第七章 家族のような友人
翌朝の食堂。
古びた照明が、ぼんやりと光を投げている。
アルはスープ皿を前に、黙って座っていた。
目の前ではユーシンがパンをちぎりながら、誰に聞かせるでもなくそっと呟く。
「……アル」
「ん?」
「また一人で回収に行ったの? しかも……西区にまで」
アルはスプーンを止めた。
ユーシンの眼がまっすぐに突き刺さる。
怒るというより、悲しそうな顔。
「……悪い。」
「謝ることじゃないよ。でも……ひどくない? 相談くらいしてくれてもいいじゃないか」
「それは……」
「上位個体を持ち帰ったって噂も聞いた。人類史上初だって。……確かにすごいよ」
言葉には賞賛と、抑えきれない棘が入り混じっていた。
「でも……こんなの認められない。君は死んでてもおかしくなかったんだ」
「……うるさいな」
「え?」
「うるさいんだよ!」
バンッ!
テーブルが鳴り、食堂に音が響き渡る。周囲の視線が一斉に集まった。
「しつこいんだよお前!いちいち俺に説教すんな!」
「ぼ、僕は……ただ、君のために……」
「やめろよ、それ!」
怒声が食堂を切り裂く。奥から職員が慌てて顔を出すが、アルは片手を上げて制した。
職員が引き下がるのを確認もせず、アルは冷たい声で告げる。
「俺には…俺のやり方があるんだよ…」
ユーシンは拳を握りしめ、唇を震わせる。
「……アル。なんでそんなに一人で突っ走るんだ。……僕たち、家族みたいなもんだろ」
「あ……」
アルの中で急速に罪悪感がわいてくる。
「…悪かった」
「アル……どうしちゃったんだよ。前は、そんな感じじゃなかっただろ…?」
重苦しい沈黙。
そんな中、司令部の人間が食堂に入ってきて、アルの前に立った。
「アル。すまないが、もう一度司令部に来てもらえないか」
「……わかりました。すぐに行きます」
アルは席を立ち、ユーシンに「じゃあ行くよ」と声をかけた。
だが、ユーシンは反応しなかった。
ユーシンは一人になった後も、食堂の天井に吊るされた明かりをじっと見つめていた。
(……言いすぎたのかな…
いや、それでも……たとえ嫌われるとしても、誰かがアルを止めなきゃ。
人類への貢献なんかより、大事なものだってある。)
どれほどの時間そうしていただろう。
ふいに、声がかかった。
「お。ユーシンじゃん。珍しいね、一人なんて」
「……アズマ」
振り向けば、本部の医療に従事するアズマが立っていた。
怪我の治療はもちろん、対話による精神的なケアも彼女の業務に含まれている。
ユーシンはアズマとは気が合い、良く話す仲だ。
「アルは?」
「ああ。さっき司令部に呼ばれて、本部に向かったよ」
アズマはユーシンの前に腰を下ろし、食事をとり始める。
「そっか。……しかし、とんでもない奴よね。上位個体を単騎で討伐したんだって? 何考えてるかわかんない奴だけど、やることは毎回えげつない」
「だよね。アルは、この間も異形を二体も回収してきたばかりなんだ。……バケモノだよ」
「ふふ」
「な、なに」
「本当にうれしそうに言うのね。顔に出てる」
「そ、そんなんじゃないって」
(——わかってる。
アルは特別な人間だ。
狂気じみた単騎行動にも、きっと何か理由がある。
僕がさっきみたいに引き留めるのは、もしかすると人類にとってマイナスでしかないのかもしれない。
でも……それでも——。)
ユーシンはそこまで考えて、ふとアズマの顔をじっと見る。
「ん? なに? どうしたの?」
「…アズマってさ。本部で精神ケアもやってるんだよね?」
「ええ。最近は数が多くて大変なのよね。」
アズマはスープを口に運びながら、あきれるように言った。
「その…なんでアルが、あんなに単騎で外に突っ込んでいくのか……何か知ってる?」
アズマのスプーンが止まった。
「…さすがに。アルの家族みたいなあなたが知らないことを、私が知ってるわけないでしょう」
「そ…そうだよね」
「…あ、でも——」
アズマはふと思い出したように声を落とす。
「2年くらい前に、アルが仲良くしてたおばさんがいたじゃない?ほら、犬飼ってた。」
「え? 僕、知らないよ」
「え…なんで知らないのよ」
「だって、僕、何でもかんでも一緒にいるわけじゃないし」
「ん……まぁいいわ。そのおばさん、万引きで捕まって、追放候補者のリストに載ってた人だったのよ」
「……」
(2年前…確かに、あの頃のアルは急にふさぎ込んで、元気をなくしていた気がする。)
「そのおばさん、盗みはしなくなったけど、結局は追放されちゃったって……」
アズマは小さく息を吐く。
「思えば——あのあたりからじゃない? アルが人が変わったように無口になって…誰とも組まなくなったのって」
そのころ。
アルは司令部の人間とともに、本部を目指して歩いていた。
ふと、空に視線を上げる。
灰色の天を裂くように、黒い月がぼんやりと浮かんでいる。
——ユーシンの言葉が胸に突き刺さる。
だが、もう戻れない。
この胸に芽生えた「誰かのために」という使命感。
たとえ狂気と呼ばれようとも、消すことのできない炎。
それは、アルの心を燃やし続けていた。
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