはベンチへと引き上げていく。


「あれ、王坂って前回に桜見をフルボッコにしてるはずだよな……?」


「調子悪いのか、それとも試しで何かやってんじゃない?」


「にしても結構な進化だろこれは」


 前半0ー0のスコアレス。去年10ー0で負けている桜見が、まだ1点も取られていない事に、試合を見ている生徒達からは軽くざわつきが起こっている。



「前半お疲れ! あの王坂を相手に前半0ー0って凄いじゃない!?」


 前半戦った生徒達を遊子は笑顔で迎え入れていた。


「いや、俺達もビックリしてますから!」


 霧林が皆の気持ちを代表して正直な感想を言う。


「兄さん達もお疲れ様、前半乗り切って後半行けそうじゃない?」


「楽観視は出来ないよ。むしろ危ない」


 神奈からドリンクを受け取り、水分補給する与一。

 その顔に笑みは無かった。


「僕の出番が多いって事は、それだけ向こうが攻めてて追い詰められてる。というのを意味してるからね」


「GKは本来、目立っちゃ駄目なポジションなんだよー」


 0ー0のスコアレスだが、与一と輝羅は桜見が押されていると深刻そうに語る。

 輝羅の出番が多い、それが証拠であると。


「とりあえず何とかするべきは──」


 2人の視線はチームの副キャプテン、楽斗に目が向く。



「(行けるのか? まさか、去年あんな負けていたチーム相手に……いや、結局駄目かもしれないし……)」


 前半をスコアレスで折り返せた桜見に、楽斗の中で戸惑いが生まれていた。

 行けるかもしれない、勝てるかもしれないと。


 しかし夢を見て散った過去、あのショックを思い出せば、やっぱり駄目だろうという気持ちが大きくなってしまう。


 ──結局夢を見ても、へし折れて終わるんだ。そうなる事への恐怖心が楽斗を苦しめていた。


「ら……」


 その様子を見ていた竜斗が楽斗へ声を掛けようとした時。


「「行けるよ楽斗!」」


「うぉわぁ!?」


 自分の両肩に手を急に置かれ、楽斗は驚く。

 振り返れば背後にいたのは与一と輝羅の2人。


「そんなビクビク怖がってサッカーやってもさ、つまんないじゃん?」


「お、おい? 俺は別に怖がるなんて──」


 輝羅の言葉を聞いて、そんな事はないと否定しようとする楽斗。

 それを遮るように与一が続けた。


「僕らが相手に得点は絶対やらないし、楽斗の描く夢を実現させる為に守るから」


「……!」


 彼らが守るのはゴールだけじゃない。

 皆の思い描く目標、夢、それも含めて守っている事に楽斗は気付かされる。


「本当に……守ってくれるか?」


 自然と口にする楽斗の言葉。


「「絶対守る」」


 2人の小さなDF、GKは副キャプテンに言い切った。

 双子の言葉を聞いて楽斗の胸の中が熱くなってくる。


 彼らなら本当にやってくれるんじゃないかと。



「……(情けねぇ、キャプテンなのに俺がああいう事を言えなくて、他に頼るなんて……!)」


 与一と輝羅が楽斗を励ますのを見て、竜斗はキャプテンとして情けないと感じた。

 本来なら双子のやってる事は、自分がやらなければならないのに頼ってしまったと。


「キャプテン、下を向いてる場合かなー?」


「うおっ!?」


 何時の間にか輝羅が下から竜斗の顔を近距離で覗き込んでいて、それが見えて驚くと後ろへ飛び退いた。


「皆が接戦でやる気みたいだから、後半に向けてキャプテンとして、何か声掛けるべきじゃないー?」


 見るように輝羅が促し、竜斗の視線はチームメイト達へと向く。

 目に飛び込んだのは後半に向けて、どうするかの話し合い。


 王坂相手に渡り合い、勝てるかもしれないとなり、各自が自分から行動していたのだ。


「(上に行く気の無かったあいつらが……)」


 竜斗にとっては上昇志向の無かった彼らが、勝利を目指して話し合う姿に驚く。

 明らかに与一、輝羅が入ってチームは変わりつつある。


「ほらほら、後半始まるから早く〜」


「わ、分かったから押すなって……!」


 双子から早く言えと急かされて、皆の前へ押し出そうとしてくる。

 竜斗は自分から向かい合い、皆へ声を掛けた。


「あの王坂相手にスコアレスだ。後半、引かずに攻める。その為には中央じゃなく、徹底してサイドから崩すぞ」


 後半に向けて竜斗は中央の大木田がいる分、彼のいる中央を避けてサイドから行こうと作戦を立てた。


「此処まで来たら勝つぞ! 絶対に!」


「「おおー!」」


 竜斗の声に皆が声を揃え、後半の戦いで勝利を目指す。


 それぞれズレていた者達の歯車が噛み合い、正しく動き出そうとしている。


 ────────

 与一「やっと良い感じになってきたかなチーム?」


 輝羅「まぁ、それで100%勝てるとは限らないんだけどねー。相手は東京の強豪校だしさ」


 与一「輝羅ってばシビアだなぁ〜」


 輝羅「という訳で次回は桜見VS王坂の後半戦!勝つのはどっちだぁ!?」


 与一「盛り上げ過ぎだってー」

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