第6話 内に潜む心

「神明寺神奈です、よろしくお願いします」


 礼儀正しく神奈は部員達へ挨拶。

 正式な手続きは終えており、晴れて桜見サッカー部のマネージャーとなっていた。


「(結構しっかりしてて可愛いよなぁ)」


「(お母さんが凄い美人だったから、神奈ちゃんも将来そうなる事は確定だろ?)」


 部員達からすれば神奈は小柄で可愛いショートヘアの女子。

 彼女を意識する者が男だらけのサッカー部で、1人や2人と出てきてもおかしくない。


 貴重な女子部員が入ってくれた事に、部内は活気づく。



「(おっし、空いてるー!)」


 紅白戦にて、副キャプテンの楽斗は相手をフェイントで翻弄し、抜き去ると前線の選手がフリーなのを発見。

 通ると確信して右足で正確なパスを放り込む。


「いただきー!」


 FWへのパスを読んでいたか与一がパスコースに走ると、楽斗からのパスをカットしてみせた。


「(マジで!? 俺としては良いパス行けたと思ったのに!)」


 心を読まれてパスコースを見切られたとは全く気づいていない。

 与一のインターセプトに楽斗は驚かされる。


「また与一!?」


「あいつよくパス取るなぁー!」


 他の部員達も彼のカットが多い所を見ており、その凄さに注目が集まってきた。


「(どうなってんだあの読みは……輝羅といい、この双子とんでもないんじゃねぇか!?)」


 フィールド外から与一のプレーを見ていた竜斗。

 危険な箇所で顔を出せば、攻撃を潰していく。


 DFとしては小柄で華奢と、フィジカル面で頼りなさそうな所はあるが、危険察知能力は天下一品だ


「左、フリーなってるよー! 真ん中から1人上がって来てる!」


 GKを務める輝羅はボールが来ない所でも、積極的に後ろから声を掛け続ける。

 竜斗を相手に高いシュートストップ能力を見せたが、こういった声を出すプレー、コーチングに関しても優れた面を持つ。


「そうそう、その調子! 今の最高だよー!」


 ただ指示を出すだけでなく味方が良いプレーをすれば、間髪入れずに褒めていた。



「あー、ちょっと良いかい神奈さん?」


「はいキャプテン」


 近くでボールを片付ける神奈を呼ぶと、彼女はすぐに竜斗の前へとやって来る。


「君のお兄さん達って──昔からサッカーあんな上手いのか?」


 双子の昔を知るであろう、妹なら何か聞けるかもしれない。彼らがこの桜見に来る以前の事を。


「昔の事は分かりません。私が物心ついた時から、兄2人はサッカーをやってましたから」


「あー、まぁ……そうだよなぁ」


「お父さんに教えてもらったり、家に来るお父さんの友達が教えたりして、それで上手くなってからイタリアのクラブに入った事は知ってます」


「へぇ……お父さんと友達か」


 双子と神奈の父親と、その友人からサッカーを教わっていた。

 その後にイタリアのクラブに入った事を知れば、竜斗はその父親が只者ではなさそうだと思える。


「輝羅兄さんも与一兄さんも、相手は大人だからしょうがない、とかならなくて負けたのが悔しいから、2人とも凄く練習して努力は重ね続けてました」


「そうなんだ、大人相手に……か」


 神奈から彼らの過去を聞き、竜斗はより彼らが上手い理由について分かった。

 とにかく負けず嫌いで、おそらく大人と競い合い負けた事に、彼らは本気で悔しかったんだろう。

 だから神奈の言う努力の積み重ねに繋がるのだと。


 言われなければ、あの明るい顔からは想像のつかない事だった。


「こーら、キャプテンが部活サボってのデート?」


「!? な、違いますよ!」


 からかうように声を掛けて来たのは、顧問の高見遊子。

 神奈とデートかと勘違いされ、竜斗は慌てて否定する。


「なんて、分かってるから。サッカー馬鹿の君がそんなサボりする訳無いし、それより練習試合決まったよ?」


「え、試合……ですか!?」


 遊子から練習試合があると聞いて、竜斗は練習の途中だが部員達を自分の元へ集めた。



「俺達に練習試合の申し込みだ。相手は──王坂」


 竜斗から練習試合の対戦相手を告げられると、部員達がざわつく。


「何か知ってそうなリアクションしたけど、おうさかって関西でしょー?」


「それは「おおさか」な。関西の方じゃなく東京の学校だから、王坂中学って所だよ。去年の都大会準優勝校だ」


 日本に来て日が浅く、中学サッカーの学校について与一は多くを知らない。

 竜斗の言う学校は王坂(おうさか)中学という名で、桜見と同じ東京の中学校だ。


「俺達、去年の都大会でベスト16に進んだけど、そこで王坂にボッコボコにされたんだよなぁ。10ー0で」


「わ〜、それ漫画みたいな大敗っぷりだねー?」


 楽斗から2桁の得点差をつけられた事を聞き、与一は驚かされる。

 サッカーで2桁得点は、あまり聞かない点差だ。


「……そこの当時2年だった長身のCDF、大木田創一(おおきだ そういち)ってエースキラーに、うちの竜斗が完全に抑え込まれたからね……それで流れ掴めなくて」


「うわー、ヤミー達そんな事あったの〜?」


 ヤミーこと影二から話を聞いて、輝羅は向こうに要のDFが居る事を知る。

 エースを封じられて更に大量失点を許したりと、彼らにとっては忘れる事の出来ない相手だろう。


「ま、皆今回は練習試合なんだし、負けてもペナルティとかそういうの何も無いから気楽に行こうってー」


 昨年の事で重くなっている空気に、楽斗はリラックスさせようと陽気に笑った。



「──兄さん、あの人達は勝てると思ってないみたい」


「らしいねー」


「丸分かりなぐらいだよ」


 神奈が与一、輝羅に近づくと今の部員達の雰囲気に思った事を告げる。

 双子も心を読むまでもなく分かってしまう事だ。


「勝ちたいと思ってるのは竜斗ぐらいかな」


「後は僕達ね」


 竜斗の方を見れば彼の心が勝ちたい、王坂へのリベンジをしたいという思いが強くなっている。

 勝とうと思うのは与一と輝羅も同じで、彼らは王坂に負けるとは全く考えていなかった。


「……出るの? 兄さん達」


「あれ、何か出ない方が良いって口ぶりだね神奈?」


 練習試合に出場するのかと、妹から問われれば出るつもりの輝羅が神奈の言い方に反応する。


「勝っても負けても別に何も無いし、相手は同じ東京のライバル。手の内は見せずに隠しておけば本戦で戦う時に有利だと思う」


 神奈からすれば今回は2人とも出ずに、力を隠しておくのが良いのではと思ったらしい。

 練習試合で、そこまでやる必要は無いだろうと。


「うーん、まぁそれが賢いだろうけどね」


 妹の賢い考え方に対して、与一は困ったように右手で軽く頭を搔く。


「けど彼らだけで試合やったら、何の成果も得られなくて、それこそただ負けて心がもっと沈むよ。練習試合なのに成長も収穫も無しが一番良くない」


 彼らに試合を任せれば今と何も変わらない。

 それでは意味が無い上、負けるとハッキリ輝羅は言い切った。


「つまり、このサッカー部が変わるとしたら今度の練習試合が──めっちゃ大事だよね?」


「そういう事、分かってるじゃないか弟ー♪」


「むー、ちょっと背が高いからってすぐ弟扱いする〜」


 輝羅に頭をポンポンと撫でられ、与一は頬を膨らませる。


「2人とも、練習再開するみたいだから戻って」


 そこに神奈から練習が再開される事を告げられ、双子の兄達は練習へ戻っていった、


 ☆


「最近熱の入る練習出来てる感じするよなぁ〜」


 今日の部活が終わった夕方の帰り道、竜斗と楽斗は並んで歩く。

 楽斗の方が両腕を上へ伸ばしながら、今日の練習を振り返ってる一方、竜斗は深刻そうな顔を浮かべる。


「……なぁ楽斗、今度の練習試合。勝てると思うか?」


 意を決したかのように、竜斗は彼へ問い掛けた。

 王坂を相手に今の自分達が勝てるのかどうか。


「普通に無理だろ」


「無理ってお前、流石にやる前からそれは……」


 楽斗は無理だとキッパリ言い切ると、その顔は変わらず笑っている。

 そんな事ないと言いたげな竜斗の言葉を遮り、楽斗は続けて言う。


「相手は都大会の準優勝校で、俺達はボロ負けを食らった。向こうは今回優勝をガチで狙ってるだろうし、キャプテンになった大木田も健在だからさ」


「うちも与一や輝羅が加わったから──」


 竜斗は優れた双子が加わった今、去年よりやれるだろうと前向きな言葉を掛けようとした。



「上手い奴1人2人加わった所で勝てる程、サッカー甘くねぇだろ……!」


「!」


 その笑顔が消えて、楽斗は睨むような目で竜斗を見る。


「去年俺らがベスト16だったのは上手い先輩達がいたおかげなんだよ。その先輩無しで俺達は大敗食らった連中とやり合う……どうしろってんだよ!?」


「それは……」


 仮面の下に隠れていた激しき思い、楽斗の言葉に竜斗は言葉が出て来ない。


「お前が大木田倒して全部なんとか出来んのか、なぁ!?」


 竜斗へ怒鳴りながら、胸ぐらを掴む楽斗。

 その様子には人々の関心が向けられていく。


「夢なんか見ない方が、苦しまずに済むだろ……!」


 自分に掴みかかりながらも、楽斗は苦しそうな顔を見せる。


「(ああ、そうだ。去年負けて誰よりも悔しかったのは……)」


 竜斗は昨年の都大会での試合、王坂に大差で負けた時の事を思い出す。

 何も出来ず力の差を見せつけられ、誰よりも楽斗が大泣きしていた事を。


 本当は誰よりも勝ちたいはずなのに、彼は今が楽しければ良いと、封印するように陽気な仮面を纏っていた。


 また夢を見て折れる事を避ける為に。


「──悪い、ついカッとなった。試合はちゃんとやるから安心してくれよ」


「……ああ」


 楽斗は友人との会話を終わらせ、自宅のある方へ歩いて行った。

 竜斗は何も言えず右拳を握り締めるしかない。


「(何やってんだ俺、何で俺がゴールを決めて勝つとか言ってやれねぇんだよ!)」


 友人が悩み苦しんでいる時に自分がなんとかしてやると、それを言えない自分に竜斗は怒りを覚える。


 彼らは心の迷いを抱えたまま、王坂との練習試合を迎えるのだった。


 ────────

 与一「色々、皆抱え込んでたねー」


 神奈「そんな中で練習試合とか大丈夫?」


 輝羅「まぁ、どうなるのかは分からないとして、次回は相手チームの王坂中学が登場と、いよいよ始まります練習試合!」

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